どこまで遡るかというところでは、例えば日米安保を結んだ吉田茂さん、彼は安保に対しても非常に最初は消極的だった。しかし、講和条約を結ばなきゃいけないということで、講和の準備ができたということでアメリカに行った。そうしたら、そのときにその場で安保条約を渡されて、これを一緒に結べと、そうでなければ講和なしだよと脅されたという話も聞いています。その際に、講和については一緒に行ったメンバーが全てサインをしていますけれども、安保については私一人でいいと、ほかは傷つくことになるからいいということで、まさに英文をその場で手渡されて、その翻訳すらも十分にできないままサインをさせられた日米安保条約、こういった負の歴史があったようです。
しかし、それを覚悟を持って受け入れて、そしてその後改定まで動いていくという日本政治の流れがあったと思います。そういう意味では、自分がしょうということを覚悟を持って吉田茂氏が発言をし、そして自分だけが署名したというところでは、全ての責任をしょうという覚悟を持った政治家がいたのかなと思います。
それから、普天間返還に関しては、私も個人的にもいろいろ問題、意見交換をしました橋本龍太郎さんという方がいます。彼は、何度か近くの料亭でもお話を、踏み込んで話をしたことがありますけれども、彼は、沖縄のこの怒りを鎮めるためにSACO合意というものを実現をしていきます。その際に、十一施設の返還、これを当時の大田知事に伝えてきますけれども、普天間を返せるというのは非常に誇らしく、そして直接電話で知事に伝えています。ところが、裏側では、実は彼は非常に逡巡していたと。普天間を返すというのはもう無理じゃないか、あるいは返さない方がいいのではないかというふうに考えていたようですが、沖縄の県民の怒りを見て、この怒りが私の背中を押してくれたという話をしていました。
クリントン大統領と会ったときに、最初にこの普天間の話を出そうと覚悟を持って行ったようですけれども、言えずにこの会談が終わろうとしたときに、不満そうな顔をしているクリントン大統領から何か言い忘れていないかと言われて、普天間を返してほしいという話をしたということを御本人から聞きました。そして、それは、沖縄県が出していた基地返還アクションプログラムというのがありました。九五年に策定されましたけれども、二〇一五年までに嘉手納を含む全基地撤廃計画です。その計画の中でオール・オア・ナッシングになるよりは、十一施設を返還をする、ガス抜きをする、そのためにもこのSACO合意が必要だったという話をしました。もう一つは、二〇一五年までに全廃をするというこの計画に対して、沖縄即時全面返還だけを要求してきたのに、二〇一五年までは基地を置いてくれるという、そういう計画として私は受け入れたという話をしていました。
政治家としていろんな受け止め方をして自分を納得させて、そしてこの交渉に臨んでいくという姿、そういうものを見せてもらいました。
SACO合意というのはこの一回で終わっています。なぜSACO2、SACO3が出てこないのか、それをできるような政治家がもう既にいないという証拠。それが私の冒頭から申し上げている、この橋本さんの意思を継ぐような、あるいは戦後レジームからの脱却とおっしゃっていた安倍首相がいました。安倍さんは戦後レジームを、何をもって戦後レジーム、枠組みと言っているのか、日米安保なのか、地位協定なのか、あるいは対米依存なのか分かりませんが、こういったものから抜け出そうということを表明をしている政治家もいたということを我々はしっかりと覚えています。
そういう意味では、そういうことが言えるような政治家が今改めて誕生してほしいと思っています。他国の大統領に抱き付く話ではなく、そこに問題を提起できるような総理を輩出をしてほしいというふうに思っています。
29前前泊博盛沖縄国際大学経済学部長・経済学部教授/沖縄国際大学理事
一応経済学部長ですので、経済の話をさせていただきますけれども。
復帰後、沖縄が米軍統治から日本になって、その際に、自立経済という言葉が沖縄に落とされました。政府に依存しないで自分たちで生きていく力を身に付けるという、そういう意味では自立経済。あるいは、その格差是正ということで、本土の平均と沖縄がどうも乖離しているというようなことで、所得についても伸び悩んでいる部分あります。
全国最低のまま、なぜ沖縄は五十四年間も放置されているのかという、その議論についても是非改めて議論させてほしいと思いますけれども。
復帰時に、沖縄の基地依存度というのが一五・五%…
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徳永エリ(立憲)
もう終わりますが、沖縄県が十二年ぶりに米軍基地返還後の跡地利用に関する経済効果調査を行うということです。恐らく、相当大きな経済効果があるという数字が示されると思います。だからこそ、やはりその基地の返還というのは急がなければいけないし、返還ができないとしたらどうすればいいのかということは、真剣にフェーズを変えて考えていかなければいけないのかなということを今日のお話を聞いて思いました。またしっかり取り組んでまいりますので、今後とも御指導よろしくお願い申し上げます。
ありがとうございました。
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31浜浜口誠(国民)
国民民主党・新緑風会の浜口誠です。
今日は三人の参考人の先生方、本当にありがとうございました。大変、率直かつストレートな御提言もたくさんありまして、大変刺さるお話も多かったかなというふうに思っております。本当にありがとうございます。
まず、前泊参考人に、先ほどのお話の中で、アメリカと交渉できる政治家がいないじゃないかというお話もありました。一方で、これまで基地の返還、普天間だけではないと思いますが、日本政府としても米国政府と向き合ってきたというふうに思っております。その中で、まだまだアメリカとの交渉を含めて十分ではないというのが前泊参考人の受け止めだ…
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- (上の発言)
