伊藤先生、どうもありがとうございました。
この戦争が始まる前にコロナという時期がございまして、世界中の指導者たちがお互い、オンラインはともかく、対面で接触できない時期が続きました。この時期に恐らくプーチン大統領は、彼の特権でございますが、ソ連が崩壊したとき、二つのシンボリックなことをゴルバチョフからエリツィンにやったわけですね。一つは核のボタンを渡すと、もう一つは大統領府の文書館の鍵を渡すと。つまり、歴史資料はプーチン大統領は自由に見れるわけでございます。これもあって、プーチン大統領は、この間、ウクライナとロシアとがどうしてこういうふうになったのかということについては我々以上にいろんなことを考えて、あるいはその周辺の右派の人たちを中心とする歴史観を勉強したことは間違いないんだろうと思います。
同時に、プーチン大統領というのは、やっぱりある種の、私の見るところ、バランサーでございまして、KGBの士官だった東ドイツ勤務員ですから、ある種平均的な、何といいますか、彼らの認識というものが比較的入っていて、彼自身は、自分は真ん中にいるんだという歴史観じゃないかと思うんですね、その右と左に対して。
ですから、これ、彼の政策は彼が全部決めているんだという説がございますけれども、そうじゃないんです。メドヴェージェフさんという今までアメリカに最もソフトだった人間が今一番厳しいことを言って、それからラブロフ外相というのも時々プーチンさんよりも厳しいことを言って、つまり、プーチン自身が真ん中に見える、そういう見え方をする、そして、反対側の元の共産党の人たちの一部は、ラディカルな人たちは何とウクライナ側で戦っているという、そういうロシア人たちもいるわけで、あるいは、カヤ・カラスさんみたいに、EUの外相が元共産党の幹部のお嬢さんという、そういう、ですから、旧共産党の人たちの中のアイデンティティークライシス、これが私は今の状況と絡むんだろうと思います。
プーチン氏の歴史観は、残念ながら日本では誤訳とともに始まったわけです。これは何かというと、ロシアとウクライナは同じナロードであるという言葉で、ロシア語を御存じの方は、ナロードいうのは人民なんですね、あるいは民と訳すのもある。ところが、ある、言いませんけれども、専門家がこれは民族だという言い方をして、ロシア人とウクライナ人は同じ民族だという誤解を、あの戦争が始まったとき、日本人のかなりの人たち、テレビがこれを宣伝しちゃったために収拾付かなくなっちゃったという。それを修正している人たちもいるんですが、いまだに同じことを言っている新聞の社説までありますので。ナロードというのは、要するに、主権者がいて、主権者の下にいる。だから、王様の下にいて、王様がプロテスタントから正教徒になったら、みんなナロードが同じになっちゃうと。
あるいは、ロシアにもう一つ面白い、これはユダヤ人問題を考えるときの非常に盲点なんですが、一九四五年まで世界最大のユダヤ人コミュニティーはどこにあったかというと、イスラエルには当然ないわけで、イスラエルには僅か二、三十万しかいないわけです、ソ連に五百万人。この五百万人が全部二千年前のイスラエルの民であったはずがないわけでございまして、これは恐らくキエフ・ルーシができる直前に、何とトルコ系のユダヤ教国家、ハザールという、カスピ海というのはハザールの海というふうに言われて、だから遊牧民族が御案内のとおりいたわけで、遊牧民族というのは土地に定着しませんので、あるいは、ロシアというのは貧しい土地ですから定着のしようもない。貧しいところには非常に、半分定着するんですが、コサック、カザック、先ほどのコサックという人たちはみんな遊牧民の流れなんですね。
だから、そういった流れの民のところですから、なかなか誰が何人かと、ロシア人というのは私はいないという説。ロシア帝国というのは、正教の帝国なんです。ラッシースキー、フセーラッシースキーというのは、ベリコルーシ、グレート、ちょうどイギリスと同じなんですよ。イギリスのコピーなんですよ。グレートブリテンとスコットランド、ウェールズですよね。それと似たようなもので、ベリコ、偉大なルーシ、だから北東ルーシはこれはロシア人で、ウクライナ人はマロルーシというふうに、小さなルーシと呼ばれて、だからウクライナ人は怒っているわけですけれども、それから、ベラルーシという、白いロシアという、この三つのルーシという、これが一体になったものですから、何がロシア人かというのは誰にも分からない。
ブレジネフとフルシチョフは、だからクールスク州からやってきた出稼ぎ農の末裔で、それで、ドンバスで工業化をやって、ロケットを造って、原発を造って、遼寧という軍艦まで造っちゃったわけですね。今、中国が使っているあれですが。
事ほどさように、ですから、何がロシア人か、何がウクライナ人かというのは、全く自明ではないと。したがって、専門家でも実はよく分からないというのが正確なところでございます。
