野村修也中央大学法科大学院教授・弁護士

2026年6月25日・第221回国会 衆議院 内閣委員会 第23号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 71 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 88 発言)

質問ありがとうございます。

内心に関わる事柄が要件になっていますと、非常にそれは、どういう内心がよい内心で、どういうものが悪意なのかということを考えなければいけなくなると思いますが、今現在お示しいただいている法律の条文からいきますと、かなり客観的な行為の状況で認定できるような条文になっているのではないかなと私は思っています。

法律は確かに言葉によって書いてありますけれども、その言葉自体は、常に一義的に解釈できるようにでき上がっているものではなくて、その時々の様々な社会通念によって解釈されているものであります。例えば、殺人という言葉自体については、ほぼ一〇〇%みんなが理解しているだろうというふうに思っているかもしれませんが、最高裁は、例えば、後追い自殺をしますよと言って先に毒薬を渡して、それで、うそをついて飲ませたという行為自体を殺人だというふうに言っています。これは、私たちの一般的に理解している殺人という概念とは違っているわけですけれども、それでも、法律によって全ての知恵を働かせながら、その法律を運用しながらそれが明確化されていくということがあるんだろうというふうに思っています。

今回は、客観的に考え、その中で条文に込められている意味をちゃんと理解した上で解釈をすれば、このタイミングで施行させても大丈夫なのではないかなと。これは私個人の意見であります。

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