佐喜眞淳宜野湾市長

2026年7月3日・第221回国会 参議院 沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会 第6号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 43 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 83 発言)

ありがとうございます。

まさに三十年という歴史というのは、人によってはそれが忘れ去られる時間になります。一方で、我々としては、やはりこの問題をしっかりと解決しなきゃいけない、その跡地利用をいかに次の世代へとバトンタッチをするかという責務もございます。

そういう意味では、市民のみならず、県民も含めてですけれども、この問題を我が事のように感じ取られるようないわゆる環境をつくっていくことも重要だと思いますので、冒頭申し上げたように、資料でも皆様に提供してございますが、今年の七月二十六日、もう待てない、全面返還合意から三十年という、ある意味全市民を対象に、一堂に会して、我々は普天間飛行場が早く返還をしてもらいたいという気持ち、一丸となって取り組むということの意思表示というか、行動を起こすという意味でのチーム宜野湾結成式及び共同要請行動出発式を一時三十分の開場の中で開始が二時ということで、二十六日、日曜日ではございますけれども、行っていきたいと。そこには、宜野湾市、そして市議会、重立った宜野湾市の団体十団体、プラス様々な小さな団体も含めて七十団体近くの賛同の団体ございますので、ある意味、そこを踏まえながら是非、先生方、何度も申し上げますけれども、三十年という時間軸はもう戻ってこないんですね。三十年前に生まれた子供たちはもう三十歳。じゃ、この問題をいつ解決してくれるんだと。

我々はアクションを起こしたとしても、国と国との条約でございますから、しっかりと国同士でこの問題を共有してもらって、あるいは国会の中においても、例えば今参議院の沖北のメンバーの皆さんにおかれましても、条件付返還であるということの理解の下、どうしたら早く返還できるかということの中で、我々と同じ価値観と同じような方向で是非御理解をしていただきまして、この返還をした後にはすばらしい跡地がつながっていくんだと。それこそ、沖縄にとっても日本にとっても、そしてアジアにとっても極めて重要であり、可能性を秘めた、私、跡地利用だと思いますから、そういう歴史を私どもとしてしっかりと取り組むと。

そして、私たちが生きている間に跡地利用ができればいいんですけれども、先ほど申し上げたように、西普天間住宅地は十年掛かりました。普天間飛行場はその十倍ございますので、先生方も長生きしていただければ、その跡地が間違いなくお互いの中で、携わりながらあるいは目に見えて実感できると思いますから、一日も早く返還することを、宜野湾市としても取り組みますけれども、是非先生方におかれましても、各政党も含めてですけれども、我々と同じような行動であり、価値観を共有していただきたいと、お願いというか、是非お願いしたいと思います。

以上です。

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