高橋永 (立憲民主党)

2025年3月12日・第217回国会 衆議院 文部科学委員会 第2号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 48 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 236 発言)

大臣、ありがとうございます。徳島のことも見ていただいていて、非常にうれしく思いました。

しかし、やはり教育予算に関しては、その優先度を含めて、しっかりと国民にもそういった選択肢を提示していっていただきたいと思いますし、私もそのために努力していきたいと思っております。

それでは、次の質問に移らせていただきます。学校の教育とは何のためにあるのかという本質的な問いをさせていただければと思います。

繰り返しになりますが、大臣所信では、多様な価値観を持つ個人が尊重される社会を目指すビジョンが示されました。そして、教育基本法第二条の教育の目標として、「個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養う」と明記されています。そして、五十年前にも、創造的な人間の育成の重要性が国会で強調されました。

しかし、現在の教育では、知識の詰め込みが減らされないまま思考力や主体性が追加で求められ、現場の負担が増しています。その証拠に、学習指導要領や解説書は改訂のたびに内容が追加され、厚くなる一方です。定期試験や受験の評価方法の改革も道半ばであり、主体的、対話的な学びが十分に機能しているとは言えないというふうに思います。

AI時代に求められるのは、単なる知識の暗記ではなく、自ら学び、考え、問いを立てる力、そして創造する力です。しかし、学校現場では、依然として正解のある問題を解く力が重視され、自分の意見を持ち、議論する力を養う機会が不足していると思います。このままでは、社会の中で主体的に生きる力を育むどころか、世界の変化に対応できない、そんな教育になりかねません。理想を掲げるだけではなく、それを実装することが求められています。

私は、知識偏重型の評価基準を抜本的に見直し、子供たちが自ら考え、判断できる力を身につけ、社会の中で主体的に生きる力を育む、そんな環境を整備するための教育の構造改革が必要だと考えます。

大臣、教育は何のためにあり、その実現のために、今、日本の学校教育に最も必要なものは何だとお考えでしょうか、お聞かせください。

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