日本維新の会の青島健太と申します。
三人の参考人の皆様、今日はありがとうございました。
お隣の窪田委員は、長らく沖縄で記者として大事な場面、歴史的な場面をずっと目撃してきたという中で今お尋ねがありました。私の場合は前職はスポーツの取材者でありましたけれども、沖縄は大変スポーツ盛んなところでありましたので、私も三十年来、毎年のように、何回行ったか覚えていないぐらいお邪魔をさせていただきました。
私がやっていた野球はもちろんですけれども、ゴルフ、バスケット、あるいはハンドボール、あるいは空手、沖縄には本当にすばらしいスポーツがあって、また、この委員会室には芸能で御活躍の方もいらっしゃるけれども、いずれにしても、沖縄、若い方々が本当に夢を持って躍動しているという場面を私取材させていただいたのは大変光栄なことだし、有り難いことだなと思っておりました。
とりわけ野球のキャンプのシーズンには、今日、市長いらっしゃっていますけれども、宜野湾はベイスターズが長らく拠点を構えています。私の古巣のヤクルトは浦添でやらせていただく。プロ野球は全て沖縄にお世話になっているという現状であります。
そういう中で、私は、スポーツというものは、あるいは子供たちともう少し広げてもいいのか分かりませんが、沖縄においてはある意味ではいい意味で守られてきている部分もあるのかなと思っておりましたが、それは本当に幻想で、また余りにも楽観的な沖縄の見方なんだなというのについせんだって気が付かされました。
去る三月の六日でありますけれども、名護市の許田の野球場ですね、報道によれば夜九時頃だという報道でございますが、普天間基地所属のUH1型のヘリコプターが不時着、野球場に不時着をします。沖縄へいらっしゃる方、行った方はお分かりだと思います。八時、九時でも沖縄明るいですから、子供たち、その時間でも野球の練習をしていたようであります。そこにヘリコプターが不時着をしてきて、何の知らせもない中で、子供たちは自分たちで気を利かせて自主的に避難をしたというふうに報じられております。九時頃に降りたヘリコプター、野球場に降りたヘリコプターは十時四十分頃飛び立って、十五分ぐらい掛けて普天間に戻ったということのようであります。
幸い大きな事故には至りませんでしたが、私、この出来事が、スポーツ取材していた、また自分が野球やっていたということも含めて、極めてある意味で象徴的だし、いろんなことを考えさせられる出来事かなというふうに思っておりますので、今日はこれを通じて、まず三人の参考人の方にこれから付随するお話を伺えればというふうに思います。
まず、前泊参考人にお伺いさせていただきます。
今日は日米地位協定のお話も随所にありますが、地位協定に大変お詳しい前泊参考人からすると、こういう、これは不時着ということで何も起こらなかったんですが、こんなふうに子供たちが野球をやっているグラウンドにヘリコプターが降りてくる、こういう出来事をどう捉えたらいいのか、なぜこういうことになるのかというところをちょっと御見解いただけますでしょうか。
44窪窪田哲也(公明)
チーム宜野湾の取組をしっかり後押ししてやってまいりたいと思います。
川名参考人に伺いたいと思います。
今のアメリカのこの状況を見ておりますと、果たして我が国がこのままアメリカのこの日米関係を今のまま続けていく、先ほどの地位協定の話も申し上げましたけれども、そのような関係を続けていくのが果たして我が国の本当のためになっているのかということを、もう一回考えの再設定していくというか、当然、我が国のその中国、北朝鮮、ロシアという中での関係ではありますけれども、きちんとアメリカとの関係を、日米基軸ではあるけれども、果たして、今のような日米地位協定を変えることも…
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45川川名晋史大東文化大学法学部政治学科教授
おっしゃるとおりだと思います。再設定というか、我々が認識を新たにすべきところがあるとすれば、先ほど申し上げた国連軍の枠組みは、これは一九五〇年の段階から、つまり日本が主権を回復する以前からこの枠組みはあったし、日本は国連軍地位協定も結んでいます。
それから、この西太平洋地域においてアメリカが重要視している、例えばフィリピンとかオーストラリアとかニュージーランドとか、あるいは、かつては台湾、そしてもちろん韓国、こうした国々とアメリカが締結しているいわゆる軍事同盟、相互防衛条約というのは、その対象地域を西太平洋あるいは太平洋というふうに表現しています。つま…
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46窪窪田哲也(公明)
ありがとうございます。非常に参考になりました。
我が国の安全保障、外交をやはり沖縄問題というのはないがしろにできませんし、厳しく我々は向き合っていかなきゃいけないと思います。
今日は大変にありがとうございました。
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- (上の発言)
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青島健太(維新)
日本維新の会の青島健太と申します。
三人の参考人の皆様、今日はありがとうございました。
