参議院国際問題調査会の鈴木宗男会長、調査会の議員の皆様、この度は、現下の国際問題、とりわけ欧州が直面する課題と日本の役割という調査会にお招きいただき、感謝申し上げます。貴委員会が、定期的に学者、研究者の意見を取り入れていただいているということに、改めて深い敬意を申し上げたいと思います。
本日いただいた課題は、私にとっては端的に、ロシア・ウクライナ戦争をめぐる展開とインパクトをどう理解するかということだろうと思います。この戦争をきっかけに、現在が、冷戦後だけでなく戦後史、否、文明史の転換点となり始めているということは疑いの余地のないことになってまいりました。とりわけ、この五月、北京での米中、中ロの二つの首脳会談、サミットが開かれましたが、その主要な論点が、このイラン戦争、そしてウクライナ戦争のその解決をどうするかということであったと理解しております。言葉を換えて言えば、去年亡くなられたソフトパワーのヨゼフ・ナイ教授が言ったアメリカの世紀の終わりということがいよいよはっきりし、多極化世界に動き出しているということが、この五月の大きなポイントではないかと理解しております。
歴史的転換に伴う混沌は、しばしば政治指導者の決定スタイルによって加速されております。トランプ大統領、以下全て敬称は略させていただきますが、の下で世界最強の軍事力を誇るアメリカとイスラエルによるイラン戦争が実は成功しなかったということが明らかになりつつあります。最近も、ロバート・ケーガンというネオコンのリーダーが、イランが数倍強かったという言い方で、これを論証しております。
また、同時に、ウクライナ戦争について言えば、戦後の紛争の中で、朝鮮戦争とのアナロジーが大変重要であるという指摘が研究者の間でも強まっております。朝鮮戦争について言えば、三十八度線のような休戦ラインでウクライナに分断線を引いて、停戦あるいは紛争を凍結という、そういうモデルが一部で語られておりました。この考え方が私はこの五月に表に出てきたと理解しております。
中でも、中国がこの首脳会談の中で、ウクライナ戦争の、紛争の根本原因というのをロシアが主張したNATO拡大が問題であったとはっきり同意したことが重要でございます。中国はこれからこの紛争に更に停戦に動くはずでございますが、このドンバス二州からのウクライナ軍の撤収によって、つまり割譲によって停戦ラインを引かれるという方向が議論されてまいりました。
そして、このことはつい最近、この五月でございますが、Jモルガン銀行の地政学研究所という大変重要な研究所が、去年は幾つかの紛争解決モデルを提起しただけであったわけですが、今年はフィンランド方式で解決する一択になったということをこの五月に主張したことが大変重要だと理解しています。つまり、この戦争は、朝鮮半島モデル、ウクライナではドンバスに停戦ラインを引くという妥協によって解決するという合意が次第に私は広まったのではないかと思います。
なぜそう言えるのでしょうか。
これは文明史に関係すると私は理解します。三日で終わるはずの紛争は今日で千五百五十四日目になりました。問題は、欧州とロシア、ウクライナとロシアとの関係はいかに提訴、処理されるべきかという問題でございまして、ここには文明史的理解が必要であります。
地政学の権威として、カール・シュミットという人が陸と海の政治学ということを言った中で、実はロシアは川の政治であると、川の文明であるという言い方をしました。
千年少し前、ドニエプル川という、黒海にはドナウ川とかドン川とか、ドンという言葉が付く川が幾つかございますが、これはいずれも水という言葉に関係するんだと言われておりますけれども、そういったドニエプル川の真ん中にキエフ・ルーシが、これはキリスト教に改宗したのがちょうど千年ちょっと前であります。その後、このキリスト教世界は正教とカトリックが分裂するわけであります。
一六六七年といいますと、ウエストファリア体制ができた直後に、実はポーランドと、第三のローマを自称するツァーリ国家、ロシアがこの川をめぐって分界される。これは地図に、皆様に配付してございますが、御覧いただければ幸いでございますけれども、その意味では、モスクワはローマであると、一種の世界国家であるという、これは自称でございますが、そういう文明的な立場を取ったということが重要でございました。それから三百五十年間、ロシア帝国、ソ連邦と大きな変化がございましたけれども、ロシア帝国というのは決してロシア人の帝国ではなくて、正教の帝国であったわけでございますが、この大枠は変わりませんでした。
