皆さん、おはようございます。
中央大学法科大学院教授で弁護士の野村修也と申します。大学教員として法律学を教えまして今年で三十七年目、弁護士として実務に携わって今年で二十二年目となります。
本日は、国旗の損壊等の処罰に関する法律案に賛成の立場から意見を述べさせていただきたいというふうに思います。
なお、本日の私の意見は、二〇一八年から七年間にわたりまして、外国人技能実習機構の評議員として、外国人との共生社会の実現を目指してきた経験を踏まえたものでございます。
いわゆる国旗損壊罪につきましては、保護法益が不明確だ、あるいは、内心の自由や表現の自由に対する侵害になる、さらには、器物損壊罪があれば十分だ、立法事実がないといったような批判が見受けられます。そこで、それぞれにつきまして、私の意見を述べさせていただきたいと思います。
まず、保護法益についてであります。
刑法九十二条に規定されました外国国旗損壊罪は、侮辱目的で外国国旗を損壊する行為を放置すると、外国との間で外交問題に発展し、日本の国益を損なう危険性があるため、それを防ぐ目的で置かれていると説明されております。そのため、日本の国旗については、そもそも外交問題は生じないので立法は不要だという意見があります。
しかし、私は、日本の国旗に対する損壊罪には別の保護法益があるというふうに考えております。
そもそも、侮辱目的で外国国旗を損壊すると、なぜ外交問題に発展するんでしょうか。それは、国旗というものが、その国の国民統合の象徴であって、多くの国民が愛着と誇りの対象としているからではないでしょうか。そのため、侮辱目的で国旗を損壊する行為は、国民全体に対するヘイト行為として位置づけることができるわけであります。言い換えますと、国旗はヘイト行為の手段として用いられやすい存在だということに留意する必要があると考えます。
現行法上、外国の国旗を用いた外国人に対するヘイト行為は外国国旗損壊罪によって抑止されていますけれども、日本の国旗を用いた日本国民全体に対するヘイト行為は処罰の対象とはなっておりません。侮辱罪や名誉毀損罪は個人に向けられた行為を処罰するものであって、国民全体に対するヘイト行為は処罰できないからであります。
日本は、多様な背景を持つ人々との共生が必要な社会になっており、今後、更にその重要性は高まるでしょう。だからこそ、社会を民族や国籍で分断させないことは重要な保護法益であるというふうに考えております。
このように、ヘイト行為という観点から見た場合には、その手段として用いられる国旗が外国の国旗であろうと日本の国旗であろうと、区別することに意味はありません。外国国旗損壊罪を設けている国は自国の国旗に対する損壊罪を設けているのがほとんどでありまして、日本のように外国国旗損壊罪だけを設けている国はごく少数であります。その理由は、ヘイト行為という観点に着目すれば、双方の刑罰に共通する保護法益が存在するからではないでしょうか。
ヘイト行為の防止が重要な保護法益であることは、二〇一六年に制定された、いわゆるヘイトスピーチ解消法によって、既に法律上確認されているところです。また、それを受けて制定された川崎市の条例では、刑罰を伴う形でヘイトスピーチを禁止しています。確かに、これらの法令等は外国人に対するヘイトスピーチを規制対象にしておりますけれども、立法時におきます衆参両院の附帯決議では、日本人に対するヘイトスピーチも許されないことが確認されております。さらには、川崎市のホームページでも、そのことが何度も繰り返し説明されているところであります。
今回の法案を見てみますと、人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損する行為を処罰対象としているのであって、これはまさに国旗を用いたヘイト行為だというふうに言うことができます。つまり、国旗損壊罪は、国旗を用いたヘイト行為による社会の分断を防止することこそ保護法益として位置づけられるものではないかと私は理解しているところであります。
次に、内心の自由や表現の自由との関係について考えてみたいと思います。
まず、今回の法律は、行為の外形、周囲の状況その他の客観的な事情を総合的に判断して処罰するものであり、そのことは第二条第二項に明記されているところであります。国旗を嫌うという内心そのものを罰するものではありませんし、国民に国旗を大切にする心を強要するものでもありません。
仮に処罰行為に当たる行為をした者が、自分は日本の国旗を愛しているというふうに幾ら主張しても、刑を免れるものではありません。その意味では、内心と処罰とは完全に切り離されているものと考えることができます。したがって、この法案は、内心の自由を侵害するものとは考えられません。
では、表現の自由との関係はいかがでしょうか。
表現の自由は、極めて重要な基本的人権ですが、規制が必要で、その必要性に見合う最小限の規制であり、他に人権制約の少ない代替手段がない場合には制約は可能だというふうに考えられています。現に、器物損壊罪に当たる場合やヘイト行為に当たる場合には表現の自由の制限が認められることは、現行法からも既に明らかであります。
