和田政宗 (参政党)

2026年5月28日・第221回国会 衆議院 東日本大震災復興及び原子力問題調査特別委員会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 130 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 181 発言)

実は、現状について相当水産庁も頑張って取り組んでくださっているというのは認識しているんですが、ちょっとこのままの数字だとずっとこの傾向が続いてしまうのではないか。先ほど言ったように、復旧は、例えば、漁港ですとか漁業に関わる様々な施設、また漁船などについてはもう相当数復興が成っているということであっても、海水温のことなどもおっしゃられましたけれども、これはやはり相当てこ入れをしていかなくてはならないというふうに思うんですね。

そうした中で、これは農業についても共通するんですけれども、強みというものを更に強くして、そしてそのほかのものも丹念に見て底上げを図っていくということが重要であるというふうに私は思うんです。

三陸沿岸のカキ、宮城、岩手とも生産量は震災前に比べて実はほぼ半減しているという状況になっています。

宮城のカキについて申し上げますと、宮城というのは、実はこれは世界的にも重要な地域でありまして、世界のカキの近代養殖の発祥の地なんですね。委員長がうなずいていらっしゃいますけれども。

沖縄県出身の宮城新昌さんが大正年間に、今までは直まき式の養殖が主流だったわけでありますけれども、垂下式養殖法というのを編み出しまして、これは、ロープを垂らしまして、そこにホタテガイの貝殻、ここにカキの稚貝を付着させて、そして養殖をするということで、これで飛躍的にカキの養殖の生産量が伸びたんですね。この技術が世界に伝わりまして、世界のカキの養殖も伸びていったということで。

宮城新昌さんがすばらしいのは、これを特許で囲わなかったんですね。まさにこういうものが世界に広まること、これが、いわゆる人類の食の改善といいますか、そういう栄養の改善につながっていくということで、特許にせずに海外に広がっていった。

もう一つ、実は宮城のカキは世界を救っていまして、一九七〇年代にヨーロッパでカキのウイルスが蔓延をして、カキがほぼ死滅しました。そのときに宮城県石巻から稚貝を送りまして、先ほどの宮城新昌さんの世界の近代養殖の発祥の地も実は石巻なんですけれども、一九七〇年代にウイルスでヨーロッパのカキが死滅したときに、宮城から稚貝を送ったんですね。

今、世界のカキのルーツの八〇%は石巻と言われています。ですので、フランスで皆さんカキを、本場のところはおいしいねというふうにお食べになると思うんですけれども、これは元々ルーツは日本の石巻というようなこともありまして、こういったものも、実は私、お話しすると、みんな、えっ、そうなんだというような反応をしてくださっていますけれども、こういったストーリーも含めて宮城のカキを売り込んでいかなくてはならないというふうに私は思って、これまでも取り組んできたわけでありますけれども。

岩手県も含めてほぼ半減しちゃっているというのはかなり大変な状況で、私はずっと、カキも含めて、沿岸被災地の水産物はえこひいきしていい、やはりしっかりと復興ということにつなげていかなくてはならないんだからということを言ってきましたけれども、カキについて、現状認識そして支援策をどのように考えているか、お答え願います。

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