ソ連崩壊後、ロシアとウクライナが一九九一年末に別個の新国家になったのは、実はやや歴史的には偶然でございました。
と申しますのも、三十五年前の御記憶があるかと思いますが、ゴルバチョフ大統領に対するクーデター派の中でウクライナが重要でございましたが、そこのクーデター派がエリツィン・ロシアを嫌って西ウクライナの民族派と合流した結果、クーデター終了四日目にして最高会議が独立を宣言したということでございます。そして、その四か月後に、この黒海艦隊など核戦略部隊の管理機能はCIS、独立国家共同体として法的コントロールの下にここだけ置かれました。ウクライナ、クリミアとドンバスというロシア人地域の問題は先送りされたわけでございます。
このCISができましたとき、有名なハンチントンというアメリカの教授が、「文明の衝突」ということで、正教とヨーロッパ・キリスト教との間に大きな隔たりがあるという、その断層線が三百五十年前にできた先ほどの線であるということを言ったことは極めて重要なことでございます。
つまり、我々の理解とはちょっと違って、東ウクライナはフルシチョフとブレジネフの下で軍事工業化をしたわけでございますが、これに対し西ウクライナは、元々ハプスブルグ、そしてポーランドの影響圏でカトリックが中心でございまして、農業圏、農業国でございました。つまり、ウクライナには二つの異なったネーションがあるということを我々は理解せずにウクライナ紛争に向き合っているという、これは、アメリカのソ連最後のマトロック大使が何度も強調することであります。
つまり、この問題は北米要因が関係するということでございます。どういうことかといいますと、アメリカには旧ソ連、東欧から逃れた移民が多く、一部はロシアに対して批判的でございました。御案内のように、独立十三州のヤンキーの地域に対して五大湖周辺は新しい移民が多いわけでございますが、ここにポーランド人やユダヤ系を含む人たちがいて、ここにネオコンの人たちが出てくる。ウォルフォビッツ、ブリンケン、先ほど言ったケーガン、その御夫人であるヌーランド国務次官、こういったような人たちが、ソ連がなくなってもロシアも敵だという世界観を主張、ドイツが統一したときの公約であったはずのNATO不拡大をほごにして、NATOの東方拡大を言い出したわけでございます。この哲学的なアメリカでの分離に、アメリカの共和、民主両党の対立がシンクロナイズするようになります。
しかし、一九九七年、NATOが拡大する方向になったとき、ジョージ・ケナン、マクナマラ、あるいは日本を開国したペリー提督の一族であるペリー国防長官を始め超党派の専門家が、これは、NATO拡大はロシアを刺激するという批判を行いました。そして、この批判は正しかったわけでございます。なぜなら、モスクワでエリツィン大統領の後継者にエリツィン氏が選んで大統領になったのは、プーチンというNATO専門家がクレムリンで後継者となったのが二〇〇〇年であったからであります。
その意味では、アメリカの国内論争から米ロ関係に展張したわけでございます。トランプ氏は、この戦争をバイデン氏の戦争と批判しますが、民主党と共和党の対立がこれに関係するわけでございます。
今から十二年前、二〇一四年春には、ヤヌコビッチ大統領、この人は東側の出身の大統領であったわけですが、この人に対して、事実上、ある種ネオコン派が資金提供をして政権を打倒、NATO拡大の枠組みができたわけでございます。ただし、ウクライナでは軍事同盟としてのNATO拡大は人気がないものですから、水島先生のおっしゃるEUとの抱き合わせであったということがポイントでございました。
しかし、ウクライナの東南部分は一千万以上のロシア語話者と呼ばれる正教とロシア語を話す人たちの世界でございまして、事実、この地域、クリミア半島というのは、ヤルタ会談が行われたところですが、国連加盟国である当時のウクライナ・ソビエトの固有の領土ではなかった、我々の言葉で言えば、固有の領土でなく、ロシアであったということが問題を複雑にしました。
他方、ドンバスは、帝政以来、石炭産業とドン・コサック騎馬隊の中心地、日露戦争でロシア軍の主力でもあったわけでございますが、革命を経て、ここの騎馬隊の人たちは一九四五年にはベルリンまで行った赤軍の中核部隊でございました。こういう人たちの末裔がNATOに一緒になるわけはないわけでございまして、ここに内戦が、紛争が起きる構造的な問題があった。
