私が考えるところ、FEMAというのは、歴史的に言えば、いわゆる戦とか、民間をいかに守るかという民間防衛の視点からも生まれてきた、そこに自然災害が加わってきたという過程があったと思っております。だから、エマージェンシーになるわけですね。
防災庁構想の方に関しては、この前の大臣の答弁もありましたけれども、一つは自然災害を中心として見ていくんだということでありましたよね。
問題は、自然災害を見ていく中でも、その違いというのは、例えば、私は世界中を取材しましたけれども、日本は、何かあったときの、災害なんかの現場の個々の対応、分野別の対応、内閣府防災を中心にした日本の政府や自治体の対応は物すごくすばらしい能力を持っていると私は思っているんです。それはアメリカと比べても、個々の現場では日本はすごいと思っているんです。
しかし、アメリカのFEMAのすごいところは汎用性の高さですよね。つまり、軍事的な救助とか軍事的な防衛とかの能力も含めて、民間の命を守るために災害にも使うんだという、その汎用性がFEMAにはある。これは大きな違いだというふうに思っているわけであります。
そういった意味において、FEMAに倣うという部分で、倣えるところと倣えないところを整理しながら進めるのが大事なんだろうと思うので、是非よろしくお願いしたいと思うわけであります。
次に、四月一日、赤澤大臣、まだもうちょっと続きますが、私、赤澤大臣に御質問させていただきました。防災庁の設置についてお伺いしましたが、そのとき、先般の本会議では赤澤大臣はこうおっしゃっていましたよね、副大臣だった平成二十七年に副大臣会議においてと。私はあの資料を一生懸命探したんですよね。出てきまして、大臣がこうおっしゃっていた。日本版FEMAのような危機管理対応官庁の創設等の抜本的な組織体制の見直しの検討については積極的な必要性は直ちに見出し難いとあのときは結論を出されておりましたよねということをお認めになっておられました。
昨年暮れになって突然、防災庁という話が出てくるわけでありますが、大臣は、十年前のことだったから時代は変わったというお話だったと思います、この前の説明は。大臣の答弁は、平成二十八年の熊本地震や平成三十年七月豪雨を例に、災害の頻発化や激甚化により、事態対処に最大限注力することで、防災施策に係る企画立案業務を中断せざるを得なかった実情があったことから、企画立案機能を抜本的に強化し、本気の事前防災に取り組むためには防災庁が必要となったんだと。このときの例は、平成二十八年、平成三十年のお話をされておったんですね。あれは過去のことで、その後変わって、二十七年以降はこうなったんですよ、だから必要になったというお話があったんですが、ここではそのときのことを一々詰めるというつもりじゃないんです。ただ、防災庁をつくる以上はきちんとつくらなきゃいけないから、だから整理したいという意味であります。
平成二十七年の結論以降、じゃ、歴代政権においてどうだったかというと、大臣が例に出した二十八年の熊本や三十年の七月豪雨以降の、令和五年十一月の衆議院内閣委員会では当時の担当政務官が、そしてまた、令和四年五月の参議院の災対特においては当時の二之湯担当大臣がそれぞれ、防災庁のような新たな組織を直ちに設置する必要性は低いと答弁されている。これは令和五年ですよ。熊本地震や平成三十年七月豪雨の発災の後も、政府の答弁は去年の十二月まで何も変わっていないんです。だから私は聞いたんですね。でも、大臣は十年前だから変わったんだと言った。ちょっとこれはそごがあるんじゃないかなと思いました。
これについては改めてお伺いしたい。やはりきちんとした理由があるんでしょう。僕はそれを教えてほしいと思うんです。なぜ去年の十二月から急に変わったのか教えていただきたい。
そして、企画立案業務の中断。去年は能登半島の大きな被害があった、地震があった、あのときに国土強靱化でいろいろなことを進めていく上での企画立案業務が滞ってしまったということもあり、企画立案業務のためにもやはり防災庁が必要なんだということだったという説明がされてきています。
でも、内閣府防災を百四十六億円にして二百二十人にして、単に企画立案業務が理由であれば、その予算と人材を増やす。防災庁をつくる必要性とこれがつながるのかどうか。私はそこの説明に整合性がもっときちんと欲しい。
この二点について、赤澤大臣、お答えください。
40
赤澤亮正(自民)内閣府特命担当大臣(経済財政政策)
今の御質問の点も大変重要な点でありますが、現時点においては、御案内のとおり、実際、災害が我が国で起きた場合の事態対処は、総理も私も全幅の信頼を置いております坂井大臣が担当しておりまして、そこは完全に万全を期しているということだと思います。