ただ、はっきりしていることは、宗教的な要素がここに必ずあって、したがって、イスラエル的なユダヤ教徒を信じる人たち、女系の人たちが多いわけですが、そういった人たちはユダヤ教を今でも信じていますし、ロシアの中でモスクワが本当の信仰の中心だというのが一番古い信仰と。いわゆるラスコリニコフというドストエフスキーのあれに出てくる、あれはモスクワが首都だという。だから、レーニンも実はラスコリニコフの政見を応援したわけですよ。だから、ロシア革命なんというのは、マルクス主義のシェーマに従って起きた話では実はないんです。
とても今、歴史を読み直してみると、今から読み直してみるともっと面白くてもっと分からないというのが私どもの、この年になって、五十年以上勉強して余計分かんなくなったという。これ以上私に聞いても何の意味もありませんので。
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伊藤孝江(公明)
公明党の伊藤孝江です。今日はよろしくお願いいたします。
まず、水島参考人、下斗米参考人、本当に貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
最初に、水島参考人にお伺いをさせていただきたいと思います。
私も、昨年九月なんですが、ちょうどこの参議院の議院運営委員会の理事の議長班でベルギーとオランダとイギリスの三か国に視察に行かせていただきまして、いろんな、向こうで国会議員の皆さんと懇談をさせていただいたりであるとか、政治事情で、また経済状況等々の視察もさせていただいたところで、その中で、やはり様々な個別の政策はあるんですけれども、やっぱり大きなテーマ…
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32水水島治郎千葉大学大学院社会科学研究院教授
ありがとうございました。
やはり、ヨーロッパを実際に見てこられて、実際にヨーロッパの政治の変化を感じておられる伊藤先生ならではの御質問だと思います。
今御指摘になりましたように、まさに今ヨーロッパの各国において多党化がいや応なしに進んでおります。かつては二大勢力で八割、九割の議席を取っていた国が、今や二大勢力を合わせても五割、六割あるいはもうそれより下に下がっていて、多様な、右派ポピュリスト、左派ポピュリスト、さらには改革中道、それ以外の政党も出てきているわけですね。
そのような多党化が進むことをどう評価するかなんですけれども、最もその中で多党化が…
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伊藤孝江(公明)
比例代表制度の大事さもよく分かりました。ありがとうございます。
下斗米参考人にお伺いをさせていただきたいと思います。
指導者の歴史観が国家の方向性にどれだけ影響を与えるかという観点でお伺いできればと思っているんですけれども、今日お伺いをしたロシア・ウクライナ戦争の関係で、ロシアがウクライナに侵攻する前段階のときには、日本の国内では有識者を中心に、主に経済的な理由も含めて侵攻は起こり得ないというような見方が支配的だったのではないかと思っています。ただ一方で、プーチン大統領は侵攻の前からウクライナは歴史的にロシアと一体との見方を示し、ウクライナでネオナチ…
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- (上の発言)
34下下斗米伸夫神奈川大学特別招聘教授/法政大学名誉教授
伊藤先生、どうもありがとうございました。
この戦争が始まる前にコロナという時期がございまして、世界中の指導者たちがお互い、オンラインはともかく、対面で接触できない時期が続きました。この時期に恐らくプーチン大統領は、彼の特権でございますが、ソ連が崩壊したとき、二つのシンボリックなことをゴルバチョフからエリツィンにやったわけですね。一つは核のボタンを渡すと、もう一つは大統領府の文書館の鍵を渡すと。つまり、歴史資料はプーチン大統領は自由に見れるわけでございます。これもあって、プーチン大統領は、この間、ウクライナとロシアとがどうしてこういうふうになったのかということについては我々以上にいろんなことを考えて、あるいはその周辺の右派の人たちを中心とする歴史観を勉強したことは間違いないんだろうと思います。
同時に、プーチン大統領というのは、やっぱりある種の、私の見るところ、バランサーでございまして、KGBの士官だった東ドイツ勤務員ですから、ある種平均的な、何といいますか、彼らの認識というものが比較的入っていて、彼自身は、自分は真ん中にいるんだという歴史観じゃないかと思うんですね、その右と左に対して。
ですから、これ、彼の政策は彼が全部決めているんだという説がございますけれども、そうじゃないんです。メドヴェージェフさんという今までアメリカに最もソフトだった人間が今一番厳しいことを言って、それからラブロフ外相というのも時々プーチンさんよりも厳しいことを言って、つまり、プーチン自身が真ん中に見える、そういう見え方をする、そして、反対側の元の共産党の人たちの一部は、ラディカルな人たちは何とウクライナ側で戦っているという、そういうロシア人たちもいるわけで、あるいは、カヤ・カラスさんみたいに、EUの外相が元共産党の幹部のお嬢さんという、そういう、ですから、旧共産党の人たちの中のアイデンティティークライシス、これが私は今の状況と絡むんだろうと思います。