また、本法案の第三条は、国旗損壊罪の解釈、運用に当たっては、表現の自由を不当に侵害しないように留意すべきことを明記していますので、対象となる行為はおのずと限定されるというふうに考えられるところであります。
例えば、公衆の前で国旗に汚物を塗りつけるような行為は、明らかに表現の自由を逸脱していると考えられますが、その国旗が行為者の所有物であれば現行法では処罰ができないということになっていますので、ここに国旗損壊罪の必要性が認められるというふうに思います。
次に、器物損壊罪があれば十分ではないかという指摘について考えてみます。
確かに、損壊した国旗が他人の所有物であれば、器物損壊罪が成立します。この場合、国旗損壊罪と器物損壊罪とが観念的競合の関係になりますので、刑が重い方の器物損壊罪で処罰されることになります。そこで、国旗損壊罪を新設する意味はないのではないかという意見があるところです。
しかし、器物損壊罪は親告罪でありまして、告訴がなければ起訴できませんので、被害に遭った国旗の所有者が許せば刑事事件にはなりません。しかし、国旗損壊罪は、先ほどから申し上げていますように、国民全体に対するヘイト行為が問題になっている場面だとしますと、国旗の所有者が幾ら免除する、告訴しないという判断をすることによって不起訴にしたとしても、器物損壊罪が適用できない場合、そのような場合にこそ国旗損壊罪を使うことが必要になるというふうに考えられます。今回の法案は、国旗損壊罪を非親告罪として制定しておりますので、まさにその点に存在意義があるというふうに考えられます。
また、言うまでもないことですが、自分の所有する国旗を損壊する方法で行うヘイト行為については器物損壊罪は成立しませんので、国旗損壊罪の必要性は当然に残るというふうに考えられます。
最後に、立法事実について述べたいというふうに思います。
現に差し迫った事実が起こっていないことが指摘されていますけれども、現時点では自国で起こっていなくても、他の国で問題となっており、早晩日本でも同様のことが起こる可能性がある場合には、そうした比較法的観点から発見された事実を根拠に立法論を展開することは可能だというふうに考えられます。現に、外患誘致罪や内乱罪のような適用例がないものであったとしても、現行法の中で誰もその必要性は疑っていないところであります。
国旗損壊罪を法定しておりますドイツやイタリアなどでは、ファシズムへの回帰を主張する人種差別的な極右思想家が、戦後に定められた現在の国旗を損壊する行為、あるいはそこにナチスのマークを描き加えたりするような事件が処罰されておりますし、そうした極右思想に反対する対抗言論、いわゆるカウンターとして国旗を損壊する行為も処罰の対象となっております。こうした事件の背景には、ヨーロッパにおいて深刻化する移民問題や難民問題があることは言うまでもありません。
我が国でも、特定の地域では、排外的なヘイトスピーチやそれに対する市民団体らによるカウンターとが激しく衝突する事例が見受けられるようになってきています。こうした状況の中で、自分の所有する日本の国旗であればヘイト行為に使い放題であるという状況は、社会の分断の道具として、我が国が大切にしてきた国旗が使われる危険性をはらんでいるところだというふうに考えます。
例えば、外国人の生活習慣をめぐってトラブルが生じた地域で、日本人によるヘイトスピーチが横行し、それへのカウンターとして、外国人やそれを支援する日本人の市民団体が日本の国旗を大量に持ち寄り、棺おけに入れて火をつけるような事態が起こっても、これは現行法上致し方がないということになりかねません。私は、そういう事態は起こってほしくないというふうに思っております。
外国の国旗を侵害する行為については抑制がかかっていますが、日本の国旗を侵害する行為に抑制がかかっていないのだとすれば、国旗損壊罪を法定することにより、そうした行為を未然に防止することが共生社会の実現のために必要ではないかというふうに考えている次第であります。
以上、私の方の意見を述べさせていただきました。
御清聴ありがとうございました。(拍手)
3
山下貴司(自民)
ありがとうございました。
次に、江藤参考人にお願いいたします。
この発言のページ
4江江藤隆之桃山学院大学副学長・法学部教授
ただいま御紹介にあずかりました江藤でございます。
本日は、意見を述べる機会をいただき、誠にありがとうございます。
刑法研究者の立場から、理論面と、制定後に予想される適用面について意見を申し上げます。
まず、理論面です。
刑罰法規を新設する場合には、単にその行為は望ましくないというだけでは足りません。刑罰は、国家が個人に科す最も強力な制裁であり、用いるには、必要性、相当性、処罰範囲の明確性が求められます。ここで問題となるのが、立法事実です。
立法事実とは、法律の必要性を基礎づける事実であり、目的だけでなく、手段の合理性も含みます。つまり、刑罰の新…
この発言のページ
5
山下貴司(自民)
ありがとうございました。
次に、野村参考人にお願いいたします。
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- (上の発言)
6野野村修也中央大学法科大学院教授・弁護士
皆さん、おはようございます。
中央大学法科大学院教授で弁護士の野村修也と申します。大学教員として法律学を教えまして今年で三十七年目、弁護士として実務に携わって今年で二十二年目となります。