それに加えて、中長期的に、三十年以内に八割の確率で起きるとされる南海トラフの地震などに向けて事前防災も強化していくための、あるいは事態対処の指揮命令機能を強化していくための防災庁ということでありますので、そちらはそちらでしっかり対応していきたいと思っています。
繰り返しになりますが、米国の関税措置に関する対応は国難…
この発言のページ
41岡岡島一正(立憲)
六月に向けて構想はかなり整ってきているとお話しになりました。
とすると、私の記憶が正しければ、石破総理はずっと、FEMAに倣って日本にも、防災庁のような形だけれども、そういったものが必要なんだということは昔からおっしゃっておられる。これはもうマスコミを含めて皆さんが知っていることですね。赤澤さんが今、防災庁構想も六月に向けて大分整ってきているというふうにおっしゃられました。
一つお聞きしたいんですが、FEMAの特徴と防災庁の特徴、FEMAとは何で、防災庁とは何なのか、一言ずつ教えてください。
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42
赤澤亮正(自民)内閣府特命担当大臣(経済財政政策)
まず、つくる防災庁とFEMA、特徴といいますか、両方に共通するところ、これについては、まず言えることは、FEMAだけで何かやろうとするわけではない。
実は、災害対応をするときにはFEMAは司令塔機能を果たしますけれども、当然ながら、米国の場合、災害の復旧復興には軍隊、州軍が出てまいりますので、そういうものをしっかり統括しながら取り組んでいくという意味で、地方自治体に当たる部分の力もしっかりかりていく。連邦制と我が国の違いはありますけれども、中央とそれから現場、地方とがしっかり協力しながらやっていくという体制でありまして、我々も、今回そういうものをしっか…
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- (上の発言)
43岡岡島一正(立憲)
私が考えるところ、FEMAというのは、歴史的に言えば、いわゆる戦とか、民間をいかに守るかという民間防衛の視点からも生まれてきた、そこに自然災害が加わってきたという過程があったと思っております。だから、エマージェンシーになるわけですね。
防災庁構想の方に関しては、この前の大臣の答弁もありましたけれども、一つは自然災害を中心として見ていくんだということでありましたよね。
問題は、自然災害を見ていく中でも、その違いというのは、例えば、私は世界中を取材しましたけれども、日本は、何かあったときの、災害なんかの現場の個々の対応、分野別の対応、内閣府防災を中心にした日本の政府や自治体の対応は物すごくすばらしい能力を持っていると私は思っているんです。それはアメリカと比べても、個々の現場では日本はすごいと思っているんです。
しかし、アメリカのFEMAのすごいところは汎用性の高さですよね。つまり、軍事的な救助とか軍事的な防衛とかの能力も含めて、民間の命を守るために災害にも使うんだという、その汎用性がFEMAにはある。これは大きな違いだというふうに思っているわけであります。
そういった意味において、FEMAに倣うという部分で、倣えるところと倣えないところを整理しながら進めるのが大事なんだろうと思うので、是非よろしくお願いしたいと思うわけであります。
次に、四月一日、赤澤大臣、まだもうちょっと続きますが、私、赤澤大臣に御質問させていただきました。防災庁の設置についてお伺いしましたが、そのとき、先般の本会議では赤澤大臣はこうおっしゃっていましたよね、副大臣だった平成二十七年に副大臣会議においてと。私はあの資料を一生懸命探したんですよね。出てきまして、大臣がこうおっしゃっていた。日本版FEMAのような危機管理対応官庁の創設等の抜本的な組織体制の見直しの検討については積極的な必要性は直ちに見出し難いとあのときは結論を出されておりましたよねということをお認めになっておられました。