つまりは、正教とカトリックの分断線に従って、アメリカ各派の争いと米ロ関係、こういうものがシンクロナイズした結果、ウクライナを使って一種の米ソの、東西の代理戦争に事実上なってしまったということでございます。
問題が複雑化したのはゼレンスキー氏も関係したわけでございまして、元々、東部出身の俳優の方でございますが、二〇一九年四月に彼が大統領に当選しましたのは、前任者の人気のないポロシェンコ氏がNATO、EU加盟を憲法に書き込んだことに反発をして、当初は対ロ和解派の政治家であったということでございます。そして、彼の与党国民の僕党も、多くは東部地域党関係者が多うございました。しかし、その半年後、彼はミンスク合意を履行する代わりに、立場を変えてNATO拡大派になったことが今の危機の深刻化を生んだわけでございます。
この戦争の細かい過程に触れる時間はございません。したがって、私の言いたいことは、ロシア語話者地域をめぐる東西対立は、十年も前から既に暴力的な言語戦争、分離紛争として起きていたことであります。
第二番目に、この戦争が始まった直後に、実はトルコが仲介して和平会談が、和平が進行し始めておりました。中立と引換えに領土問題を棚上げ、あるいはクリミアを黙認というシナリオであったと言われております。つい最近、ゼレンスキー大統領の報道官であった女性の方が、アメリカでこの過程を詳細に述べました。その意味では、ゼレンスキー氏も立場を変えたということがこの紛争の拡大につながったということであります。
そして、その過程で、英米政府が戦争目的を変え、ロシアの弱体化、プーチン体制の打倒ということを目標にした途端にこの戦争は更に激しい長期戦になりました。ジョンソン首相がキーウに乗り込んで、この合意を破棄させたわけであります。
つまり、これは東西の代理戦争になったということでありました。ロシアはこれに対応して、長期消耗戦で挑むということを決めるのが二二年九月であります。しかし、体力、補給、工業力、動員数いずれもロシアがウクライナの数倍能力があり、時間の経緯とともにロシアに有利になるのは不可避でもございました。ドンバスが戦場でございますが、ここはロシア語話者地域ですから、ニュアンスの違いがあるにせよ、ロシア軍にはあたかもホームで戦っているように思える。
したがって、他方、NATO側は、二〇一五、六年からCIAがこの地域でロシアの核戦略抑止に対する攻撃態勢をつくりますので、ロシア側が戦術核を行使するという、そういうエスカレーションが止まらなくなります。そういう意味では、もう一つは、このドンバスをめぐって、こちらの地区に近いクリビーリフ、クリボイログ出身のゼレンスキーとNATOとで戦略的な違いがあった。これもまた西側にとって不利になります。
バイデン政権が金融支援をしたことは当然知られておりますが、しかし、反転攻勢がウクライナ側の失敗に終わりますと、トランプ共和党はだんだん戦争反対にシフトし始めます。その結果、まず、共和党が議会で財政支援を止め、ウクライナ軍が次第に劣勢になります。そして、この間、実はゼレンスキー政権の中でも、この朝鮮半島シナリオで妥協で解決すべきという、少数派ですが、これが出てくる。そういったこともあって、決定的な転換点は二四年春、ネオコン系のヌーランド次官が突如引退を表明、アメリカ側は戦争目的が崩れるということでございます。
その後のアメリカの言わばトランプ政権登場後の大きな対立については、これは時間の関係で少しお読みいただくことをお願い申し上げて、重要なことは、このアメリカの軍事援助の体制の中では、ウクライナの宿痾の問題が腐敗であるということが分かっていたために、腐敗防止のためにアメリカ政府がコントロールできる汚職対策局を埋め込んでいたわけでございます。そして、この標的になったのが大統領府そのものの腐敗、そしてゼレンスキー大統領周辺の金庫番と呼ばれるミンディッチ氏、ミサイル工場担当と言われたわけですが、民間企業の映画会社であります、この人物がイスラエルに逃亡するという形で、今、その圧力は、EUからも含めて、このゼレンスキー体制の腐敗という問題に移り始めているわけであります。
