大西勝也高知県黒潮町長

2026年6月19日・第221回国会 参議院 災害対策及び東日本大震災復興特別委員会 第7号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 45 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 102 発言)

行動変容についての御質問がございました。

今まさに内閣府の方でこの行動変容、国民の主体性醸成あるいは行動変容をどう起こすのかという勉強会がございまして、そこに参加をさせていただいておりますが、結論から言いますと、大変難しい問題です。少し例を出させていただきますと、例えば、発生頻度の高い土砂災害であったり、逃げていれば助かったのに避難行動を取れていなかったばっかりに残念ながら命を落とされたというケースが度々報道でもございますように、避難行動をどう促すのかというのは大きなテーマです。

ただ、冷静に考えてみますと、例えば、自分はもう五十年以上、人生生きてきていまして、恐らく何千回という雨を経験してきていますが、そのうちただの一度も命の危険を感じたこともなければけがをしたことも、もっと極論を言いますと命を失ったこともないと。なので、雨の恐怖に対するリアリティーというのがどこまで持てるのか。つまり、そういうことを考えると、逃げなかったその主体に対して否定をする、つまり逃げなかったあなたが悪いということで一くくりにして結論付けをするのは少し僕は乱暴だと思っています。逃げないには逃げないなりの様々な理由があるわけで、これ多分に心理学とか行動学の分野だと思われますが、そういった逃げない理由を一個一個潰していく作業も片方では必要かと思います。

例えば、津波の避難行動のときに大きな問題になるケースが二つございます。

一つは、逃げるのかという問題ですね。よく言われる正常性のバイアスが掛かっていて、なかなか避難行動を開始するという決断が迅速にできない。そういったものが、通常、自分たちの精神作用として働いているわけで、それを振り切って逃げるということに、この避難という行動のいかに難しさがあるのかということがまず一点。

それからもう一つは、逃げられるのかです。例えば、夕食後、家族で夕食を取った後に、お父さんはソファーでテレビを見ながら、お母さんは家事をしながら、これ、今の時代だとこういう区別ちょっとまずいかも分かりませんが、お子さんはお子さんで子供部屋に帰られた。どおんと地震が来て、家、ぐしゃっとなって、さあ十分後に津波が来るから逃げなあかんというのを家族全員が分かっていても、お父さん、お母さんは子供の姿が見えないだけで絶対に避難行動を開始することはできません。

なので、そういったケースをしっかりと想定した上で、どうそれを事前に排除できるのか。そうなりますと、これ、命と向き合うということになります。この命と向き合うという作業が、防災の枠組みを飛び越えた命と向き合うという枠組みこそが、僕は行動変容を起こす一つの大きなきっかけになると思っています。

ただし、これは全体的に整理ができているわけではございませんで、なかなか難しい問題だと思っています。お答えになったかどうか分かりませんが。

前後のやりとり

41の発言を見る

49の発言を見る