北村晴男 (日本保守党)

2026年7月16日・第221回国会 参議院 法務委員会 第21号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 99 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 282 発言)

今おっしゃったこと自体は、適切に機能すれば一定程度の前進はあり得るのかなというふうに理解をしています。

ただ、外から検察を見た我々の実感としては、身内の不祥事を、例えばその情報でも、外部からの情報ではなくて内部であれば、よりそういった情報は広く集まりやすいというか、指摘することは可能なんだと思います。

つまり、何を言いたいかというと、検察内部で、他の検察官の取調べ状況であるとか捜査の仕方であるとかいうことは、様々な雑談とかというところで入ってくる。そういう中で疑問を持ったときに、他の検察官に対して指摘する、つまり、検察官、適正な取調べなりをやりなさいよと、これおかしいよというふうに指摘したときに、身内の不祥事を指摘することが、これが検察内部の風土として白眼視されるのか、それとも褒められるのか、それは検察を最終的には浄化するものとして、検察の信頼を高めるものだとして評価されるのか、それとも身内の恥をさらすものとして評価されないのか、それは大変重要なことだと僕は思っています。

そういった風土をつくるように、まあ質問しませんけれども、是非とも工夫していただきたいというふうに思っています。

さて、次に、検察内部では、捜査、起訴する部門と、それから公判を担当する部門、これが明確に分かれているものと理解しています。

捜査、起訴を担当する部門が起訴してくる、そういった案件を見て、公判部がこれを有罪に持っていこうということで訴訟活動するわけですが、そのときに、公判部担当の部門が証拠関係精査して、これちょっと危ないねと、危ないという意味は、もしかしてやってないんじゃないか、無罪なんではないかという心証を得る場合もあるというふうに理解しています。これは修習のときにもそんなことを感じました、これは私が勝手に感じただけですが。

そういった公判部の検事が引き返す、つまり、公訴を取り消すとか、あるいは隠されている証拠を出せとか、そういった公益の代表者として引き返せるような仕組みはそもそもあるのかないのか、それについてお聞きします。

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