ヨーロッパがこれ支援を去年から肩代わりしたわけですが、その支援もロシアの敗北を前提とした賠償金が目当てでございますので、ロシアの敗北は明らかではない、むしろウクライナの敗色がだんだん濃くなる、そうすると、EUの計画した九百億ユーロを誰が本当に負担するという問題が出てまいります。この五月に、もう一つは、ウクライナのゼレンスキー大統領が選挙をしないものですから、その正統性がない。戦争継続だけが彼にとっての選択肢となった。
この五月に起きたこと、これはバルト海で何とNATOのF16がウクライナのドローンを撃墜する。ラトビアで同様の事件が起きて政権が倒れます。そういうわけで、バルト三国が最もロシアに厳しいんですが、しかし、このままでは第三次世界大戦になるという危惧から、ヨーロッパでも対話派が登場したということでございます。
時間の関係もございますので、今、スターマー政権がどう変わったかについては、水島先生の御指摘がございますが、この十九日、スターマー政権は歴史的転換を行いました。ロシアのエネルギーを輸入するという方向に変わったわけであります。そして、つい最近、NATOの提案したウクライナ支援の増税枠組みをイギリス、フランス、イタリアなどがこれを拒否しました。昨日、日本政府も、政府関係者がモスクワでエネルギー交渉に赴きました。経済多極化の時代に変わり始めたということが、この五月のポイントであります。
これは日本との関係でどういうことになるかということでは、ちょっと時間の関係もございますが、もう一、二分頂戴したいわけでございますが、もし朝鮮半島モデルということになりますと、休戦協定をこれからアメリカがどういうふうにするのか。朝鮮民主主義人民共和国は憲法を改正して、この三月、南北統一を諦めたわけですので、二つの朝鮮という問題にいよいよ我々は当面することになります。その意味では、私は、これは危機であると同時に好機でもあるということでございます。
それはどういうことかというと、アジアでかつて六者協議というメカニズムができたわけでございますが、これを復活するチャンス、もちろん目的は、北朝鮮の非核化では直ちにならないとしても、今アジアで不足しているのは、この南北間、東西間の対話のメカニズムの構造化ではないかと思っております。マルチの枠組みとして六者協議を、日本がこの和平の音頭を取らないと、物事は進まないと私は理解しております。
二番目に、一つはウクライナ戦争が持っているAI、ドローン兵器がもたらす完全自律型致死兵器体系というものがこれから強まるという可能性が、戦争が長引けば長引くほどあるわけでございまして、その意味では、ローマ教皇もおっしゃられたわけでございますけれども、いかにAIから人間の感覚を取り戻すか、世界大戦を避けるための立場を超えた対話が求められていると思います。
御清聴ありがとうございました。
2
鈴木宗男(自民)
国際問題に関する調査を議題といたします。
本日は、「世界の平和と安定に向けた日本の役割」のうち、「現下の国際情勢と世界の安定に向けた日本外交」に関し、「欧州が直面する課題と日本外交の在り方」についてお二人の参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
御出席いただいております参考人は、千葉大学大学院社会科学研究院教授水島治郎先生及び神奈川大学特別招聘教授・法政大学名誉教授下斗米伸夫先生でございます。
この際、参考人のお二人に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多忙のところ御出席をいただき、誠にありがとうございます。
お二人から忌憚のない御…
この発言のページ
3水水島治郎千葉大学大学院社会科学研究院教授
千葉大学の水島治郎でございます。
本日は、お招きいただき、誠にありがとうございます。
〔会長退席、理事吉井章君着席〕
ちょうど来月十三日から天皇皇后両陛下がオランダ、ベルギーを公式訪問、高市首相も来月、G7サミットでフランス、そしてイギリス、イタリアも訪問されるということで、日本の視線がヨーロッパに来月向かおうとするまさにその直前の本日お話しできることは大変光栄と存じております。
私が本日出発点としたいのは、鏡としてのヨーロッパという視点です。元々、日本の近代化のモデルはヨーロッパであり、法律、行政、軍事、科学など、あらゆる分野で多くを学び、その…
この発言のページ
4
鈴木宗男(自民)
ありがとうございました。
次に、下斗米参考人にお願いいたします。下斗米参考人。
この発言のページ
- (上の発言)
