大変重要な御質問をいただきまして、誠にありがとうございます。
まず、私のインタビューにお目通しをいただいたこと、大変光栄に存じます。そして、大変重要なところに目を留めていただきました。
切実な思いを抱えて、思い余ってとがった表現をしてしまう人が出てくるということは、洋の東西を問わず、かなりあり得ることです。そして、日本では特に、侮辱的な表現でなくても政治的表現をすること自体を不快がる人がSNSなどを見ていると非常に多い。そのために、私は、不快感や嫌悪感というものを処罰の根拠、構成要件とすることは非常に危ういということをまず一番大きな原則として述べたいと思います。
そして、思い余って器物を損壊するとか、それから公式に掲揚されている国旗を損壊するといった場合には、器物損壊罪や公務執行妨害罪などで現在処罰は可能ですので、そうしたことは犯罪行為としての処罰は免れないと私も思っております。そこは同感でございます。
また、宗教感情を保護するということにつきましては、これは、宗教というのは私人の信教の自由が保護されていまして、その思いというものを保護法益として尊重するということになっていますが、国家自体は、政教分離原則によって、国家が宗教あるいは宗教感情を持つということは憲法上禁止されております。したがって、宗教信条を保護する法令を国旗損壊罪の根拠にすることは、残念ながら日本国憲法上は不可能であるということになると思います。
そして、最後の問題は国の名誉という問題でした。最初の、去年の暮れまでの案では国家の名誉を保護するということが立法目的であったと思われますが、それが国民の不快感、嫌悪感という問題にだんだん変わってきたというふうに認識しております。そして、国民、人間というのは生身の心を持っていますので、傷つき得る人格を持っています。侮辱を受けたときに、もう立ち上がれない、社会生活ももうできなくなるという人が出るということがあり得るのですが、国家というものは、その意味での生身の人間と同じ傷つき得る人格を持っているわけではありませんので、この場合、国の名誉というものをこのような処罰規定によって守るということは、憲法に照らしたときに必要性はないのではないか。むしろ、必要なことは、国が国民に尊敬される政治を行うこと、これを目指すことではないかと考えております。
最後に、ジョン・スチュアート・ミルというイギリスの政治哲学者がいたんですけれども、この方が、こうした方がいい、これが道徳であるといったような事柄は、説得の材料にはなるが法強制の根拠にはならないという趣旨のことを述べておりまして、これが現在の憲法や多くの刑法学者の共有するところとなっております。私もその考え方を共有しております。
以上です。
37横横田光弘(維新)
日本維新の会の横田でございます。
私は、法律論それから解釈等々、いろいろな議論が、これまでも内閣委員会そして今日の参考人の方々をお招きしながら交わされるというのは非常に重要なことだと当然のことながら思うわけですけれども、私は、今日は、日本人としての普通の感覚、この観点で質問をさせていただきたいというふうに思っております。
今、ワールドカップをやっていますよね。ワールドカップ、日本は非常に頑張って、すばらしい成績を出しつつある。テレビを見ていましたら、ワールドカップのときに、始まる前に、国旗の前で国歌を斉唱して、それが選手、監督だけじゃなくて、それこそ…
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38野野村修也中央大学法科大学院教授・弁護士
話すと長くなるかもしれません。
私もその様子は拝見いたしましたし、あるテレビ番組で、これまでの過去のレジェンドと言われる方々にも伺いましたが、やはり、始まる前の国旗が上がるときには、各人がみんな、緊張すると同時に感動するということは聞いております。
ただ、私は、今回、申し上げていますけれども、内心自体の中で日本の国旗が嫌いだという国民の人がいても、私はそれでもいいというふうには思います。それを強要して、国旗をみんな尊重しようという法律をもし作っているんだとすれば、それはちょっと強要することになるかなというふうには思いますが、ただ、先生おっしゃるとおり…
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39横横田光弘(維新)
ありがとうございます。そういうことだと思いますよね。
もちろん、内心のいろいろな思いというものを規制する、そんなことはできるわけもありませんし、この日本でしてはならない、私もそう思います。ただ、本当に森保監督なんかは、日本のために日の丸に勝利を誓うというような趣旨のことを時々おっしゃっているわけです。それに対して、最近SNS等々では、日の丸にバッテンをつけるとか、中をくりぬいちゃうとか、そんなような、私から見れば蛮行とも言えるようなことが平気で行われている。多くの日本人の感情として、何かを主張するために自分の国の国旗を燃やすなんというようなことは理解不…
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- (上の発言)
