岡島一正 (立憲民主党)

2025年4月22日・第217回国会 衆議院 東日本大震災復興・防災・災害対策に関する特別委員会 第7号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 43 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 125 発言)

私が考えるところ、FEMAというのは、歴史的に言えば、いわゆる戦とか、民間をいかに守るかという民間防衛の視点からも生まれてきた、そこに自然災害が加わってきたという過程があったと思っております。だから、エマージェンシーになるわけですね。

防災庁構想の方に関しては、この前の大臣の答弁もありましたけれども、一つは自然災害を中心として見ていくんだということでありましたよね。

問題は、自然災害を見ていく中でも、その違いというのは、例えば、私は世界中を取材しましたけれども、日本は、何かあったときの、災害なんかの現場の個々の対応、分野別の対応、内閣府防災を中心にした日本の政府や自治体の対応は物すごくすばらしい能力を持っていると私は思っているんです。それはアメリカと比べても、個々の現場では日本はすごいと思っているんです。

しかし、アメリカのFEMAのすごいところは汎用性の高さですよね。つまり、軍事的な救助とか軍事的な防衛とかの能力も含めて、民間の命を守るために災害にも使うんだという、その汎用性がFEMAにはある。これは大きな違いだというふうに思っているわけであります。

そういった意味において、FEMAに倣うという部分で、倣えるところと倣えないところを整理しながら進めるのが大事なんだろうと思うので、是非よろしくお願いしたいと思うわけであります。

次に、四月一日、赤澤大臣、まだもうちょっと続きますが、私、赤澤大臣に御質問させていただきました。防災庁の設置についてお伺いしましたが、そのとき、先般の本会議では赤澤大臣はこうおっしゃっていましたよね、副大臣だった平成二十七年に副大臣会議においてと。私はあの資料を一生懸命探したんですよね。出てきまして、大臣がこうおっしゃっていた。日本版FEMAのような危機管理対応官庁の創設等の抜本的な組織体制の見直しの検討については積極的な必要性は直ちに見出し難いとあのときは結論を出されておりましたよねということをお認めになっておられました。

昨年暮れになって突然、防災庁という話が出てくるわけでありますが、大臣は、十年前のことだったから時代は変わったというお話だったと思います、この前の説明は。大臣の答弁は、平成二十八年の熊本地震や平成三十年七月豪雨を例に、災害の頻発化や激甚化により、事態対処に最大限注力することで、防災施策に係る企画立案業務を中断せざるを得なかった実情があったことから、企画立案機能を抜本的に強化し、本気の事前防災に取り組むためには防災庁が必要となったんだと。このときの例は、平成二十八年、平成三十年のお話をされておったんですね。あれは過去のことで、その後変わって、二十七年以降はこうなったんですよ、だから必要になったというお話があったんですが、ここではそのときのことを一々詰めるというつもりじゃないんです。ただ、防災庁をつくる以上はきちんとつくらなきゃいけないから、だから整理したいという意味であります。

平成二十七年の結論以降、じゃ、歴代政権においてどうだったかというと、大臣が例に出した二十八年の熊本や三十年の七月豪雨以降の、令和五年十一月の衆議院内閣委員会では当時の担当政務官が、そしてまた、令和四年五月の参議院の災対特においては当時の二之湯担当大臣がそれぞれ、防災庁のような新たな組織を直ちに設置する必要性は低いと答弁されている。これは令和五年ですよ。熊本地震や平成三十年七月豪雨の発災の後も、政府の答弁は去年の十二月まで何も変わっていないんです。だから私は聞いたんですね。でも、大臣は十年前だから変わったんだと言った。ちょっとこれはそごがあるんじゃないかなと思いました。

これについては改めてお伺いしたい。やはりきちんとした理由があるんでしょう。僕はそれを教えてほしいと思うんです。なぜ去年の十二月から急に変わったのか教えていただきたい。

そして、企画立案業務の中断。去年は能登半島の大きな被害があった、地震があった、あのときに国土強靱化でいろいろなことを進めていく上での企画立案業務が滞ってしまったということもあり、企画立案業務のためにもやはり防災庁が必要なんだということだったという説明がされてきています。

でも、内閣府防災を百四十六億円にして二百二十人にして、単に企画立案業務が理由であれば、その予算と人材を増やす。防災庁をつくる必要性とこれがつながるのかどうか。私はそこの説明に整合性がもっときちんと欲しい。

この二点について、赤澤大臣、お答えください。

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