発案者におかれましては、この良心の自由ということを改めて認識していただければ僕は幸いでございます。この日本が子どもの権利条約を批准するために、非常に僕も、今から大体二十年、二十数年前ですけれども、一応努力はしましたので、これは本当に血の結晶だったんですよ、これを日本に批准させるというのがですね。よろしく御考慮をお願いいたします。
伊藤参考人、もう伊藤さんと呼びたいんですけれども、全くね。どういう質問していいか、ちょっとずっと考えてきたんですけど、これで。
戦前、明治期から昭和ですよね、に国旗損壊罪はあったかなかったかという議論があって、内閣法制局も認めているように、損壊罪はなかったというのが学術的、歴史的事実として今認識されております。
そこで、ちょっと興味があって、面白い文献を参議院の調査室が見付けてきまして、こんな文献なんですけれども。
明治、大正期の海軍大佐で真田鶴松さんという人がいて、真田鶴松さんですね。彼の著書がありまして、これが「日章旗考」という著作があるんですよ。そこに次の言葉が出てくるんです。ちょっと言いますと、人あるいは問わん、刑法に我が国旗に関する制裁の明文なきは、法文の不備にあらずやと。余はこれに答えんとす、いわく、仮にこれを法文の不備なりとせば、その不備ならしめたる理由こそ深かつ遠なり。吾人の誇りとするべきところなりと。この余が不言の理由については、教育家こそ、定めて莞爾として首肯せらるるところなるべしと。
どういうことかといいますと、僕もこういうのは余り得意じゃないんですけれどもね、こういうことを言っているんですね。刑法に我が国の国旗を傷つける行為への罰則がないのは法律の欠陥、不備ではないのかという、こういう質問に、私、つまり彼は、こう答えたいと思いますと。もし仮にこれを法律の欠陥と言うならば、あえてその欠陥のままにしてある理由こそが深く、そして極めて奥深いものなのでありますと。それこそが私たち日本人が誇るべきことなのだと。私がわざわざ言葉にせずとも、誰もが心で分かっているこの理由については、教育に携わる人こそ、きっとほほ笑みながら深く納得してうなずいていただけるはずでありますと。これがこの人の言葉なんですね。
この真田海軍大佐というのは、日本人は法律で罰せられなくても自発的に自国の国旗を敬う高い道徳心を持っていると、だから、わざわざ法律で罰則を設ける必要がないのだと、これこそ我が国の誇りであると言っているんですね。こういう、何といいますか、武人、こういうことをこういう武人が言うのって、僕は格好いいと思うんですけど、どう思われます。
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伊勢崎賢治(れいわ)
どうも。
今日は、皆さん、子供、子供の観点から議論をしたいと思います。
まずは、法学が御専門のお二人、木下参考人と橋本参考人にお願いいたします。
我が国は子どもの権利条約を批准しております。これ、一九九四年でして、これ世界全体で見ると百五十八番目、大変遅れたんですが、僕もこの批准の運動に関わったんですけど、当時ですね。当時、幾つかの条項に解釈宣言をしたものの、この条約の第十三条に重要なこと書いてあるんですね。表現の自由及び、その次の十四条に思想と良心、コンシエンスですね、それ及び宗教の自由については、いかなる留保も解釈宣言も行うことなく全面的に日本…
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89木木下昌彦神戸大学大学院法学研究科教授
ありがとうございます。
当然、本法案は国民が持つ表現の自由に対する制限ということになると考えておりますので、当然、子供にとっても表現の自由に対する、子供が持つ表現の自由に対する制限になるというふうに考えております。
また、ちょっと直接御質問にお答えになっているかどうか分からないんですけれども、教育上の観点から申しますと、やはり民主主義の中での国民、市民になるという教育が重要なんだと思うんですけれども、やはり社会に生きておりますと必ず不快なものというのはあります、それぞれ各人が。その不快なものもあって、それで不快だからといって多数派が不快なものをどんど…
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90橋橋本基弘中央大学法学部教授
教育と強制との区別という非常に難しい問題ではございますけれども、かつて最高裁判所は、旭川学力テスト判決の中で、国家が教育に介入していいかどうか、その一つの線引きとして、子供が一個の人格として成長することを妨げるかどうかという点を挙げました。今回、国旗損壊に関する法律というものができた。その保護法益が国旗を大切にする国民感情であると。それが独り歩きする危険性というのは考えておかなければいけないということだと思うんです。
それは、教育の現場で、かつて国旗・国歌法がそうであったように、それが一つの契機となって一種の強制というものが教育現場で行われるという危険…