昨年暮れになって突然、防災庁という話が出てくるわけでありますが、大臣は、十年前のことだったから時代は変わったというお話だったと思います、この前の説明は。大臣の答弁は、平成二十八年の熊本地震や平成三十年七月豪雨を例に、災害の頻発化や激甚化により、事態対処に最大限注力することで、防災施策に係る企画立案業務を中断せざるを得なかった実情があったことから、企画立案機能を抜本的に強化し、本気の事前防災に取り組むためには防災庁が必要となったんだと。このときの例は、平成二十八年、平成三十年のお話をされておったんですね。あれは過去のことで、その後変わって、二十七年以降はこうなったんですよ、だから必要になったというお話があったんですが、ここではそのときのことを一々詰めるというつもりじゃないんです。ただ、防災庁をつくる以上はきちんとつくらなきゃいけないから、だから整理したいという意味であります。
平成二十七年の結論以降、じゃ、歴代政権においてどうだったかというと、大臣が例に出した二十八年の熊本や三十年の七月豪雨以降の、令和五年十一月の衆議院内閣委員会では当時の担当政務官が、そしてまた、令和四年五月の参議院の災対特においては当時の二之湯担当大臣がそれぞれ、防災庁のような新たな組織を直ちに設置する必要性は低いと答弁されている。これは令和五年ですよ。熊本地震や平成三十年七月豪雨の発災の後も、政府の答弁は去年の十二月まで何も変わっていないんです。だから私は聞いたんですね。でも、大臣は十年前だから変わったんだと言った。ちょっとこれはそごがあるんじゃないかなと思いました。
これについては改めてお伺いしたい。やはりきちんとした理由があるんでしょう。僕はそれを教えてほしいと思うんです。なぜ去年の十二月から急に変わったのか教えていただきたい。
そして、企画立案業務の中断。去年は能登半島の大きな被害があった、地震があった、あのときに国土強靱化でいろいろなことを進めていく上での企画立案業務が滞ってしまったということもあり、企画立案業務のためにもやはり防災庁が必要なんだということだったという説明がされてきています。
でも、内閣府防災を百四十六億円にして二百二十人にして、単に企画立案業務が理由であれば、その予算と人材を増やす。防災庁をつくる必要性とこれがつながるのかどうか。私はそこの説明に整合性がもっときちんと欲しい。
この二点について、赤澤大臣、お答えください。
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赤澤亮正(自民)内閣府特命担当大臣(経済財政政策)
まず、防災をライフワークとする政治家は決して多くないと思うんですけれども、私はそれをやってきたつもりなんですが、先生はそのお一人だと思いますので、まず心から敬意を払います。
その上で、今おっしゃっていたことは、まさに我が国の問題そのものを指摘されているように思うんです。というのは、先生もよく御案内のことだと思いますけれども、内閣府防災の諸君に予算と人員は足りているかと聞きます、そうすると、まず間違いなく、もう十分いただいていますと。予算が成立したときに、足りなかったとは絶対言わない。それは、予算が成立したときに足りなきゃ、これは予算を出し直しという話に…
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45岡岡島一正(立憲)
お気持ちがあったということは素直に受け止めたいと思いますが、これを詰めるだけで質問を終わるわけにいきませんのであれなんですが。
ただ、私は結構、大臣のホームページとかツイッターとかを見ているんです。大臣のツイッターは、一番上に固定されているのが、令和三年の、国土強靱化を五年から十年のうちに絶対進めるんだということなんです。これは自分のライフワークだとおっしゃっている。その中に防災庁設置は一言も書いてないんです。大臣も自分でお書きになったんじゃないかもしれませんけれども。ただ、ずっと固定されたままなんです、この四年間。だから、こういった新しい事態について…
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46高高橋謙司内閣官房防災庁設置準備室次長/内閣府政策統括官
お答えをいたします。
令和八年度中の設置に向け準備を進めている防災庁につきましては、強化すべき防災施策の方向性等につきまして防災分野の専門家の方々から様々な御意見をいただくため、本年一月に防災庁設置準備アドバイザー会議を立ち上げ、これまでに五回の会議を開催したところでございます。
この会議では、官民連携、被災者支援、防災教育、啓発、デジタル、技術、事前防災、防災体制などの各分野の御専門家二十名の構成員の方から様々な御意見をいただくと同時に、自治体やNPO法人等の六名の方からも、委員に加えて六名の方々からも様々な御意見をいただいているところでございます…
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