大臣、ありがとうございます。
今大臣からも御説明をいただきましたけれども、令和六年、当時の岸田総理が初めて被爆体験者と面会をしていただきまして、合理的な解決をするということを被爆体験者の皆様とお約束をされました。その中で、先ほど大臣がおっしゃっていただきました被爆者と同等の医療費助成が創設をされ、病気を抱えた、そして高齢の中で、被爆体験者の皆様にとっても大変ありがたい助成制度だというふうに思いますけれども、被爆体験者の皆様の思いは一つでございます、被爆者と認めてほしいということです。今、係争中というお話もございましたけれども、二〇〇七年から裁判をずっと続け、大変高齢化をし、残された時間がないという状況の中でございます。
ただ、最高裁の判決のことですとかによって、なかなか長崎の被爆体験者は被爆者と認められないという御答弁が、私も質問をするたびにその御答弁に終始するわけでございますけれども、後ほど私の方から質問いたしますけれども、広島の黒い雨訴訟の判決内容が出まして、これを国が、当時の菅総理が上告断念をされた、その中で大きな政治決断もあったというふうに思っておりますので、私としては大きく局面が変わったというふうに認識をいたしております。
続きまして、関連して、被爆地域の認定についてお尋ねをさせていただきます。
長崎市においては、昭和三十二年、被爆地域の認定が、当時の行政区域、旧長崎市を基につくられたために、被爆者と認められるのは、爆心地から遠点南北十二キロ、東西に近点八キロで線が引かれました。これは、今日お配りをいたしております、ピンクの原爆被爆地域がこの地域に当たるわけでございますけれども。
ただ、長崎の場合は、大変地形が細長い地形でございまして、南北に細長くいびつな形となっており、その是正のために、昭和四十九年と昭和五十一年、二度にわたり、第一種健康診断特例区域の指定及び拡大が行われました。しかし、南北は北方に十二キロまで拡大されることとなりましたけれども、東西については十二キロ圏内にあっても認められない地域が残されています。これが被爆体験者の問題です。
そもそも、最初の指定は旧行政区域に基づくものであり、科学的な知見や証拠に基づいて決められたものではありません。以前私が質問した中で、科学的な知見を用いるようになったのは、昭和五十五年に原爆被爆基本問題懇談会の提言で、被爆地域の指定は科学的、合理的な根拠のある場合に限定して行うべきとされたことから、それに基づいた調査により現在の形となったという御答弁がございました。
被爆体験者が住んでおられた地域にのみ科学的な裏づけを求めることの整合性について、大変私は疑問を持ちます。このことに対する御見解を厚生労働省大坪局長にお伺いいたします。
69
大串正樹(自民)
次に、西岡秀子君。
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70
西岡秀子(国民)
国民民主党・無所属クラブ、西岡秀子でございます。
本日は、委員長を始め両筆頭、また委員各位の御理解をいただきまして、質問の機会をいただきました。心より感謝申し上げます。
上野大臣には初めて質問させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
本日は、私の地元である長崎の被爆体験者の救済について質問させていただきます。
今年も、八月九日、長崎原爆の日が近づいてまいりました。被爆から今年で八十一年目を迎えます。八十一年経過した今も、爆心地から十二キロ圏内で被爆者と同様に原爆に遭いながら、国の指定した被爆地域の外にいたために被爆者と認められない、い…
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71
上野賢一郎(自民)厚生労働大臣
御指摘の被爆体験者の方々につきましては、過去に最高裁まで争われ、身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあったとは言えず、原子爆弾投下後、広島のように雨が降ったとする客観的な記録はないことなどから、被爆者と認定できない旨の判示がなされているところであります。
平成三十年より新たに提訴を受けまして、現在も係争中である中において、被爆体験者の方々が御高齢となり、様々な疾病を抱えて長期療養を要していることから、令和六年の十二月より、幅広い一般的な疾病について、被爆者と同等の医療費助成を開始をしたところであります。
こうした支援策を着実に実施する…
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- (上の発言)
72
西岡秀子(国民)
大臣、ありがとうございます。