お隣の窪田委員は、長らく沖縄で記者として大事な場面、歴史的な場面をずっと目撃してきたという中で今お尋ねがありました。私の場合は前職はスポーツの取材者でありましたけれども、沖縄は大変スポーツ盛んなところでありましたので、私も三十年来、毎年のように、何回行ったか覚えていないぐらいお邪魔をさせていただきました。
私がやっていた野球はもちろんですけれども、ゴルフ、バスケット、あるいはハンドボール、あるいは空手、沖縄には本当にすばらしいスポーツがあって、また、この委員会室には芸能で御活躍の方もいらっしゃるけれども、いずれにしても、沖縄、若い方々が本当に夢を持って躍動しているという場面を私取材させていただいたのは大変光栄なことだし、有り難いことだなと思っておりました。
とりわけ野球のキャンプのシーズンには、今日、市長いらっしゃっていますけれども、宜野湾はベイスターズが長らく拠点を構えています。私の古巣のヤクルトは浦添でやらせていただく。プロ野球は全て沖縄にお世話になっているという現状であります。
そういう中で、私は、スポーツというものは、あるいは子供たちともう少し広げてもいいのか分かりませんが、沖縄においてはある意味ではいい意味で守られてきている部分もあるのかなと思っておりましたが、それは本当に幻想で、また余りにも楽観的な沖縄の見方なんだなというのについせんだって気が付かされました。
去る三月の六日でありますけれども、名護市の許田の野球場ですね、報道によれば夜九時頃だという報道でございますが、普天間基地所属のUH1型のヘリコプターが不時着、野球場に不時着をします。沖縄へいらっしゃる方、行った方はお分かりだと思います。八時、九時でも沖縄明るいですから、子供たち、その時間でも野球の練習をしていたようであります。そこにヘリコプターが不時着をしてきて、何の知らせもない中で、子供たちは自分たちで気を利かせて自主的に避難をしたというふうに報じられております。九時頃に降りたヘリコプター、野球場に降りたヘリコプターは十時四十分頃飛び立って、十五分ぐらい掛けて普天間に戻ったということのようであります。
幸い大きな事故には至りませんでしたが、私、この出来事が、スポーツ取材していた、また自分が野球やっていたということも含めて、極めてある意味で象徴的だし、いろんなことを考えさせられる出来事かなというふうに思っておりますので、今日はこれを通じて、まず三人の参考人の方にこれから付随するお話を伺えればというふうに思います。
まず、前泊参考人にお伺いさせていただきます。
今日は日米地位協定のお話も随所にありますが、地位協定に大変お詳しい前泊参考人からすると、こういう、これは不時着ということで何も起こらなかったんですが、こんなふうに子供たちが野球をやっているグラウンドにヘリコプターが降りてくる、こういう出来事をどう捉えたらいいのか、なぜこういうことになるのかというところをちょっと御見解いただけますでしょうか。
48前前泊博盛沖縄国際大学経済学部長・経済学部教授/沖縄国際大学理事
不時着事故でいうと、多いときはもう百件、二百件も起こっているんですね。こういったものが表に出てくることがないので余りぴんとこないかもしれませんが、墜落事故が一件、二件起きる前には、不時着事故が二百件、あるいは百五十件とか二百五十件とかいう形で起きているんですね。こういうことが起きていること自体がやっぱり知られていないというのがあります。
それから、CH53、沖縄国際大学にも墜落をしましたし、北部の訓練場にも不時着、炎上しています。こういったものを見ると、実はこの老朽化が激しい。CH53に至っては、もう次のCH53、DからEになって、その後Kを投入しなき…
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青島健太(維新)
日常的にそうした危険と向き合っているというお話、よく分かりました。
私も沖縄国際大学の門のところに立たせていただきました。今は何もない、もう本当に、ところですが、町のど真ん中だという、大変なところだなというのも見てまいりました。
続いて、川名参考人に伺います。
世界で一番米軍の基地があるのが沖縄でありますし、また、米軍の基地をずっと研究していらっしゃる立場で、ちょっと象徴的な場面として私挙げさせていただいたんですが、子供たちが野球をやっているようなグラウンドにも軍の飛行機が降りてくるという、こういう事態というのは世界的にもこれ許されるのか、あるいは…
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50川川名晋史大東文化大学法学部政治学科教授
世界的にはもちろん非常にレアなケースです。通常は、市街地にはやっぱり飛行場というのを設置しませんし、むしろ例えば砂漠地帯とか民間人との接触がほとんどないような場所において米軍の飛行場というのは運用されるものです。冷戦期に例えばスペインのマドリードにも飛行場があったんですけれども、これはやっぱり物すごく不人気で、結局、米軍は撤退することになります。
ですから、市街地の飛行場というのは、アメリカもそれが問題であるということは重々承知していますし、重大事故が起きれば、その基地、飛行場だけではなくて、例えばそれを規定している法的根拠である、日本の場合であれば日…
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