ありがとうございます。
まさに三十年という歴史というのは、人によってはそれが忘れ去られる時間になります。一方で、我々としては、やはりこの問題をしっかりと解決しなきゃいけない、その跡地利用をいかに次の世代へとバトンタッチをするかという責務もございます。
そういう意味では、市民のみならず、県民も含めてですけれども、この問題を我が事のように感じ取られるようないわゆる環境をつくっていくことも重要だと思いますので、冒頭申し上げたように、資料でも皆様に提供してございますが、今年の七月二十六日、もう待てない、全面返還合意から三十年という、ある意味全市民を対象に、一堂に会して、我々は普天間飛行場が早く返還をしてもらいたいという気持ち、一丸となって取り組むということの意思表示というか、行動を起こすという意味でのチーム宜野湾結成式及び共同要請行動出発式を一時三十分の開場の中で開始が二時ということで、二十六日、日曜日ではございますけれども、行っていきたいと。そこには、宜野湾市、そして市議会、重立った宜野湾市の団体十団体、プラス様々な小さな団体も含めて七十団体近くの賛同の団体ございますので、ある意味、そこを踏まえながら是非、先生方、何度も申し上げますけれども、三十年という時間軸はもう戻ってこないんですね。三十年前に生まれた子供たちはもう三十歳。じゃ、この問題をいつ解決してくれるんだと。
我々はアクションを起こしたとしても、国と国との条約でございますから、しっかりと国同士でこの問題を共有してもらって、あるいは国会の中においても、例えば今参議院の沖北のメンバーの皆さんにおかれましても、条件付返還であるということの理解の下、どうしたら早く返還できるかということの中で、我々と同じ価値観と同じような方向で是非御理解をしていただきまして、この返還をした後にはすばらしい跡地がつながっていくんだと。それこそ、沖縄にとっても日本にとっても、そしてアジアにとっても極めて重要であり、可能性を秘めた、私、跡地利用だと思いますから、そういう歴史を私どもとしてしっかりと取り組むと。
そして、私たちが生きている間に跡地利用ができればいいんですけれども、先ほど申し上げたように、西普天間住宅地は十年掛かりました。普天間飛行場はその十倍ございますので、先生方も長生きしていただければ、その跡地が間違いなくお互いの中で、携わりながらあるいは目に見えて実感できると思いますから、一日も早く返還することを、宜野湾市としても取り組みますけれども、是非先生方におかれましても、各政党も含めてですけれども、我々と同じような行動であり、価値観を共有していただきたいと、お願いというか、是非お願いしたいと思います。
以上です。
40窪窪田哲也(公明)
公明党の窪田哲也です。今日はありがとうございます。
三人の参考人の皆様からは、非常に重いお話を伺いました。
私も議員になる前は公明新聞の記者を長くやっておりまして、二十代で初めて沖縄に赴任をしまして、橋本・モンデール会談のあの日のことも鮮明に覚えておりますし、少女暴行事件のあの宜野湾での集会八万五千人、あの日のこともよく覚えております。それから、二〇〇四年のヘリの墜落のあの日、私はたまたま浜比嘉島にいたんですね。比嘉良彦県政策参与と一緒でした。もし今、普天間飛行場に米軍機が墜落するようなことがあれば日米安保条約は大変なことになるという、そういう話をさ…
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41前前泊博盛沖縄国際大学経済学部長・経済学部教授/沖縄国際大学理事
これ、SACO合意そのものの十一施設の返還促進ということで、それをまずできるところからどんどん進めていくというのがあります。
私も、キャンプ・キンザー、例えば、キンザーは補給基地なので、比較的今補給場所はもう嘉手納の中にも倉庫群を造っていますので、返せるところを先に返していくというのはとても大事ですね。十一施設の返還が、ちゃんとSACO合意が進捗しているということを見せることがとても大事だと思います。
それから、普天間については、先ほどもちょっと触れましたけれども、もう返された後、跡利用のためにも必要だというところで、三三〇と五十八号の間のトンネルぐ…
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42窪窪田哲也(公明)
具体的な御提案をいただきまして、ありがとうございます。
市長に、佐喜眞参考人にお伺いしたいと思います。
この普天間飛行場を抱えている、様々な問題もある、そういう中でかじ取りをしていくというのは大変だと思います。この一日も早い返還に向けて、返還、そして期日を決めていく、そういうことに対しては、やはり市民の世論喚起が盛り上がっていくということはとても大事だと思うんですね。
市民が一体になってワンボイスで、早期返還、期日を決めろと、そして、今御提案にもあった目に見える、返還前でも目に見える形で返還が進んでいるんだということを政府に求めていくことがとても大…