5下下斗米伸夫神奈川大学特別招聘教授/法政大学名誉教授
参議院国際問題調査会の鈴木宗男会長、調査会の議員の皆様、この度は、現下の国際問題、とりわけ欧州が直面する課題と日本の役割という調査会にお招きいただき、感謝申し上げます。貴委員会が、定期的に学者、研究者の意見を取り入れていただいているということに、改めて深い敬意を申し上げたいと思います。
本日いただいた課題は、私にとっては端的に、ロシア・ウクライナ戦争をめぐる展開とインパクトをどう理解するかということだろうと思います。この戦争をきっかけに、現在が、冷戦後だけでなく戦後史、否、文明史の転換点となり始めているということは疑いの余地のないことになってまいりました。とりわけ、この五月、北京での米中、中ロの二つの首脳会談、サミットが開かれましたが、その主要な論点が、このイラン戦争、そしてウクライナ戦争のその解決をどうするかということであったと理解しております。言葉を換えて言えば、去年亡くなられたソフトパワーのヨゼフ・ナイ教授が言ったアメリカの世紀の終わりということがいよいよはっきりし、多極化世界に動き出しているということが、この五月の大きなポイントではないかと理解しております。
歴史的転換に伴う混沌は、しばしば政治指導者の決定スタイルによって加速されております。トランプ大統領、以下全て敬称は略させていただきますが、の下で世界最強の軍事力を誇るアメリカとイスラエルによるイラン戦争が実は成功しなかったということが明らかになりつつあります。最近も、ロバート・ケーガンというネオコンのリーダーが、イランが数倍強かったという言い方で、これを論証しております。
また、同時に、ウクライナ戦争について言えば、戦後の紛争の中で、朝鮮戦争とのアナロジーが大変重要であるという指摘が研究者の間でも強まっております。朝鮮戦争について言えば、三十八度線のような休戦ラインでウクライナに分断線を引いて、停戦あるいは紛争を凍結という、そういうモデルが一部で語られておりました。この考え方が私はこの五月に表に出てきたと理解しております。
中でも、中国がこの首脳会談の中で、ウクライナ戦争の、紛争の根本原因というのをロシアが主張したNATO拡大が問題であったとはっきり同意したことが重要でございます。中国はこれからこの紛争に更に停戦に動くはずでございますが、このドンバス二州からのウクライナ軍の撤収によって、つまり割譲によって停戦ラインを引かれるという方向が議論されてまいりました。
そして、このことはつい最近、この五月でございますが、Jモルガン銀行の地政学研究所という大変重要な研究所が、去年は幾つかの紛争解決モデルを提起しただけであったわけですが、今年はフィンランド方式で解決する一択になったということをこの五月に主張したことが大変重要だと理解しています。つまり、この戦争は、朝鮮半島モデル、ウクライナではドンバスに停戦ラインを引くという妥協によって解決するという合意が次第に私は広まったのではないかと思います。
なぜそう言えるのでしょうか。
これは文明史に関係すると私は理解します。三日で終わるはずの紛争は今日で千五百五十四日目になりました。問題は、欧州とロシア、ウクライナとロシアとの関係はいかに提訴、処理されるべきかという問題でございまして、ここには文明史的理解が必要であります。
地政学の権威として、カール・シュミットという人が陸と海の政治学ということを言った中で、実はロシアは川の政治であると、川の文明であるという言い方をしました。
千年少し前、ドニエプル川という、黒海にはドナウ川とかドン川とか、ドンという言葉が付く川が幾つかございますが、これはいずれも水という言葉に関係するんだと言われておりますけれども、そういったドニエプル川の真ん中にキエフ・ルーシが、これはキリスト教に改宗したのがちょうど千年ちょっと前であります。その後、このキリスト教世界は正教とカトリックが分裂するわけであります。
一六六七年といいますと、ウエストファリア体制ができた直後に、実はポーランドと、第三のローマを自称するツァーリ国家、ロシアがこの川をめぐって分界される。これは地図に、皆様に配付してございますが、御覧いただければ幸いでございますけれども、その意味では、モスクワはローマであると、一種の世界国家であるという、これは自称でございますが、そういう文明的な立場を取ったということが重要でございました。それから三百五十年間、ロシア帝国、ソ連邦と大きな変化がございましたけれども、ロシア帝国というのは決してロシア人の帝国ではなくて、正教の帝国であったわけでございますが、この大枠は変わりませんでした。
