公明党の窪田哲也です。今日はありがとうございます。
三人の参考人の皆様からは、非常に重いお話を伺いました。
私も議員になる前は公明新聞の記者を長くやっておりまして、二十代で初めて沖縄に赴任をしまして、橋本・モンデール会談のあの日のことも鮮明に覚えておりますし、少女暴行事件のあの宜野湾での集会八万五千人、あの日のこともよく覚えております。それから、二〇〇四年のヘリの墜落のあの日、私はたまたま浜比嘉島にいたんですね。比嘉良彦県政策参与と一緒でした。もし今、普天間飛行場に米軍機が墜落するようなことがあれば日米安保条約は大変なことになるという、そういう話をされたその瞬間にヘリが墜落していたんで、すぐ私、向かいました。米軍が、米兵がヘリの残骸を、ローターというんですかね、羽を持って幼稚園の近くを歩いている姿も鮮明に覚えておりますし、その事故の日のことをとてもよく覚えております。
三十年たっても普天間が動かないということは、沖縄に関わってきた一人として、そしてまた、今この席に座っている者として、とても重い宿題を背負ったまま生きているんだなということを今日改めて実感をした次第であります。
最初に、前泊参考人に伺いたいと思います。
もちろん今この状況の中で、学生の皆さんのお話もされました。もう諦めのことになりつつある。もうこの普天間があるのが当たり前で、そういう感覚に陥るのではないかなというふうに感じますけれども、これから、私ども本気でもう一段ギアを上げて、我々政治家が先頭に立って、改めて日米交渉というもののありようを問いながらこの問題を進めていかなきゃならないと思っています。
一つ、先ほど、米軍シンクタンクに考えさせるというのも一つだということをおっしゃいました。SACO2、SACO3、そうしたものをつくり出していく、そういう構想力も必要だと思います。
具体的に、これから一日も早い普天間の返還を目指していく上で、具体的な提案がございましたらお聞かせいただきたいと思います。
37浜浜口誠(国民)
ありがとうございます。しっかり我々の立場で応援できるところは応援をしてまいりたいなと思います。
では、最後、川名参考人にお伺いしたいと思います。
先ほどのお話の中に、海兵隊の海外基地の三十あるうちの二十六が沖縄にあるというお話ありましたが、海兵隊としてなぜそこまで沖縄を重要視しているのか、その重要視している理由、背景がありましたらお聞かせいただきたいと思います。
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38川川名晋史大東文化大学法学部政治学科教授
歴史的、今ということではなくて、かつて海兵隊、沖縄の海兵隊が、国防総省の国防長官府の、非常に、要はその意思決定ラインの上の方で沖縄から撤収すべきであると、こういう計画が立案されていたときに、彼らがどのような理由で沖縄からの撤退に反対したのか、それについて御紹介をいたします。
一つは、地理の問題がやはりございます。
沖縄の地理的位置が、インド洋にも近く、朝鮮半島にも近く、そして台湾海峡にも近いということで、まず位置にかなり優位性を持っているというのが彼らの考え方です。これは疑いようのない事実だと思います。
しかしながら、この点について留意が必要なのは…
この発言のページ
39浜浜口誠(国民)
ありがとうございました。
引き続き、しっかり我々も取り組んでいきたいと思います。ありがとうございます。
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- (上の発言)
40窪窪田哲也(公明)
公明党の窪田哲也です。今日はありがとうございます。
三人の参考人の皆様からは、非常に重いお話を伺いました。
私も議員になる前は公明新聞の記者を長くやっておりまして、二十代で初めて沖縄に赴任をしまして、橋本・モンデール会談のあの日のことも鮮明に覚えておりますし、少女暴行事件のあの宜野湾での集会八万五千人、あの日のこともよく覚えております。それから、二〇〇四年のヘリの墜落のあの日、私はたまたま浜比嘉島にいたんですね。比嘉良彦県政策参与と一緒でした。もし今、普天間飛行場に米軍機が墜落するようなことがあれば日米安保条約は大変なことになるという、そういう話をされたその瞬間にヘリが墜落していたんで、すぐ私、向かいました。米軍が、米兵がヘリの残骸を、ローターというんですかね、羽を持って幼稚園の近くを歩いている姿も鮮明に覚えておりますし、その事故の日のことをとてもよく覚えております。
三十年たっても普天間が動かないということは、沖縄に関わってきた一人として、そしてまた、今この席に座っている者として、とても重い宿題を背負ったまま生きているんだなということを今日改めて実感をした次第であります。
最初に、前泊参考人に伺いたいと思います。
もちろん今この状況の中で、学生の皆さんのお話もされました。もう諦めのことになりつつある。もうこの普天間があるのが当たり前で、そういう感覚に陥るのではないかなというふうに感じますけれども、これから、私ども本気でもう一段ギアを上げて、我々政治家が先頭に立って、改めて日米交渉というもののありようを問いながらこの問題を進めていかなきゃならないと思っています。
一つ、先ほど、米軍シンクタンクに考えさせるというのも一つだということをおっしゃいました。SACO2、SACO3、そうしたものをつくり出していく、そういう構想力も必要だと思います。
具体的に、これから一日も早い普天間の返還を目指していく上で、具体的な提案がございましたらお聞かせいただきたいと思います。
41前前泊博盛沖縄国際大学経済学部長・経済学部教授/沖縄国際大学理事
これ、SACO合意そのものの十一施設の返還促進ということで、それをまずできるところからどんどん進めていくというのがあります。
私も、キャンプ・キンザー、例えば、キンザーは補給基地なので、比較的今補給場所はもう嘉手納の中にも倉庫群を造っていますので、返せるところを先に返していくというのはとても大事ですね。十一施設の返還が、ちゃんとSACO合意が進捗しているということを見せることがとても大事だと思います。
それから、普天間については、先ほどもちょっと触れましたけれども、もう返された後、跡利用のためにも必要だというところで、三三〇と五十八号の間のトンネルぐ…
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42窪窪田哲也(公明)
具体的な御提案をいただきまして、ありがとうございます。
市長に、佐喜眞参考人にお伺いしたいと思います。
この普天間飛行場を抱えている、様々な問題もある、そういう中でかじ取りをしていくというのは大変だと思います。この一日も早い返還に向けて、返還、そして期日を決めていく、そういうことに対しては、やはり市民の世論喚起が盛り上がっていくということはとても大事だと思うんですね。
市民が一体になってワンボイスで、早期返還、期日を決めろと、そして、今御提案にもあった目に見える、返還前でも目に見える形で返還が進んでいるんだということを政府に求めていくことがとても大…
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43佐佐喜眞淳宜野湾市長
ありがとうございます。
まさに三十年という歴史というのは、人によってはそれが忘れ去られる時間になります。一方で、我々としては、やはりこの問題をしっかりと解決しなきゃいけない、その跡地利用をいかに次の世代へとバトンタッチをするかという責務もございます。
そういう意味では、市民のみならず、県民も含めてですけれども、この問題を我が事のように感じ取られるようないわゆる環境をつくっていくことも重要だと思いますので、冒頭申し上げたように、資料でも皆様に提供してございますが、今年の七月二十六日、もう待てない、全面返還合意から三十年という、ある意味全市民を対象に、一…
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