鬼木誠 (立憲民主党)

2026年7月9日・第221回国会 参議院 内閣委員会 第18号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 77 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 242 発言)

損壊行為が、あるいは国旗を使った表現がどのような内心に基づいて行われたのかということを今問うたわけではないんです。

保護法益が国旗を大切に思う国民感情を守るということに設定をされている。そうなると、国旗を大切に思っていない国民の方がいらっしゃったとして、国旗を大切に思うということに違和感を感じている国民の方がいらっしゃったとして、その方々のその思いというのは保護の対象にならないということにほかならないんですよ。

繰り返しになりますけれども、国旗を大切に思うということが当たり前の日本人の感情なんだよということをこの法律は示してしまう、国家が国旗に対する感情を規定してしまう、そのことの重みというものを今問うたつもりでございます。

恐らくこれはこれ以上の回答出ないだろうというふうに思いますので、次の九ポツ、罪刑法定主義、明確性の原則について触れさせていただきたいというふうに思います。

今まで申し上げましたとおり、不快感、嫌悪感が感情であるということ、個人の主観、政治的立場、時代背景等によってその感情は大きく変わる曖昧なものであるということ、そのことをこの立法の中で明確に説明できていないということ、何が処罰の対象になるのかということについて、これは明らかに罪刑法定主義や明確性の原理に反するものであるというふうに改めて伝えておきたいというふうに思います。

同じ行為であっても、著しい不快を感じるか否かというのは、それぞれ行為が行われた場所やそのときの状況によって異なると。例えば、けがをした人がいた、緊急に手当てをする必要がある、国旗を切り裂いて包帯の代わりにして止血をした、そういう状況を見た方については、国旗を切り裂いたことに対する不快感というのはほとんどお持ちじゃないだろうと思うんです。ところが、切り裂く場面だけが切り取られる可能性がある、今、SNSでは。その切り裂く場面だけがライブ配信をされたとしたら、手当てをしているということは分からない。そうなると、それを見た人たちについては極めて不快に思う人もいるだろうというふうに思うんです。同じ行為であっても、それを見る場面であるとか時間帯であるとかということによって感情の沸き立ち方が違うと。ここがやっぱりこの法律の一番曖昧なところだというふうに思うんですね。

ストーカー規制法の話が先ほど出ました、ストーカー規制法を参考にされた。ただ、ストーカー規制法には何が不快な感情を与えるかということの具体的な例示がされている。ところが、本法案には例示がない、難しいというふうにしかおっしゃらない。この罪刑法定主義の下では、本来、条文に書き込むべきだということは多くの方が指摘をされているところでございますけれども、例示の不記載ということ、なぜ書かなかったのか、なぜ書けないのかということについて改めて、僕は立法の不備だというふうに思いますけれども、この点、答弁をいただければと思います。

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