行政文書が適切に管理されているということが行われないと、民主主義が成り立ちません。どのようにして意思が決定されたか分かりませんということになりますと、有権者は何で判断していいか分かりません。ですから、私は福田内閣で防衛大臣を務めておりましたが、あのときに福田総理がこのことには本当に厳しく臨まれたということをよく覚えておるところでございます。
最近時々言われますのは、これは個人メモなので行政文書ではないみたいなことを言う人がいるわけですが、そういうような恣意的な解釈がなされてはなりません。
行政文書の定義におきまして、公文書管理法は、「行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているものをいう。」これは何を言っているかよく分からないと思いますが、要は、意思決定がなされるのに必要であった文書であり、複数の閲覧に供されるとするならば、それはもう公文書であるということでございます。
そういうものがきちんと主権者の目に触れるということは、行政の客観性、そして公正性を担保するために必要なものでございますので、今どのように条文を改正するかということについて私にアイデアがあるわけではありませんが、意思決定がなされるときに供せられた資料というものは、ことごとくというか、すべからくというべきか、民主主義の主権者である国民に常にアクセスが保障されなければならないものだと考えております。
376緒緒方林太郎政府参考人など
ですので、まず政権が、例えば、別に来年からと言っているんじゃないんです、十年かかるかもしれない、十五年かかるかもしれないけれども、今借金まみれで運営されているこの国民皆保険制度をもう一度世界に冠たるというために、こういう道筋をたどってやりますという、そのロードマップを是非政権に示してほしいし、そして、それを同じ条件で野党も提示をして、この国会の中で皆で議論しようじゃないですか。
是非、その決意をお伺いをいたしたいと思います。石破総理。
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石破茂(自民)内閣総理大臣
それは是非やりたいと私は思っています。それをやらないとこの国はもちませんので。
応能ということについてきちんと議論するということは必要なことです。そして、疾病がどう変化してきたかということについても、あるいは、先ほど来OTC薬についての議論があるのですが、やはり私は、セルフメディケーションというのはもっと真面目に考えた方がいいんだろうというふうに思っております。それが受診の抑制につながらないで、なおかつ、セルフメディケーションということをやることによって医療の現場の負担も減らしていかなければ、医療はもちません。
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378緒緒方林太郎政府参考人など
やるべきだという答弁がありましたので、それをそのまま受け止めたいと思います。
質疑の順番をちょっと入れ替えまして、次に、公文書管理法についてお伺いをいたしたいと思います。
公文書というのは、国の歴史です。公文書管理法が、二〇〇九年、元々福田康夫総理の頃に検討が始まって、成立したのは麻生内閣ではなかったかと思いますが、できて十六年です。極めて崇高な理念ででき上がっている法律でありますが、それとは裏腹に、その運用、解釈によって、ぼろぼろになっています。
特に、この十年程度の公文書の扱いはひどかったと思っています。この間繰り広げられた、個人メモ、公文書で…
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- (上の発言)
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石破茂(自民)内閣総理大臣
行政文書が適切に管理されているということが行われないと、民主主義が成り立ちません。どのようにして意思が決定されたか分かりませんということになりますと、有権者は何で判断していいか分かりません。ですから、私は福田内閣で防衛大臣を務めておりましたが、あのときに福田総理がこのことには本当に厳しく臨まれたということをよく覚えておるところでございます。
最近時々言われますのは、これは個人メモなので行政文書ではないみたいなことを言う人がいるわけですが、そういうような恣意的な解釈がなされてはなりません。
行政文書の定義におきまして、公文書管理法は、「行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているものをいう。」これは何を言っているかよく分からないと思いますが、要は、意思決定がなされるのに必要であった文書であり、複数の閲覧に供されるとするならば、それはもう公文書であるということでございます。
そういうものがきちんと主権者の目に触れるということは、行政の客観性、そして公正性を担保するために必要なものでございますので、今どのように条文を改正するかということについて私にアイデアがあるわけではありませんが、意思決定がなされるときに供せられた資料というものは、ことごとくというか、すべからくというべきか、民主主義の主権者である国民に常にアクセスが保障されなければならないものだと考えております。
380緒緒方林太郎政府参考人など
ただ、結局、既に行われた運用、解釈というのが、いわゆる先例みたいな形で、前例という形で残っているわけですよね。個人メモとか、公文書でない、廃棄済み、不存在、いろいろな理屈がありました。
こういうものに蓋をしていくときというのは、何か行政がアクションを追加的に起こさないと、既に行われてしまった解釈、行われてしまった運用があるわけですから、それの積み重ねで、今、公文書管理法の運用が積み重なってきている。これを見直すアクションを何らかの形で行政が起こさないと駄目だと思うんですね。法律改正なのか、若しくは運用の見直しなのか何なのか、そういうことを私は絶対に行う…
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安住淳(立憲)
ちょっと静粛に。
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石破茂(自民)内閣総理大臣
それは、私も政務次官あるいは副大臣、大臣として行政機関の中におりまして、これは公文書だというものが結構あるわけですね。いかに規則を整えましょうとも、実際に、それぞれの行動において、これが公文書なんだというような意識を常に持つことは必要なことなんだというふうに思っております。
そこにおいて個人メモなどという言い訳が通用するはずはないのであって、それは公文書であるということを、それぞれの官庁に政治家が政務三役として入っておるわけでございますが、そこは有権者に対して直接責任を持つ政治家が、そういう意識をきちんと持って役所を率いていかねばならないものだと思って…
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