本日は、国旗の損壊等の処罰に関する法律案に賛成の立場から意見を述べさせていただきたいというふうに思います。
なお、本日の私の意見は、二〇一八年から七年間にわたりまして、外国人技能実習機構の評議員として、外国人との共生社会の実現を目指してきた経験を踏まえたものでございます。
いわゆる国旗損壊罪につきましては、保護法益が不明確だ、あるいは、内心の自由や表現の自由に対する侵害になる、さらには、器物損壊罪があれば十分だ、立法事実がないといったような批判が見受けられます。そこで、それぞれにつきまして、私の意見を述べさせていただきたいと思います。
まず、保護法益についてであります。
刑法九十二条に規定されました外国国旗損壊罪は、侮辱目的で外国国旗を損壊する行為を放置すると、外国との間で外交問題に発展し、日本の国益を損なう危険性があるため、それを防ぐ目的で置かれていると説明されております。そのため、日本の国旗については、そもそも外交問題は生じないので立法は不要だという意見があります。
しかし、私は、日本の国旗に対する損壊罪には別の保護法益があるというふうに考えております。
そもそも、侮辱目的で外国国旗を損壊すると、なぜ外交問題に発展するんでしょうか。それは、国旗というものが、その国の国民統合の象徴であって、多くの国民が愛着と誇りの対象としているからではないでしょうか。そのため、侮辱目的で国旗を損壊する行為は、国民全体に対するヘイト行為として位置づけることができるわけであります。言い換えますと、国旗はヘイト行為の手段として用いられやすい存在だということに留意する必要があると考えます。
現行法上、外国の国旗を用いた外国人に対するヘイト行為は外国国旗損壊罪によって抑止されていますけれども、日本の国旗を用いた日本国民全体に対するヘイト行為は処罰の対象とはなっておりません。侮辱罪や名誉毀損罪は個人に向けられた行為を処罰するものであって、国民全体に対するヘイト行為は処罰できないからであります。
日本は、多様な背景を持つ人々との共生が必要な社会になっており、今後、更にその重要性は高まるでしょう。だからこそ、社会を民族や国籍で分断させないことは重要な保護法益であるというふうに考えております。
このように、ヘイト行為という観点から見た場合には、その手段として用いられる国旗が外国の国旗であろうと日本の国旗であろうと、区別することに意味はありません。外国国旗損壊罪を設けている国は自国の国旗に対する損壊罪を設けているのがほとんどでありまして、日本のように外国国旗損壊罪だけを設けている国はごく少数であります。その理由は、ヘイト行為という観点に着目すれば、双方の刑罰に共通する保護法益が存在するからではないでしょうか。
ヘイト行為の防止が重要な保護法益であることは、二〇一六年に制定された、いわゆるヘイトスピーチ解消法によって、既に法律上確認されているところです。また、それを受けて制定された川崎市の条例では、刑罰を伴う形でヘイトスピーチを禁止しています。確かに、これらの法令等は外国人に対するヘイトスピーチを規制対象にしておりますけれども、立法時におきます衆参両院の附帯決議では、日本人に対するヘイトスピーチも許されないことが確認されております。さらには、川崎市のホームページでも、そのことが何度も繰り返し説明されているところであります。
今回の法案を見てみますと、人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損する行為を処罰対象としているのであって、これはまさに国旗を用いたヘイト行為だというふうに言うことができます。つまり、国旗損壊罪は、国旗を用いたヘイト行為による社会の分断を防止することこそ保護法益として位置づけられるものではないかと私は理解しているところであります。
次に、内心の自由や表現の自由との関係について考えてみたいと思います。
まず、今回の法律は、行為の外形、周囲の状況その他の客観的な事情を総合的に判断して処罰するものであり、そのことは第二条第二項に明記されているところであります。国旗を嫌うという内心そのものを罰するものではありませんし、国民に国旗を大切にする心を強要するものでもありません。
仮に処罰行為に当たる行為をした者が、自分は日本の国旗を愛しているというふうに幾ら主張しても、刑を免れるものではありません。その意味では、内心と処罰とは完全に切り離されているものと考えることができます。したがって、この法案は、内心の自由を侵害するものとは考えられません。
では、表現の自由との関係はいかがでしょうか。
表現の自由は、極めて重要な基本的人権ですが、規制が必要で、その必要性に見合う最小限の規制であり、他に人権制約の少ない代替手段がない場合には制約は可能だというふうに考えられています。現に、器物損壊罪に当たる場合やヘイト行為に当たる場合には表現の自由の制限が認められることは、現行法からも既に明らかであります。
また、本法案の第三条は、国旗損壊罪の解釈、運用に当たっては、表現の自由を不当に侵害しないように留意すべきことを明記していますので、対象となる行為はおのずと限定されるというふうに考えられるところであります。