ソ連崩壊後、ロシアとウクライナが一九九一年末に別個の新国家になったのは、実はやや歴史的には偶然でございました。
と申しますのも、三十五年前の御記憶があるかと思いますが、ゴルバチョフ大統領に対するクーデター派の中でウクライナが重要でございましたが、そこのクーデター派がエリツィン・ロシアを嫌って西ウクライナの民族派と合流した結果、クーデター終了四日目にして最高会議が独立を宣言したということでございます。そして、その四か月後に、この黒海艦隊など核戦略部隊の管理機能はCIS、独立国家共同体として法的コントロールの下にここだけ置かれました。ウクライナ、クリミアとドンバスというロシア人地域の問題は先送りされたわけでございます。
このCISができましたとき、有名なハンチントンというアメリカの教授が、「文明の衝突」ということで、正教とヨーロッパ・キリスト教との間に大きな隔たりがあるという、その断層線が三百五十年前にできた先ほどの線であるということを言ったことは極めて重要なことでございます。
つまり、我々の理解とはちょっと違って、東ウクライナはフルシチョフとブレジネフの下で軍事工業化をしたわけでございますが、これに対し西ウクライナは、元々ハプスブルグ、そしてポーランドの影響圏でカトリックが中心でございまして、農業圏、農業国でございました。つまり、ウクライナには二つの異なったネーションがあるということを我々は理解せずにウクライナ紛争に向き合っているという、これは、アメリカのソ連最後のマトロック大使が何度も強調することであります。
つまり、この問題は北米要因が関係するということでございます。どういうことかといいますと、アメリカには旧ソ連、東欧から逃れた移民が多く、一部はロシアに対して批判的でございました。御案内のように、独立十三州のヤンキーの地域に対して五大湖周辺は新しい移民が多いわけでございますが、ここにポーランド人やユダヤ系を含む人たちがいて、ここにネオコンの人たちが出てくる。ウォルフォビッツ、ブリンケン、先ほど言ったケーガン、その御夫人であるヌーランド国務次官、こういったような人たちが、ソ連がなくなってもロシアも敵だという世界観を主張、ドイツが統一したときの公約であったはずのNATO不拡大をほごにして、NATOの東方拡大を言い出したわけでございます。この哲学的なアメリカでの分離に、アメリカの共和、民主両党の対立がシンクロナイズするようになります。
しかし、一九九七年、NATOが拡大する方向になったとき、ジョージ・ケナン、マクナマラ、あるいは日本を開国したペリー提督の一族であるペリー国防長官を始め超党派の専門家が、これは、NATO拡大はロシアを刺激するという批判を行いました。そして、この批判は正しかったわけでございます。なぜなら、モスクワでエリツィン大統領の後継者にエリツィン氏が選んで大統領になったのは、プーチンというNATO専門家がクレムリンで後継者となったのが二〇〇〇年であったからであります。
その意味では、アメリカの国内論争から米ロ関係に展張したわけでございます。トランプ氏は、この戦争をバイデン氏の戦争と批判しますが、民主党と共和党の対立がこれに関係するわけでございます。
今から十二年前、二〇一四年春には、ヤヌコビッチ大統領、この人は東側の出身の大統領であったわけですが、この人に対して、事実上、ある種ネオコン派が資金提供をして政権を打倒、NATO拡大の枠組みができたわけでございます。ただし、ウクライナでは軍事同盟としてのNATO拡大は人気がないものですから、水島先生のおっしゃるEUとの抱き合わせであったということがポイントでございました。
しかし、ウクライナの東南部分は一千万以上のロシア語話者と呼ばれる正教とロシア語を話す人たちの世界でございまして、事実、この地域、クリミア半島というのは、ヤルタ会談が行われたところですが、国連加盟国である当時のウクライナ・ソビエトの固有の領土ではなかった、我々の言葉で言えば、固有の領土でなく、ロシアであったということが問題を複雑にしました。
他方、ドンバスは、帝政以来、石炭産業とドン・コサック騎馬隊の中心地、日露戦争でロシア軍の主力でもあったわけでございますが、革命を経て、ここの騎馬隊の人たちは一九四五年にはベルリンまで行った赤軍の中核部隊でございました。こういう人たちの末裔がNATOに一緒になるわけはないわけでございまして、ここに内戦が、紛争が起きる構造的な問題があった。