40志志田陽子武蔵野美術大学造形学部教授・学長補佐
大変重要な御質問をいただきまして、誠にありがとうございます。
まず、私のインタビューにお目通しをいただいたこと、大変光栄に存じます。そして、大変重要なところに目を留めていただきました。
切実な思いを抱えて、思い余ってとがった表現をしてしまう人が出てくるということは、洋の東西を問わず、かなりあり得ることです。そして、日本では特に、侮辱的な表現でなくても政治的表現をすること自体を不快がる人がSNSなどを見ていると非常に多い。そのために、私は、不快感や嫌悪感というものを処罰の根拠、構成要件とすることは非常に危ういということをまず一番大きな原則として述べたいと思います。
そして、思い余って器物を損壊するとか、それから公式に掲揚されている国旗を損壊するといった場合には、器物損壊罪や公務執行妨害罪などで現在処罰は可能ですので、そうしたことは犯罪行為としての処罰は免れないと私も思っております。そこは同感でございます。
また、宗教感情を保護するということにつきましては、これは、宗教というのは私人の信教の自由が保護されていまして、その思いというものを保護法益として尊重するということになっていますが、国家自体は、政教分離原則によって、国家が宗教あるいは宗教感情を持つということは憲法上禁止されております。したがって、宗教信条を保護する法令を国旗損壊罪の根拠にすることは、残念ながら日本国憲法上は不可能であるということになると思います。
そして、最後の問題は国の名誉という問題でした。最初の、去年の暮れまでの案では国家の名誉を保護するということが立法目的であったと思われますが、それが国民の不快感、嫌悪感という問題にだんだん変わってきたというふうに認識しております。そして、国民、人間というのは生身の心を持っていますので、傷つき得る人格を持っています。侮辱を受けたときに、もう立ち上がれない、社会生活ももうできなくなるという人が出るということがあり得るのですが、国家というものは、その意味での生身の人間と同じ傷つき得る人格を持っているわけではありませんので、この場合、国の名誉というものをこのような処罰規定によって守るということは、憲法に照らしたときに必要性はないのではないか。むしろ、必要なことは、国が国民に尊敬される政治を行うこと、これを目指すことではないかと考えております。
最後に、ジョン・スチュアート・ミルというイギリスの政治哲学者がいたんですけれども、この方が、こうした方がいい、これが道徳であるといったような事柄は、説得の材料にはなるが法強制の根拠にはならないという趣旨のことを述べておりまして、これが現在の憲法や多くの刑法学者の共有するところとなっております。私もその考え方を共有しております。
以上です。
41横横田光弘(維新)
ある意味では非常に私も理解する部分をお答えいただきました。ありがとうございます。
日本は、御承知のように、表現の自由が保障された国でもあります。私、議員会館、三階なんですけれども、ちょうど参議院側と向かい合っているんですよね、第二で。それで、いつも政府に対する抗議の団体、頻繁に来るんですよ。大音量でがんがんやるものだから、秘書との会話もなかなかままならないなんてことがしばしばあるんですよね。それだけいろいろ自由があるということです。
それで、平和教育という名の下なら何をやってもいいというふうに、今大きな問題になっていますけれども、例の高校の、禁止区域…
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42野野村修也中央大学法科大学院教授・弁護士
御質問ありがとうございます。
恐らく、私は今委員がおっしゃられた冒頭の、国民が国旗に対してどういう感情を持っているのかということが非常に重要な、この法案を審議する上での前提ではないかなというふうに思っています。
それは何かといいますと、やはり特別なものなんですね。国旗というのを見ると、多くの国民は自分のアイデンティティーを感じますし、それから誇りもそこに感じますし、さらには愛着も感じる、こういう道具なんですね。
ですから、表現をするときにその道具というのは、物すごい強い力を持っているものだということを前提に、表現というのは考えなきゃいけないというふ…
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43横横田光弘(維新)
ありがとうございます。
非常に分かりやすく説得力があったと、私は今先生の解説でよく分かりました。
とにかく、私たちは自由な国にいるんだということで、国民が不快に思う、こういったようなものを国旗に当てはめていろいろ表現をしようとすることに対しては、やはり慎重でなければいけない。そして、今回このSNS等については、附則で、三年目でまた見直すということになっていますから、そういうことも含めて、今後、私たちのこの日本の社会が、平和で、そして自由にいろいろな物が言えるということを前提に、この国旗損壊罪を早く制定していかなければいけないというふうに思っております…
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