今大臣からも御説明をいただきましたけれども、令和六年、当時の岸田総理が初めて被爆体験者と面会をしていただきまして、合理的な解決をするということを被爆体験者の皆様とお約束をされました。その中で、先ほど大臣がおっしゃっていただきました被爆者と同等の医療費助成が創設をされ、病気を抱えた、そして高齢の中で、被爆体験者の皆様にとっても大変ありがたい助成制度だというふうに思いますけれども、被爆体験者の皆様の思いは一つでございます、被爆者と認めてほしいということです。今、係争中というお話もございましたけれども、二〇〇七年から裁判をずっと続け、大変高齢化をし、残された時間がないという状況の中でございます。
ただ、最高裁の判決のことですとかによって、なかなか長崎の被爆体験者は被爆者と認められないという御答弁が、私も質問をするたびにその御答弁に終始するわけでございますけれども、後ほど私の方から質問いたしますけれども、広島の黒い雨訴訟の判決内容が出まして、これを国が、当時の菅総理が上告断念をされた、その中で大きな政治決断もあったというふうに思っておりますので、私としては大きく局面が変わったというふうに認識をいたしております。
続きまして、関連して、被爆地域の認定についてお尋ねをさせていただきます。
長崎市においては、昭和三十二年、被爆地域の認定が、当時の行政区域、旧長崎市を基につくられたために、被爆者と認められるのは、爆心地から遠点南北十二キロ、東西に近点八キロで線が引かれました。これは、今日お配りをいたしております、ピンクの原爆被爆地域がこの地域に当たるわけでございますけれども。
ただ、長崎の場合は、大変地形が細長い地形でございまして、南北に細長くいびつな形となっており、その是正のために、昭和四十九年と昭和五十一年、二度にわたり、第一種健康診断特例区域の指定及び拡大が行われました。しかし、南北は北方に十二キロまで拡大されることとなりましたけれども、東西については十二キロ圏内にあっても認められない地域が残されています。これが被爆体験者の問題です。
そもそも、最初の指定は旧行政区域に基づくものであり、科学的な知見や証拠に基づいて決められたものではありません。以前私が質問した中で、科学的な知見を用いるようになったのは、昭和五十五年に原爆被爆基本問題懇談会の提言で、被爆地域の指定は科学的、合理的な根拠のある場合に限定して行うべきとされたことから、それに基づいた調査により現在の形となったという御答弁がございました。
被爆体験者が住んでおられた地域にのみ科学的な裏づけを求めることの整合性について、大変私は疑問を持ちます。このことに対する御見解を厚生労働省大坪局長にお伺いいたします。
73大大坪寛子厚生労働省健康・生活衛生局長
ありがとうございます。
先生御指摘のとおり、その被爆地域の指定でありますが、当初、昭和三十二年の原爆医療法制定時、このときには、当時ありました科学的知見を踏まえ、爆心地からおおむね半径五キロメートルの範囲を基本としつつ、長崎の場合は下に行政区画が長くありますので、それを基礎とした指定地域というふうになっております。
その後、様々見直しをする中で、今御紹介をいただきました昭和五十五年の原子爆弾被爆者対策基本問題懇談会、この中の文書では、これまでの被爆地域との均衡から地域拡大を行う際に、新たな不公平を生み出すことがないように、被爆地域の指定は科学的、合理…
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74
西岡秀子(国民)
先ほど、広島の高裁、黒い雨訴訟について言及いたしましたけれども、当時、菅総理の上告断念によって確定した判決では、雨のみならず、空気中に残留する放射性粒子を吸い込んだり、地上に到達した放射性微粒子が混入した飲食物を摂取して体内に取り込んだ体内被曝の被害も認めています。また、原爆の放射線により健康被害を生ずることが否定できない者も被爆者と認める、画期的な判決内容となっております。
当時の菅総理の上告断念の談話の前段には、原子被爆による健康被害の特殊性に鑑み、国の責任において擁護するとの被爆者援護法の理念に立ち返って、その救済を図るべきとの考えに至り、上告を…
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上野賢一郎(自民)厚生労働大臣
広島市及び長崎市に投下をされた原子爆弾は、幾多の貴い命を一瞬にして奪ったのみならず、一命を取り留めた被爆者にも生涯癒やすことのない傷痕と後遺症を残したことから、被爆者援護法に基づき、高齢化の進行している被爆者に対する保健、医療及び福祉にわたる総合的な対策を行っているところであります。
こうした中、広島については、令和三年の広島高裁判決に対する政府の立場を総理談話により明らかにした上で、救済の基準を策定し、現在、訴訟外においても救済を図っているところであります。
これは、広島において、黒い雨には一様ではないものの放射性微粒子が含まれること、黒い雨が多く…
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