32前前泊博盛沖縄国際大学経済学部長・経済学部教授/沖縄国際大学理事
どこまで遡るかというところでは、例えば日米安保を結んだ吉田茂さん、彼は安保に対しても非常に最初は消極的だった。しかし、講和条約を結ばなきゃいけないということで、講和の準備ができたということでアメリカに行った。そうしたら、そのときにその場で安保条約を渡されて、これを一緒に結べと、そうでなければ講和なしだよと脅されたという話も聞いています。その際に、講和については一緒に行ったメンバーが全てサインをしていますけれども、安保については私一人でいいと、ほかは傷つくことになるからいいということで、まさに英文をその場で手渡されて、その翻訳すらも十分にできないままサインをさせられた日米安保条約、こういった負の歴史があったようです。
しかし、それを覚悟を持って受け入れて、そしてその後改定まで動いていくという日本政治の流れがあったと思います。そういう意味では、自分がしょうということを覚悟を持って吉田茂氏が発言をし、そして自分だけが署名したというところでは、全ての責任をしょうという覚悟を持った政治家がいたのかなと思います。
それから、普天間返還に関しては、私も個人的にもいろいろ問題、意見交換をしました橋本龍太郎さんという方がいます。彼は、何度か近くの料亭でもお話を、踏み込んで話をしたことがありますけれども、彼は、沖縄のこの怒りを鎮めるためにSACO合意というものを実現をしていきます。その際に、十一施設の返還、これを当時の大田知事に伝えてきますけれども、普天間を返せるというのは非常に誇らしく、そして直接電話で知事に伝えています。ところが、裏側では、実は彼は非常に逡巡していたと。普天間を返すというのはもう無理じゃないか、あるいは返さない方がいいのではないかというふうに考えていたようですが、沖縄の県民の怒りを見て、この怒りが私の背中を押してくれたという話をしていました。
クリントン大統領と会ったときに、最初にこの普天間の話を出そうと覚悟を持って行ったようですけれども、言えずにこの会談が終わろうとしたときに、不満そうな顔をしているクリントン大統領から何か言い忘れていないかと言われて、普天間を返してほしいという話をしたということを御本人から聞きました。そして、それは、沖縄県が出していた基地返還アクションプログラムというのがありました。九五年に策定されましたけれども、二〇一五年までに嘉手納を含む全基地撤廃計画です。その計画の中でオール・オア・ナッシングになるよりは、十一施設を返還をする、ガス抜きをする、そのためにもこのSACO合意が必要だったという話をしました。もう一つは、二〇一五年までに全廃をするというこの計画に対して、沖縄即時全面返還だけを要求してきたのに、二〇一五年までは基地を置いてくれるという、そういう計画として私は受け入れたという話をしていました。
政治家としていろんな受け止め方をして自分を納得させて、そしてこの交渉に臨んでいくという姿、そういうものを見せてもらいました。
SACO合意というのはこの一回で終わっています。なぜSACO2、SACO3が出てこないのか、それをできるような政治家がもう既にいないという証拠。それが私の冒頭から申し上げている、この橋本さんの意思を継ぐような、あるいは戦後レジームからの脱却とおっしゃっていた安倍首相がいました。安倍さんは戦後レジームを、何をもって戦後レジーム、枠組みと言っているのか、日米安保なのか、地位協定なのか、あるいは対米依存なのか分かりませんが、こういったものから抜け出そうということを表明をしている政治家もいたということを我々はしっかりと覚えています。
そういう意味では、そういうことが言えるような政治家が今改めて誕生してほしいと思っています。他国の大統領に抱き付く話ではなく、そこに問題を提起できるような総理を輩出をしてほしいというふうに思っています。
33浜浜口誠(国民)
ありがとうございます。
本当に率直な御意見をいただいたなというふうに思っております。ありがとうございます。
一方で、前泊参考人の資料の中には地位協定を阻む八つの壁ということで記載されていますが、その一番手に、やっぱり国民やメディアの無関心という点が指摘をされています。五ページのところに無視、無関心の壁ということで書かれていますが、この国民の無視、無関心、大きな課題だと思っています。前泊参考人として、どうやればこの壁を乗り越えられるのか、参考人のお立場で、これをもっとやるべきなんだという御意見があったら是非お聞かせをいただきたいと思います。
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34前前泊博盛沖縄国際大学経済学部長・経済学部教授/沖縄国際大学理事
質問ありがとうございます。
これ、横に旗国法原理と領域主権論というのを二つ並べました。これは、旗国法原理というのは、アメリカ人にはアメリカの法しか適用できない、アメリカ軍にはアメリカの法が適用されるという、そういう読み方ができると思いますけれども、旗の国の原理ですね。これに対して、その国においてはその国の法に従うという領域主権論というのがあります。これは、郷に入っては郷に従うという。
これ、誰が書いているかというと、アメリカ軍の実は軍事マニュアルの中にも、あるいは国務省のその地位協定調査報告書の中にも、もう旗国法原理は古い、もう既に領域主権論の時代な…
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35浜浜口誠(国民)
ありがとうございました。
では、続きまして、佐喜眞参考人の方にお伺いしたいと思います。
跡地利用のところで先行モデルとしていろいろ取り組まれて、先ほどのお話の中には、沖縄健康医療拠点としての改修が行われたということがお話ありましたけれども、今後、この跡地利用に対して、市長というお立場でどのような先行モデルとして取り組まれていこうというお考えがあるのか、その点についてお伺いできればと思います。
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