つまりは、正教とカトリックの分断線に従って、アメリカ各派の争いと米ロ関係、こういうものがシンクロナイズした結果、ウクライナを使って一種の米ソの、東西の代理戦争に事実上なってしまったということでございます。
問題が複雑化したのはゼレンスキー氏も関係したわけでございまして、元々、東部出身の俳優の方でございますが、二〇一九年四月に彼が大統領に当選しましたのは、前任者の人気のないポロシェンコ氏がNATO、EU加盟を憲法に書き込んだことに反発をして、当初は対ロ和解派の政治家であったということでございます。そして、彼の与党国民の僕党も、多くは東部地域党関係者が多うございました。しかし、その半年後、彼はミンスク合意を履行する代わりに、立場を変えてNATO拡大派になったことが今の危機の深刻化を生んだわけでございます。
この戦争の細かい過程に触れる時間はございません。したがって、私の言いたいことは、ロシア語話者地域をめぐる東西対立は、十年も前から既に暴力的な言語戦争、分離紛争として起きていたことであります。
第二番目に、この戦争が始まった直後に、実はトルコが仲介して和平会談が、和平が進行し始めておりました。中立と引換えに領土問題を棚上げ、あるいはクリミアを黙認というシナリオであったと言われております。つい最近、ゼレンスキー大統領の報道官であった女性の方が、アメリカでこの過程を詳細に述べました。その意味では、ゼレンスキー氏も立場を変えたということがこの紛争の拡大につながったということであります。
そして、その過程で、英米政府が戦争目的を変え、ロシアの弱体化、プーチン体制の打倒ということを目標にした途端にこの戦争は更に激しい長期戦になりました。ジョンソン首相がキーウに乗り込んで、この合意を破棄させたわけであります。
つまり、これは東西の代理戦争になったということでありました。ロシアはこれに対応して、長期消耗戦で挑むということを決めるのが二二年九月であります。しかし、体力、補給、工業力、動員数いずれもロシアがウクライナの数倍能力があり、時間の経緯とともにロシアに有利になるのは不可避でもございました。ドンバスが戦場でございますが、ここはロシア語話者地域ですから、ニュアンスの違いがあるにせよ、ロシア軍にはあたかもホームで戦っているように思える。
したがって、他方、NATO側は、二〇一五、六年からCIAがこの地域でロシアの核戦略抑止に対する攻撃態勢をつくりますので、ロシア側が戦術核を行使するという、そういうエスカレーションが止まらなくなります。そういう意味では、もう一つは、このドンバスをめぐって、こちらの地区に近いクリビーリフ、クリボイログ出身のゼレンスキーとNATOとで戦略的な違いがあった。これもまた西側にとって不利になります。
バイデン政権が金融支援をしたことは当然知られておりますが、しかし、反転攻勢がウクライナ側の失敗に終わりますと、トランプ共和党はだんだん戦争反対にシフトし始めます。その結果、まず、共和党が議会で財政支援を止め、ウクライナ軍が次第に劣勢になります。そして、この間、実はゼレンスキー政権の中でも、この朝鮮半島シナリオで妥協で解決すべきという、少数派ですが、これが出てくる。そういったこともあって、決定的な転換点は二四年春、ネオコン系のヌーランド次官が突如引退を表明、アメリカ側は戦争目的が崩れるということでございます。
その後のアメリカの言わばトランプ政権登場後の大きな対立については、これは時間の関係で少しお読みいただくことをお願い申し上げて、重要なことは、このアメリカの軍事援助の体制の中では、ウクライナの宿痾の問題が腐敗であるということが分かっていたために、腐敗防止のためにアメリカ政府がコントロールできる汚職対策局を埋め込んでいたわけでございます。そして、この標的になったのが大統領府そのものの腐敗、そしてゼレンスキー大統領周辺の金庫番と呼ばれるミンディッチ氏、ミサイル工場担当と言われたわけですが、民間企業の映画会社であります、この人物がイスラエルに逃亡するという形で、今、その圧力は、EUからも含めて、このゼレンスキー体制の腐敗という問題に移り始めているわけであります。
