黒田征樹 (日本維新の会)

2026年7月16日・第221回国会 参議院 内閣委員会 第20号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 10 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 203 発言)

確かに、憲法上の権利を制限する規範は明確でなければならないと。特に、表現の自由を制限する法律については萎縮効果の防止の観点から、また、刑罰法規については罪刑法定主義の観点から高い明確性が要求されるもの、これは承知をしております。

しかしながら、今、高木委員の御指摘のとおり、一般に、法規は、規定の文言の表現力に限界があるばかりではなくて、その性質上、多かれ少なかれ抽象性を有しております。表現の自由を制限する法律や刑罰法規もその例外を成すものではありませんので、これが明確であるかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読み取れるかどうかによってこれを決定すべきであるというのが判例の考え方であるというふうに認識をしております。

この点、本法案二条一項の「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」との文言は、確かに一定の抽象性を有するものの、同条二項の規定が行為の外形、周囲の状況その他の客観的な事情に基づいて判断する旨を定めていることも併せて考えますと、社会通念に照らせば、自分がどのような状況下でどのような態様により国旗の損壊等の行為を行えば、国旗を大切に思う国民感情、これを侵害することになるかについては常識的に判断することが考えられるものでありまして、その意味でも、判例が示す基準が十分に読み取れるというふうに考えております。

したがって、本法案二条一項の「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」との文言は、表現の自由を制限する刑罰法規として十分な明確性を備えておりまして、憲法二十一条一項、三十一条に違反するものではないというふうに考えております。

なお、この文言については、先ほどありましたけれども、ストーカー規制法二条一項六号、DV防止法十条二項六号の「著しく不快又は嫌悪の情を催させるような物」、また、軽犯罪法一条二十号の「公衆にけん悪の情を催させるような仕方」など、様々な類似の刑罰法規の文言の例も踏まえて規定したものでありまして、本法案の文言についてのみ規範として明確性を欠いているとの、そういった御指摘は当たらないというふうに考えております。

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