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- (上の発言)
43佐佐喜眞淳宜野湾市長
ありがとうございます。
まさに三十年という歴史というのは、人によってはそれが忘れ去られる時間になります。一方で、我々としては、やはりこの問題をしっかりと解決しなきゃいけない、その跡地利用をいかに次の世代へとバトンタッチをするかという責務もございます。
そういう意味では、市民のみならず、県民も含めてですけれども、この問題を我が事のように感じ取られるようないわゆる環境をつくっていくことも重要だと思いますので、冒頭申し上げたように、資料でも皆様に提供してございますが、今年の七月二十六日、もう待てない、全面返還合意から三十年という、ある意味全市民を対象に、一堂に会して、我々は普天間飛行場が早く返還をしてもらいたいという気持ち、一丸となって取り組むということの意思表示というか、行動を起こすという意味でのチーム宜野湾結成式及び共同要請行動出発式を一時三十分の開場の中で開始が二時ということで、二十六日、日曜日ではございますけれども、行っていきたいと。そこには、宜野湾市、そして市議会、重立った宜野湾市の団体十団体、プラス様々な小さな団体も含めて七十団体近くの賛同の団体ございますので、ある意味、そこを踏まえながら是非、先生方、何度も申し上げますけれども、三十年という時間軸はもう戻ってこないんですね。三十年前に生まれた子供たちはもう三十歳。じゃ、この問題をいつ解決してくれるんだと。
我々はアクションを起こしたとしても、国と国との条約でございますから、しっかりと国同士でこの問題を共有してもらって、あるいは国会の中においても、例えば今参議院の沖北のメンバーの皆さんにおかれましても、条件付返還であるということの理解の下、どうしたら早く返還できるかということの中で、我々と同じ価値観と同じような方向で是非御理解をしていただきまして、この返還をした後にはすばらしい跡地がつながっていくんだと。それこそ、沖縄にとっても日本にとっても、そしてアジアにとっても極めて重要であり、可能性を秘めた、私、跡地利用だと思いますから、そういう歴史を私どもとしてしっかりと取り組むと。
そして、私たちが生きている間に跡地利用ができればいいんですけれども、先ほど申し上げたように、西普天間住宅地は十年掛かりました。普天間飛行場はその十倍ございますので、先生方も長生きしていただければ、その跡地が間違いなくお互いの中で、携わりながらあるいは目に見えて実感できると思いますから、一日も早く返還することを、宜野湾市としても取り組みますけれども、是非先生方におかれましても、各政党も含めてですけれども、我々と同じような行動であり、価値観を共有していただきたいと、お願いというか、是非お願いしたいと思います。
以上です。
44窪窪田哲也(公明)
チーム宜野湾の取組をしっかり後押ししてやってまいりたいと思います。
川名参考人に伺いたいと思います。
今のアメリカのこの状況を見ておりますと、果たして我が国がこのままアメリカのこの日米関係を今のまま続けていく、先ほどの地位協定の話も申し上げましたけれども、そのような関係を続けていくのが果たして我が国の本当のためになっているのかということを、もう一回考えの再設定していくというか、当然、我が国のその中国、北朝鮮、ロシアという中での関係ではありますけれども、きちんとアメリカとの関係を、日米基軸ではあるけれども、果たして、今のような日米地位協定を変えることも…
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45川川名晋史大東文化大学法学部政治学科教授
おっしゃるとおりだと思います。再設定というか、我々が認識を新たにすべきところがあるとすれば、先ほど申し上げた国連軍の枠組みは、これは一九五〇年の段階から、つまり日本が主権を回復する以前からこの枠組みはあったし、日本は国連軍地位協定も結んでいます。
それから、この西太平洋地域においてアメリカが重要視している、例えばフィリピンとかオーストラリアとかニュージーランドとか、あるいは、かつては台湾、そしてもちろん韓国、こうした国々とアメリカが締結しているいわゆる軍事同盟、相互防衛条約というのは、その対象地域を西太平洋あるいは太平洋というふうに表現しています。つま…
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46窪窪田哲也(公明)
ありがとうございます。非常に参考になりました。
我が国の安全保障、外交をやはり沖縄問題というのはないがしろにできませんし、厳しく我々は向き合っていかなきゃいけないと思います。
今日は大変にありがとうございました。
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