例えば、公衆の前で国旗に汚物を塗りつけるような行為は、明らかに表現の自由を逸脱していると考えられますが、その国旗が行為者の所有物であれば現行法では処罰ができないということになっていますので、ここに国旗損壊罪の必要性が認められるというふうに思います。
次に、器物損壊罪があれば十分ではないかという指摘について考えてみます。
確かに、損壊した国旗が他人の所有物であれば、器物損壊罪が成立します。この場合、国旗損壊罪と器物損壊罪とが観念的競合の関係になりますので、刑が重い方の器物損壊罪で処罰されることになります。そこで、国旗損壊罪を新設する意味はないのではないかという意見があるところです。
しかし、器物損壊罪は親告罪でありまして、告訴がなければ起訴できませんので、被害に遭った国旗の所有者が許せば刑事事件にはなりません。しかし、国旗損壊罪は、先ほどから申し上げていますように、国民全体に対するヘイト行為が問題になっている場面だとしますと、国旗の所有者が幾ら免除する、告訴しないという判断をすることによって不起訴にしたとしても、器物損壊罪が適用できない場合、そのような場合にこそ国旗損壊罪を使うことが必要になるというふうに考えられます。今回の法案は、国旗損壊罪を非親告罪として制定しておりますので、まさにその点に存在意義があるというふうに考えられます。
また、言うまでもないことですが、自分の所有する国旗を損壊する方法で行うヘイト行為については器物損壊罪は成立しませんので、国旗損壊罪の必要性は当然に残るというふうに考えられます。
最後に、立法事実について述べたいというふうに思います。
現に差し迫った事実が起こっていないことが指摘されていますけれども、現時点では自国で起こっていなくても、他の国で問題となっており、早晩日本でも同様のことが起こる可能性がある場合には、そうした比較法的観点から発見された事実を根拠に立法論を展開することは可能だというふうに考えられます。現に、外患誘致罪や内乱罪のような適用例がないものであったとしても、現行法の中で誰もその必要性は疑っていないところであります。
国旗損壊罪を法定しておりますドイツやイタリアなどでは、ファシズムへの回帰を主張する人種差別的な極右思想家が、戦後に定められた現在の国旗を損壊する行為、あるいはそこにナチスのマークを描き加えたりするような事件が処罰されておりますし、そうした極右思想に反対する対抗言論、いわゆるカウンターとして国旗を損壊する行為も処罰の対象となっております。こうした事件の背景には、ヨーロッパにおいて深刻化する移民問題や難民問題があることは言うまでもありません。
我が国でも、特定の地域では、排外的なヘイトスピーチやそれに対する市民団体らによるカウンターとが激しく衝突する事例が見受けられるようになってきています。こうした状況の中で、自分の所有する日本の国旗であればヘイト行為に使い放題であるという状況は、社会の分断の道具として、我が国が大切にしてきた国旗が使われる危険性をはらんでいるところだというふうに考えます。
例えば、外国人の生活習慣をめぐってトラブルが生じた地域で、日本人によるヘイトスピーチが横行し、それへのカウンターとして、外国人やそれを支援する日本人の市民団体が日本の国旗を大量に持ち寄り、棺おけに入れて火をつけるような事態が起こっても、これは現行法上致し方がないということになりかねません。私は、そういう事態は起こってほしくないというふうに思っております。
外国の国旗を侵害する行為については抑制がかかっていますが、日本の国旗を侵害する行為に抑制がかかっていないのだとすれば、国旗損壊罪を法定することにより、そうした行為を未然に防止することが共生社会の実現のために必要ではないかというふうに考えている次第であります。
以上、私の方の意見を述べさせていただきました。
御清聴ありがとうございました。(拍手)
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山下貴司(自民)
ありがとうございました。
次に、志田参考人にお願いいたします。
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8志志田陽子武蔵野美術大学造形学部教授・学長補佐
ただいま御紹介をいただきました武蔵野美術大学の志田陽子と申します。専門は、憲法学及び芸術に関連する各種の法律を研究対象及び教育対象としております。
本日は、発言の機会をいただきまして、大変感謝しております。
国旗の損壊等の処罰に関する法律案について、憲法に照らして考察するということをいたしました。そして、結論から申し上げますと、現在の案では、将来、憲法訴訟になったときには違憲と判断される可能性が非常に高いと考えております。以下、その理由を述べます。
まず、処罰対象が非常に広い、広範であるということです。
現在の案は、処罰対象が、公的機関が公式に掲…
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山下貴司(自民)
ありがとうございました。
以上で各参考人からの御意見の開陳は終わりました。
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