川名晋史大東文化大学法学部政治学科教授

2026年7月3日・第221回国会 参議院 沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会 第6号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 71 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 83 発言)

そうですね、とても一言では足りないわけですけれども、一つ申し上げますと、そのような問題意識というのは恐らく広く国民に共有されているところだと思いますが、そのような問題に対処するそのアプローチが随分と異なっているなというふうに思います。それぞれ立場もありますし、安全保障に関する認識の違いもありますので、それ自体は当然だと思います。しかし、一点押さえておかなければいけないのは、日本の場合は日米安保条約とこの問題が直結しているということです。

地位協定の問題、あるいはその個別の基地、例えば今回であれば普天間の問題とかですね、を我々は十分に知っているところがありますけれども、そのことと日米安保条約、あるいは憲法九条がどういう関係にあるのか、論理的にですね、そのことを法の論理と、それから歴史的な経緯ですね、実際にどうしてこういう形になったのかということを点検しない限り、恐らく上滑りの議論というものを避けられないんだと思います。

端的に一つ申し上げると、NATO、ヨーロッパの場合は、NATO条約に基地の提供というのは入っていませんから、例えばそのNATO軍地位協定だけに手を着けるということができるわけです。NATO条約に影響を与えずにNATO軍地位協定を触るとか、あるいは例えばスペインとアメリカの基地に関する何らかの契約を見直すということができます。

しかし、日本の場合は、それをやろうとすると、例えば地位協定というのは、これ日米安保条約六条のまあ細則協定みたいなものですから、当然ここを触ると日米安保条約第六条に傷が付くということになりますので、大ごとになるわけですね。日本は、ですから私はユニットバスだと言っています。ヨーロッパの場合はこれセパレートなんだと。だから、トイレとバスどちらかが壊れれば、どちらかだけを取り替えられるのがヨーロッパで、日本の場合はユニットバスなので、トイレを取り替えようと思ったらバスも丸ごとやらなきゃいけないということで大掛かりです。

ですから、日米地位協定や個別の基地を問題だというふうに考える人はほとんどだと思いますが、今、日米安保条約が問題だという議論を提起する人はほとんどいらっしゃらないと思います。しかし、ここは切っても切り離せない不可避の論点だと思いますので、そこを含めて恐らく議論を立て直していく必要があるだろうと思います。

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