プーチン氏の歴史観は、残念ながら日本では誤訳とともに始まったわけです。これは何かというと、ロシアとウクライナは同じナロードであるという言葉で、ロシア語を御存じの方は、ナロードいうのは人民なんですね、あるいは民と訳すのもある。ところが、ある、言いませんけれども、専門家がこれは民族だという言い方をして、ロシア人とウクライナ人は同じ民族だという誤解を、あの戦争が始まったとき、日本人のかなりの人たち、テレビがこれを宣伝しちゃったために収拾付かなくなっちゃったという。それを修正している人たちもいるんですが、いまだに同じことを言っている新聞の社説までありますので。ナロードというのは、要するに、主権者がいて、主権者の下にいる。だから、王様の下にいて、王様がプロテスタントから正教徒になったら、みんなナロードが同じになっちゃうと。
あるいは、ロシアにもう一つ面白い、これはユダヤ人問題を考えるときの非常に盲点なんですが、一九四五年まで世界最大のユダヤ人コミュニティーはどこにあったかというと、イスラエルには当然ないわけで、イスラエルには僅か二、三十万しかいないわけです、ソ連に五百万人。この五百万人が全部二千年前のイスラエルの民であったはずがないわけでございまして、これは恐らくキエフ・ルーシができる直前に、何とトルコ系のユダヤ教国家、ハザールという、カスピ海というのはハザールの海というふうに言われて、だから遊牧民族が御案内のとおりいたわけで、遊牧民族というのは土地に定着しませんので、あるいは、ロシアというのは貧しい土地ですから定着のしようもない。貧しいところには非常に、半分定着するんですが、コサック、カザック、先ほどのコサックという人たちはみんな遊牧民の流れなんですね。
だから、そういった流れの民のところですから、なかなか誰が何人かと、ロシア人というのは私はいないという説。ロシア帝国というのは、正教の帝国なんです。ラッシースキー、フセーラッシースキーというのは、ベリコルーシ、グレート、ちょうどイギリスと同じなんですよ。イギリスのコピーなんですよ。グレートブリテンとスコットランド、ウェールズですよね。それと似たようなもので、ベリコ、偉大なルーシ、だから北東ルーシはこれはロシア人で、ウクライナ人はマロルーシというふうに、小さなルーシと呼ばれて、だからウクライナ人は怒っているわけですけれども、それから、ベラルーシという、白いロシアという、この三つのルーシという、これが一体になったものですから、何がロシア人かというのは誰にも分からない。
ブレジネフとフルシチョフは、だからクールスク州からやってきた出稼ぎ農の末裔で、それで、ドンバスで工業化をやって、ロケットを造って、原発を造って、遼寧という軍艦まで造っちゃったわけですね。今、中国が使っているあれですが。
事ほどさように、ですから、何がロシア人か、何がウクライナ人かというのは、全く自明ではないと。したがって、専門家でも実はよく分からないというのが正確なところでございます。
ただ、はっきりしていることは、宗教的な要素がここに必ずあって、したがって、イスラエル的なユダヤ教徒を信じる人たち、女系の人たちが多いわけですが、そういった人たちはユダヤ教を今でも信じていますし、ロシアの中でモスクワが本当の信仰の中心だというのが一番古い信仰と。いわゆるラスコリニコフというドストエフスキーのあれに出てくる、あれはモスクワが首都だという。だから、レーニンも実はラスコリニコフの政見を応援したわけですよ。だから、ロシア革命なんというのは、マルクス主義のシェーマに従って起きた話では実はないんです。
とても今、歴史を読み直してみると、今から読み直してみるともっと面白くてもっと分からないというのが私どもの、この年になって、五十年以上勉強して余計分かんなくなったという。これ以上私に聞いても何の意味もありませんので。
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伊藤孝江(公明)
ありがとうございました。
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鈴木宗男(自民)
石井苗子さん。
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石井苗子(維新)
両参考人の先生方、ありがとうございます。
水島先生にお聞きしたいんですけれども、先ほどのポピュリズムとは何かというところの点なんですが、理念の帝国の崩壊だというお話の続きで、エリート支配だったり既得権益を批判して急進的な革新を訴える政治運動ということで、先生の著書の中に、世界の潮流の変化と右派ポピュリスト政党の拡大という中に、先ほどから日本の例が出ておりまして、参議院の選挙なども入っておりまして、参政党が大きく支持率を上げて、反移民、反難民を掲げるヨーロッパの右派のポピュリストの政党をほうふつとさせるものがあったというふうに書いてありまして、その後に、…
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