ありがとうございます。
当然、本法案は国民が持つ表現の自由に対する制限ということになると考えておりますので、当然、子供にとっても表現の自由に対する、子供が持つ表現の自由に対する制限になるというふうに考えております。
また、ちょっと直接御質問にお答えになっているかどうか分からないんですけれども、教育上の観点から申しますと、やはり民主主義の中での国民、市民になるという教育が重要なんだと思うんですけれども、やはり社会に生きておりますと必ず不快なものというのはあります、それぞれ各人が。その不快なものもあって、それで不快だからといって多数派が不快なものをどんどん抑圧していってもいいという、そういった姿をやはり子供に見せていくということが今後の民主主義の発展、民主主義を担う子供たちの姿、子供たちは見ているわけですから、それにとって本当に適切なのかというのが最大の問題です。
やはり、先ほど来その社会の分断とかありましたけれども、民主主義の中では、抑制するよりも、そういう不快な言論とかそういうものがありましたら、それを抑制するよりも、表現をより少なくするのではなく、モアスピーチであると、対抗言論によってそれは駄目なんだよということを言うと、それこそが民主主義を維持するために大切なことだというふうに言われておりますけれども、むしろ子供たちの教育という観点から見て、今後の民主主義の担う人たちへの教育という観点から見て、本法案のような作り方、それを大人たちが子供に見せていいのかという観点からは甚だ疑問があるところです。
86木木下昌彦神戸大学大学院法学研究科教授
ありがとうございます。
本法案、今の憲法のこれまで積み重ねられてきた判例等を基に考えますと、やはり多くの憲法学者、私が知る限り現役で大学で教えている憲法学者の多くはもう、多くはというか、私が知る限りはほぼ全員、私が知っている人は全員ですけれども、違憲だというふうに考えておりまして、逆にこれが合憲ということになりますと、それでは我々が考えてきた、我々が授業で教えているような憲法とは全く異なる憲法を教えなければいけないわけですね。こんなに立法事実が曖昧で、構成要件も曖昧で、立法保護法益も曖昧なものでも表現の自由を規制してもいいんですよということで授業で教え…
この発言のページ
87
大門実紀史(共産)
終わります。ありがとうございました。
この発言のページ
88
伊勢崎賢治(れいわ)
どうも。
今日は、皆さん、子供、子供の観点から議論をしたいと思います。
まずは、法学が御専門のお二人、木下参考人と橋本参考人にお願いいたします。
我が国は子どもの権利条約を批准しております。これ、一九九四年でして、これ世界全体で見ると百五十八番目、大変遅れたんですが、僕もこの批准の運動に関わったんですけど、当時ですね。当時、幾つかの条項に解釈宣言をしたものの、この条約の第十三条に重要なこと書いてあるんですね。表現の自由及び、その次の十四条に思想と良心、コンシエンスですね、それ及び宗教の自由については、いかなる留保も解釈宣言も行うことなく全面的に日本…
この発言のページ
- (上の発言)
89木木下昌彦神戸大学大学院法学研究科教授
ありがとうございます。
当然、本法案は国民が持つ表現の自由に対する制限ということになると考えておりますので、当然、子供にとっても表現の自由に対する、子供が持つ表現の自由に対する制限になるというふうに考えております。
また、ちょっと直接御質問にお答えになっているかどうか分からないんですけれども、教育上の観点から申しますと、やはり民主主義の中での国民、市民になるという教育が重要なんだと思うんですけれども、やはり社会に生きておりますと必ず不快なものというのはあります、それぞれ各人が。その不快なものもあって、それで不快だからといって多数派が不快なものをどんどん抑圧していってもいいという、そういった姿をやはり子供に見せていくということが今後の民主主義の発展、民主主義を担う子供たちの姿、子供たちは見ているわけですから、それにとって本当に適切なのかというのが最大の問題です。
やはり、先ほど来その社会の分断とかありましたけれども、民主主義の中では、抑制するよりも、そういう不快な言論とかそういうものがありましたら、それを抑制するよりも、表現をより少なくするのではなく、モアスピーチであると、対抗言論によってそれは駄目なんだよということを言うと、それこそが民主主義を維持するために大切なことだというふうに言われておりますけれども、むしろ子供たちの教育という観点から見て、今後の民主主義の担う人たちへの教育という観点から見て、本法案のような作り方、それを大人たちが子供に見せていいのかという観点からは甚だ疑問があるところです。
90橋橋本基弘中央大学法学部教授
教育と強制との区別という非常に難しい問題ではございますけれども、かつて最高裁判所は、旭川学力テスト判決の中で、国家が教育に介入していいかどうか、その一つの線引きとして、子供が一個の人格として成長することを妨げるかどうかという点を挙げました。今回、国旗損壊に関する法律というものができた。その保護法益が国旗を大切にする国民感情であると。それが独り歩きする危険性というのは考えておかなければいけないということだと思うんです。
それは、教育の現場で、かつて国旗・国歌法がそうであったように、それが一つの契機となって一種の強制というものが教育現場で行われるという危険…
この発言のページ
91
伊勢崎賢治(れいわ)
発案者におかれましては、この良心の自由ということを改めて認識していただければ僕は幸いでございます。この日本が子どもの権利条約を批准するために、非常に僕も、今から大体二十年、二十数年前ですけれども、一応努力はしましたので、これは本当に血の結晶だったんですよ、これを日本に批准させるというのがですね。よろしく御考慮をお願いいたします。
伊藤参考人、もう伊藤さんと呼びたいんですけれども、全くね。どういう質問していいか、ちょっとずっと考えてきたんですけど、これで。
戦前、明治期から昭和ですよね、に国旗損壊罪はあったかなかったかという議論があって、内閣法制局も認…
この発言のページ
92伊伊藤俊幸金沢工業大学大学院教授
格好いいですね。とても格好いいと思いますし、実際、だから、そういうことだったと思いますよ。だから、私は、国旗・国歌法案が作られたときに、いかに浸透していないんだと、逆にショックでしたよ、やっぱり。あれを法律にしなきゃいけないこと自体が、私は日本という国が大丈夫かなと思ったのは事実です。ただ、あれをやることによって、実際、学校では当たり前のように国旗が揚げられて、国歌を歌うようになったと。だから、残念ながら、今の日本はちょっと強制しないと駄目だということだと思いますよ、これはすごい残念ながら。
ただ、今回の法律はそれではないと思っています、私は。今のはそ…
この発言のページ