松田学 (参政党)

2026年4月21日・第221回国会 参議院 財政金融委員会 第7号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 71 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 134 発言)

この金融がいかに経済にとって重要かということの議論の中で、極端なことを言いますと、銀行、健全化志向しますと全部国債に運用するのが一番いいわけで、そうじゃなくてリスク資産をどれだけ持つか、これ、銀行のポートフォリオというのは日本経済そのものであって、銀行がリスクテークに萎縮すると日本経済全体がリスクテークに萎縮してしまう、これが失われた三十年という現象になったような気がいたしますが。

お配りした資料を御覧いただければと思いますが、ちょっと、この平成大不況というデフレがずっと続いたその原点みたいなところをちょっと振り返ってみたいんですけれども、よく、一九九七年の四月に消費税率を三%から五%に引き上げた結果日本は大デフレになったんだという議論が聞かれますし、その財政面の要因も私も否定はしませんが、しかし、経済指標の推移を見ますと、一旦、四―六月期、消費税引上げのときにGDP落ちています、あっ、これは実質国内民間需要ですね、落ちていますが、その後一旦ちょっと回復して、で、ずうっとマイナスが続くようになったのは十―十二月期からでして、ここで何が起きたかというと、御案内のように、右上に書いてあるような三洋証券を始めとする大手金融機関の破綻が翌年に次いで続いたということでありました。

当時、私も大蔵省におりまして、いろいろ記憶しておりますが、特にあの三洋証券破綻に際しては、大蔵省の当局の局長さんが記者会見で、経営の悪さを市場からとがめを受けるのは当然のことであると言い放ちまして、あのときに非常に大きなパラダイムチェンジが起きたと多くの方は受け止めたと思います。国が金融機関を保護するものだというのが百八十度変わったと。そこで市場も疑心暗鬼になって、次から次へとこの金融機関の破綻になって、結果としてこの金融というものに対する信用の失墜といいますか、またマネーの収縮、その後、もちろん不良債権処理もありますが、そして、資産デフレといった金融面の要因がその後のデフレの一番大きな原因ではなかろうかと思っていますが、大臣はどんなふうに認識されておられますでしょうか。

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