ヨーロッパがこれ支援を去年から肩代わりしたわけですが、その支援もロシアの敗北を前提とした賠償金が目当てでございますので、ロシアの敗北は明らかではない、むしろウクライナの敗色がだんだん濃くなる、そうすると、EUの計画した九百億ユーロを誰が本当に負担するという問題が出てまいります。この五月に、もう一つは、ウクライナのゼレンスキー大統領が選挙をしないものですから、その正統性がない。戦争継続だけが彼にとっての選択肢となった。
この五月に起きたこと、これはバルト海で何とNATOのF16がウクライナのドローンを撃墜する。ラトビアで同様の事件が起きて政権が倒れます。そういうわけで、バルト三国が最もロシアに厳しいんですが、しかし、このままでは第三次世界大戦になるという危惧から、ヨーロッパでも対話派が登場したということでございます。
時間の関係もございますので、今、スターマー政権がどう変わったかについては、水島先生の御指摘がございますが、この十九日、スターマー政権は歴史的転換を行いました。ロシアのエネルギーを輸入するという方向に変わったわけであります。そして、つい最近、NATOの提案したウクライナ支援の増税枠組みをイギリス、フランス、イタリアなどがこれを拒否しました。昨日、日本政府も、政府関係者がモスクワでエネルギー交渉に赴きました。経済多極化の時代に変わり始めたということが、この五月のポイントであります。
これは日本との関係でどういうことになるかということでは、ちょっと時間の関係もございますが、もう一、二分頂戴したいわけでございますが、もし朝鮮半島モデルということになりますと、休戦協定をこれからアメリカがどういうふうにするのか。朝鮮民主主義人民共和国は憲法を改正して、この三月、南北統一を諦めたわけですので、二つの朝鮮という問題にいよいよ我々は当面することになります。その意味では、私は、これは危機であると同時に好機でもあるということでございます。
それはどういうことかというと、アジアでかつて六者協議というメカニズムができたわけでございますが、これを復活するチャンス、もちろん目的は、北朝鮮の非核化では直ちにならないとしても、今アジアで不足しているのは、この南北間、東西間の対話のメカニズムの構造化ではないかと思っております。マルチの枠組みとして六者協議を、日本がこの和平の音頭を取らないと、物事は進まないと私は理解しております。
二番目に、一つはウクライナ戦争が持っているAI、ドローン兵器がもたらす完全自律型致死兵器体系というものがこれから強まるという可能性が、戦争が長引けば長引くほどあるわけでございまして、その意味では、ローマ教皇もおっしゃられたわけでございますけれども、いかにAIから人間の感覚を取り戻すか、世界大戦を避けるための立場を超えた対話が求められていると思います。
御清聴ありがとうございました。
6
鈴木宗男(自民)
ありがとうございました。
これより参考人に対する質疑を行います。
質疑は答弁時間を含め、お一人十分以内となるように御協力をお願いいたします。
なお、質疑及び答弁は着席のままで結構でございます。
脇雅昭君。
この発言のページ
7脇脇雅昭(自民)
参議院議員の脇雅昭でございます。
質問の機会をいただきまして、ありがとうございます。
まずは、欧州が直面する課題と日本外交の在り方につきまして、丁寧かつ専門的に御教示いただきまして、お二人の参考人に感謝申し上げます。ありがとうございます。
その上で何点か、水島先生、下斗米先生それぞれにお伺いできたらと思っているところでございます。
まず、水島参考人にお伺いさせてください。
二点ございます。
まず一点目は、先生のレジュメの中にもございましたけれども、欧州でポピュリズムが台頭していくという中で、先生の御専門であるとおっしゃっていましたけれども、オ…
この発言のページ
8水水島治郎千葉大学大学院社会科学研究院教授
御質問ありがとうございます。
今御指摘いただきましたとおり、実はオランダにおきましては、この二月に、中道改革といいますか、改革中道的な政党が選挙で第一党となった結果として政権を発足させております。
それに関しましてですけれども、これ皆様にお配りした資料の中にも、実は改革中道の話はこちらに載っておりまして、ちょっとこの話は一種の応用編というところがあるので、先ほどのお話ではしなかったんですけれども、実は、先ほど皆様にお示ししましたように、旧来の中道右派、中道左派、そして急進右派、急進左派の二掛ける二の四つどもえ状況が近年生じてきているんですが、ただ、更…
この発言のページ