辰巳孝太郎 (日本共産党)

2025年3月11日・第217回国会 衆議院 総務委員会 第7号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 112 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 140 発言)

ふるさとを思う気持ちというのは別に否定はしないんですけれども、では一体どれだけの人がふるさと納税でそういう気持ちで当制度を利用しているのかということだと思うんですね。そもそも、別に、自分が生まれて育ったところに寄附をしなければならないということが制度利用上の条件にもなっていないわけですよね。

ふるさと納税は、寄附額から二千円を引いた金額が控除上限まで税額控除されるというものであります。ほぼ全ての寄附に付随するのが返礼品ということになっています。返礼品の価値が寄附金の三割までということでありますので、仮に五十万円を寄附して十五万円の返礼品を受け取るということであれば、二千円の持ち出しで十五万円の価値がもらえる、つまり十四万八千円を得するシステムということになり、官製ネット通販とやゆする識者もおられます。

そもそも、ふるさと納税を、寄附というんですけれども、寄附と呼んでいいものなのかということもあると思います。本来、寄附というのは対価を要求するものではないと思うんですよね。ただ、実態としてふるさと納税は、返礼品という強烈なインセンティブを推進力にして拡大し、様々なゆがみも生じさせてまいりました。この制度のゆがみを改めて今日は指摘していきたいと思うんですね。

ふるさと納税は、納税先自治体を選択することができるというものになっております。このことによって、税収の移転が自治体間で起こるわけです。

二〇二〇年六月三十日のふるさと納税訴訟最高裁判決における補足意見の中にはこうあります。もし地方団体が受け取るものが税なのであれば、地方団体がその対価やお礼を納税者に渡すなどということは税の概念に反している、こう述べているんですね。

この税収移動は、個々の自治体が持つ徴税権の侵害とも私は言えるんじゃないかというふうに思います。つまり、税収を奪われる自治体は、当該自治体での市民サービスやインフラ整備を削らなければならなくなる。こういうケースだって出てくると思うんですね。

総務省に聞きますけれども、個人住民税は、地域社会の費用の負担を住民が広く分かち合う、地域社会の会費的な性格を有する税だ、こう説明してきたと思います。つまり、居住自治体のサービスに対してそこに住む住民が応能負担ということで税を負担していく、こういう原則だと思います。ふるさと納税がどんどん進みますと、その説明が成り立たなくなるんじゃないですか。

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