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- (上の発言)
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伊勢崎賢治(れいわ)
発案者におかれましては、この良心の自由ということを改めて認識していただければ僕は幸いでございます。この日本が子どもの権利条約を批准するために、非常に僕も、今から大体二十年、二十数年前ですけれども、一応努力はしましたので、これは本当に血の結晶だったんですよ、これを日本に批准させるというのがですね。よろしく御考慮をお願いいたします。
伊藤参考人、もう伊藤さんと呼びたいんですけれども、全くね。どういう質問していいか、ちょっとずっと考えてきたんですけど、これで。
戦前、明治期から昭和ですよね、に国旗損壊罪はあったかなかったかという議論があって、内閣法制局も認めているように、損壊罪はなかったというのが学術的、歴史的事実として今認識されております。
そこで、ちょっと興味があって、面白い文献を参議院の調査室が見付けてきまして、こんな文献なんですけれども。
明治、大正期の海軍大佐で真田鶴松さんという人がいて、真田鶴松さんですね。彼の著書がありまして、これが「日章旗考」という著作があるんですよ。そこに次の言葉が出てくるんです。ちょっと言いますと、人あるいは問わん、刑法に我が国旗に関する制裁の明文なきは、法文の不備にあらずやと。余はこれに答えんとす、いわく、仮にこれを法文の不備なりとせば、その不備ならしめたる理由こそ深かつ遠なり。吾人の誇りとするべきところなりと。この余が不言の理由については、教育家こそ、定めて莞爾として首肯せらるるところなるべしと。
どういうことかといいますと、僕もこういうのは余り得意じゃないんですけれどもね、こういうことを言っているんですね。刑法に我が国の国旗を傷つける行為への罰則がないのは法律の欠陥、不備ではないのかという、こういう質問に、私、つまり彼は、こう答えたいと思いますと。もし仮にこれを法律の欠陥と言うならば、あえてその欠陥のままにしてある理由こそが深く、そして極めて奥深いものなのでありますと。それこそが私たち日本人が誇るべきことなのだと。私がわざわざ言葉にせずとも、誰もが心で分かっているこの理由については、教育に携わる人こそ、きっとほほ笑みながら深く納得してうなずいていただけるはずでありますと。これがこの人の言葉なんですね。
この真田海軍大佐というのは、日本人は法律で罰せられなくても自発的に自国の国旗を敬う高い道徳心を持っていると、だから、わざわざ法律で罰則を設ける必要がないのだと、これこそ我が国の誇りであると言っているんですね。こういう、何といいますか、武人、こういうことをこういう武人が言うのって、僕は格好いいと思うんですけど、どう思われます。
92伊伊藤俊幸金沢工業大学大学院教授
格好いいですね。とても格好いいと思いますし、実際、だから、そういうことだったと思いますよ。だから、私は、国旗・国歌法案が作られたときに、いかに浸透していないんだと、逆にショックでしたよ、やっぱり。あれを法律にしなきゃいけないこと自体が、私は日本という国が大丈夫かなと思ったのは事実です。ただ、あれをやることによって、実際、学校では当たり前のように国旗が揚げられて、国歌を歌うようになったと。だから、残念ながら、今の日本はちょっと強制しないと駄目だということだと思いますよ、これはすごい残念ながら。
ただ、今回の法律はそれではないと思っています、私は。今のはそ…
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伊勢崎賢治(れいわ)
もう締めなきゃいけないんですけど、また新しい論点を。
実は、この前の、前回のこの法案の、ここですよ、内閣委員会でその認知戦の話をしたんです、僕。是非御覧になってください、ビデオで。まさしくその外国勢力が日本の分断工作に使われる、逆にこの法案が利用されるという論点で僕は、そこは論を展開しております。是非、それ……(発言する者あり)逆です、全く逆です。心配がゆえ、伊藤さんと同じように心配をするゆえ、だけど、僕は逆の、逆の立場でこれを、この法案に反対しておりますので、是非、論点、論争しましょう。
ありがとうございました。どうも。
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北村経夫(自民)
以上をもちまして参考人に対する質疑は終了いたしました。
参考人の皆様に一言御礼申し上げます。
参考人の皆様には、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。
本日はこれにて散会いたします。
午後三時四十一分散会
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