橋本幹彦 (国民民主党)

2026年4月24日・第221回国会 衆議院 安全保障委員会 第5号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 38 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 126 発言)

今、俸給表について御言及いただきました。自衛官独自のということですけれども、既に自衛官は独自の俸給表になっているわけです。人事院勧告どおりではなくて、毎回この安全保障委員会で自衛官の俸給表改定のときには審議しているというのは、決して、他の公務員とは別に定めることができるということは、今も体系としては変わらないわけであります。

憲法を改正しよう、あるいは独自の俸給表を作ろう、階級の国際標準化をしよう、これは、言葉は躍りますけれども、果たしてどこまで意味があるんだろうかなというところは私も思うところであります。

そして、防衛省設置法の論点に戻りますけれども、自衛隊法と防衛省設置法の関係を、もし抜本的に自衛隊の在り方を見直していくというのであれば、もうそろそろしっかり見直された方がいいと思います。

例えば、自衛隊法、先ほど七十六条、八十八条に言及しましたけれども、そのほかにもいろいろな規定があります。適用除外、たくさんあります。適用除外というところは、まさに、守らなければいけないけれどもこれについては特別に除外しているよということでありますが、そもそも軍事的な組織というところは、先ほど小野さんからも言葉をいただきましたけれども、軍事的な組織としては、その目的を達成するためにはあらゆる手段を尽くしていく、これが根本的な思想であるわけであります。

防衛省設置法の要請に基づいて自衛隊法ができているという構造であると、なかなか難しいところもあるかもしれないですけれども、そもそも、防衛省設置法があって自衛隊法があるというこの構造自体を見直していく、防衛省設置法と自衛隊法的なものが、どちらも柱としてしっかりとよって立つような体制をつくっていただきたいと思います。

今回の防衛省設置法にはこのようなことは含まれておりませんが、もし、安保三文書、憲法改正、こういった大上段のことを検討されていくということでありましたならば、是非この足下の防衛省設置法そして自衛隊法の根本の在り方について見直していただきたいと思います。

さて、先日、この審議の一日目で、宇宙戦略、宇宙ドクトリンを通じた教育についてもお尋ねしましたけれども、こういった質疑を見ても、今の防衛省あるいは自衛隊に係る改革というのが地に足が着いているものかというと、大変疑問であります。

一つエピソードとしてここで御紹介したいのは、先日、防衛大学校の卒業式に私も参加してきました。大臣も参加されました。その防衛大学校の卒業式を見ていて、私は大変不安になりました。卒業式、私も経験しましたけれども、気をつけの姿勢ができていないんですね。不動の姿勢といいます、自衛隊。この姿勢というのは、私が学生のとき、あるいは先輩方も、徹底してたたき込まれたものであります。ただ、今年の卒業式を見ますと、目も泳いでいる、頭もふらふらしている。ただ帽子投げのところだけ報道されましたけれども。かなり根本的に教育の在り方を点検された方がいいのではないかなと思います。

私自身は、この委員会でも、パレード廃止原理主義者だと言ってきました。基本教練をどこまで徹底するべきなのかというところは私自身も疑問であります。私が防大の学生だったときには、カウントしたところ、一年間に百時間ぐらい行進の訓練をやっていました。単位数にしたら五単位分、それを四年間やるわけです。そこまでやることかとは思います。

ただ、気をつけの姿勢、不動の姿勢、これは隊員の基本であって、そして隊員を統率していく幹部にとっては、基本である、そのように今までずっと位置づけてきた。これを見直すというのであれば、それはそれで結構だと思います。ただ、見直すのであれば、何が本当の精強性なのか、根本的に見直した方がいいと思います。

いろいろな国の精強性があります。各国のパレードの在り方もまちまちであります。イスラエル軍のやり方もあれば、米軍的なやり方もある。比較するものではないですけれども、北朝鮮のようなびしっと統率の取れたパレードというのもまた、国柄によってはあり得るわけですね。

日本の今の安全保障環境、そして日本の国柄において、自衛隊に対してどのような徳目を要求していくのかというところを是非改めて検討いただきたいと思います。

そこで、伺いますけれども、防衛大学校の教育における、各自衛隊による人材育成の要求のサイクル、どのような人材を育成してほしいのかということを、各自衛隊からどのように要望して、それがどのように防衛大学校の教育に反映されているのか、お答えいただければと思います。

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