お答えいたします。
先般の参考人質疑におきまして、亀井委員おっしゃるとおり、一委員から、教科等の教育活動は、最低年間三十五週以上にわたって行うこととされているので、三十五の倍数で各教科等の時数を設定することによって、時間割りが一本となり、分かりやすくなる、そうした御指摘があったことと存じております。
一方、実態としましては、全国の平均年間授業週数は四十週程度でございまして、その中で各教科のほか学校行事などの時数も設定しているので、仮に各教科の時数を三十五の倍数で設定しましても、必ずしも年間を通じて単一の時間割りが実現できるわけではないところでございます。
また、一人一人の子供たちの個別最適な学びというのを実現していく上においては、自らが主体的に学んでいく、そういった主体性のある学びというのを実現していくためには、必ずしも、同じ時間割りを同じようにという形でやっていくのが、本当に子供たちにとって、画一的で、それがいいのかということもあるかもしれません。
中教審では、年間最低三十五週以上で教育課程を編成するという規定自体、四十週程度という実態と乖離があることに加えまして、標準授業時数を三十五で割って、週当たり二十九こま実施すべきとの認識を招く一因ともなっているんじゃないかと。だから、この規定自体を見直すべきとの指摘も出ているわけでございます。
年間を通じて変化する子供たちの実態、あるいは地域の状況、教育課程の実施状況に応じて、学校はいろいろな創意工夫をしてございます。年度途中に柔軟に時程を調整することも、これは必要になる場合もございます。子供たちが、卒業後に想定される柔軟なスケジュールに適応できるというふうにするという、そうした観点からも、年間を通じまして単一の時間割りで教育課程を実施することが必ずしも望ましいわけではないというふうに考えているところでございます。
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亀井亜紀子(立憲)
現場のお話を伺っていますと、どうも教科書が参考書化しているんじゃないか、そんな感じがしますので、やはり、内容を整理する。そして、もしタブレットを自宅に持ち帰ったりしているのであれば、教科書が分厚くてタブレットも持って帰ると大変な重さになると思いますので、やはり、参考書化している部分をもっとスリムにする、別冊にするか、QRコードという便利なものがあるので、そうした方が合理的だと私は考えますので、話し合っていただくと大変うれしく思います。
次、今度、教科書の位置づけなんですけれども、教科書の内容というのは網羅的に教えなければいけないものなのでしょうか。恐ら…
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あべ俊子(自民)文部科学大臣
委員にお答えいたします。
結論から申し上げますと、教科書を網羅的に指導する必要はあるものではないというふうに考えておりますが、学校で教えなければならない内容に関しましては、この教育課程の基準でございます学校指導要領に定めているところでございまして、その上で、教科書には、児童生徒の興味、関心に応じて参照される情報、また発展的な学習内容も含まれているところでございまして、教科書を網羅的に指導する必要があるものではないというふうに考えております。
他方、次期学習指導要領に向けた中教審の検討におきましては、委員がおっしゃるように、入試を背景にした保護者の懸念…
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亀井亜紀子(立憲)
先ほどの青山委員の質問でも、入試と一体的な改革が必要ではないかという指摘がありました。先ほど私が提案しましたように、教科書もシンプルにして、記述された部分は今よりも少なくして、そこは網羅的に教えて、入試にも含まれますよというような、そういうシンプルな基準というのが、私は、やはり現場は助かるのではないかなというふうに感じております。
次は、分かりやすい時間割りについてなんですけれども、先週、やはり参考人の方から、教科、領域の時数を三十五の倍数にすると、年時数で示される標準時数は、三十五で割ることで週時間が求められ、分かりやすい時間割りになるとの指摘があり…
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- (上の発言)
79望望月禎文部科学省初等中等教育局長
お答えいたします。
先般の参考人質疑におきまして、亀井委員おっしゃるとおり、一委員から、教科等の教育活動は、最低年間三十五週以上にわたって行うこととされているので、三十五の倍数で各教科等の時数を設定することによって、時間割りが一本となり、分かりやすくなる、そうした御指摘があったことと存じております。
一方、実態としましては、全国の平均年間授業週数は四十週程度でございまして、その中で各教科のほか学校行事などの時数も設定しているので、仮に各教科の時数を三十五の倍数で設定しましても、必ずしも年間を通じて単一の時間割りが実現できるわけではないところでございます。
また、一人一人の子供たちの個別最適な学びというのを実現していく上においては、自らが主体的に学んでいく、そういった主体性のある学びというのを実現していくためには、必ずしも、同じ時間割りを同じようにという形でやっていくのが、本当に子供たちにとって、画一的で、それがいいのかということもあるかもしれません。
中教審では、年間最低三十五週以上で教育課程を編成するという規定自体、四十週程度という実態と乖離があることに加えまして、標準授業時数を三十五で割って、週当たり二十九こま実施すべきとの認識を招く一因ともなっているんじゃないかと。だから、この規定自体を見直すべきとの指摘も出ているわけでございます。
年間を通じて変化する子供たちの実態、あるいは地域の状況、教育課程の実施状況に応じて、学校はいろいろな創意工夫をしてございます。年度途中に柔軟に時程を調整することも、これは必要になる場合もございます。子供たちが、卒業後に想定される柔軟なスケジュールに適応できるというふうにするという、そうした観点からも、年間を通じまして単一の時間割りで教育課程を実施することが必ずしも望ましいわけではないというふうに考えているところでございます。
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亀井亜紀子(立憲)
三十五の倍数にすべきかというのは、私も専門家じゃないので、議論をしていただければいいと思いますけれども、要点はシンプルであることなんですよね。やはり、子供の予定が立てやすい、心の準備がしやすいということは大事だと思いまして。研究開発学校の取組というのも文科省の方から伺いましたけれども、それはそれで、各学校、有効な時間を生み出しているのかもしれませんが、ただ、子供から見たときに、その時間割りも分かりにくいですよね、十分切り出して、ここにくっつけてというようなものは。分かりにくいので、そこまでしなくても、なるべくシンプルな時間割りができないものかなというふう…
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81望望月禎文部科学省初等中等教育局長
亀井委員の方から、島根大学の子供投票、あるいは海士町の子供議会の取組を御紹介いただきました。
主権者教育は、現行の学習指導要領でもかなり重視をしている分野でございまして、社会あるいは身の回りの生活のことを自ら考えていくきっかけにもなる、あるいは、主体的に社会参画をする力を育むという観点からも大事であると思ってございまして、現在検討しております学習指導要領の、中教審においても、そうした様々な事例も含めまして、今後の主権者教育についても検討を進めているところでございます。
その上で、標準授業時数につきましては、学習指導要領に基づく各教科等の内容を指導する…
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亀井亜紀子(立憲)
参考人質疑でかなり建設的な提案もありましたので、是非、皆様で審議を深めていただければと思います。
質問を終わります。ありがとうございました。
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