北村晴男 (日本保守党)

2026年7月9日・第221回国会 参議院 法務委員会 第19号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 251 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 269 発言)

この目的外使用の違反とか刑罰法規について、私のこれは個人的な感覚でございますが、法務省、検察が、例えば弁護士が時々行うその弁護活動の中で、法廷の中で争うだけではなかなかいい結果を得られないと、したがって世論に訴えるんだというようなことがよく行われるわけですけれども、それについて世論が形成されて、世論というのは、報道機関もそうですけれども、全ての証拠をつぶさに検討しているわけではない。例えば、一定の証拠について切り取って、それが報道されてその結果として世論が形成される。検察から見れば、これは間違った世論であるというようなふうに見えるケースもあると思いますと。それが正しいかどうかは別として、そういったことについての法務省、検察の、若干私から見れば被害者意識があって、そういうものを防ぎたいという感覚があるのではないかなと、これは邪推かもしれませんが推測しています。

そこでお聞きしたいのですが、例えば個別事件における検察の法廷外での広報活動あるいは反論についてお聞きします。

冤罪を生んではならないこと、つまり冤罪は必ず救済しなければならないこと、これは当然ですが、他方で、必ずしも証拠全体を精査しているわけではない報道や世論、これに押されて本来有罪であるべき者が無罪となるような事態、これもあってはならないというふうに考えます。

先ほど申し上げたように、冤罪が疑われる事件の訴訟を見ますと、もちろん客観的な証拠と真実に基づく弁護活動が適切に行われているケースが大部分ではありますが、一般論としては、臆測や一部の証拠の切取りなどに基づいて世論の形成を行う、そしてメディア報道と一体となって弁論活動を行う、そんなこともないではないように考えます。そして、冤罪に違いないという世論を醸成していくというようなケースもあり得るところでございます。

そうしたものによって裁判所の判断がゆがめられることは本来あってはならないわけですが、裁判官も我々から見ると一個の弱い人間でございまして、世論に影響されることがあり得ないではないというふうに見受けられます。だからこそ、そういった弁護活動も行われているわけですけれども、そういったその弁護団の主張やメディアの報道の内容に対して、検察としても、客観性のある、個別事件についてですが、客観性のある証拠に基づく必要最低限の反論、広報を行うべきではないのかなというふうにも見えます。この点についてのお考えをお聞きします。

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