水島治郎千葉大学大学院社会科学研究院教授

2026年5月27日・第221回国会 参議院 国際問題に関する調査会 第4号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 3 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 69 発言)

千葉大学の水島治郎でございます。

本日は、お招きいただき、誠にありがとうございます。

〔会長退席、理事吉井章君着席〕

ちょうど来月十三日から天皇皇后両陛下がオランダ、ベルギーを公式訪問、高市首相も来月、G7サミットでフランス、そしてイギリス、イタリアも訪問されるということで、日本の視線がヨーロッパに来月向かおうとするまさにその直前の本日お話しできることは大変光栄と存じております。

私が本日出発点としたいのは、鏡としてのヨーロッパという視点です。元々、日本の近代化のモデルはヨーロッパであり、法律、行政、軍事、科学など、あらゆる分野で多くを学び、その影響は今も強く残っています。

また、現代も、日欧は、自由民主主義的な政治体制、脱工業化が進む社会経済構造など、多くの特徴を共有しています。しかも、ヨーロッパの方が半歩ないし一歩進んでいるものもあり、福祉、労働、環境政策など、先進的な政策には見るべきものがあります。ノーマライゼーション、ワークシェアリング、風力発電など、ヨーロッパがいずれも発祥ですね。政党政治でも、近年の日本の変化がヨーロッパと共通している部分もあります。

しかし同時に、近年のヨーロッパが直面する困難についても日本は無縁ではありません。この鏡としてのヨーロッパと日本がどう向き合うべきなのか、本日、考えてみたいと思います。

〔理事吉井章君退席、会長着席〕

まず第一に、直近の出来事でございますが、この五月上旬、イギリスで地方選挙が実施され、その結果は国際的な驚きを呼び起こしました。スターマー首相率いる与党労働党が、イングランドにおいて千五百近い議席を失う歴史的敗北を喫しました。他方、移民難民反対を訴える右派ポピュリスト、リフォームUKが千四百以上議席を増やし、最大の勝者となったんですね。この結果に衝撃を受けた労働党では、スターマー首相に辞任を求める声も高まっています。ブランケット元内務大臣は、この選挙をイギリスのデモクラシーの解体だとさえ呼んでいます。

ただしかし、実はこのような与党の苦境はイギリスだけではありません。最近の調査では、ドイツのメルツ政権の支持率は僅か一五%、フランスのマクロン大統領の支持率も二一%ということであります。

しかも、注意すべきことは、このような与党の不人気の際に受皿となってきた有力野党もまた支持を落としているということであります。イギリスでは、労働党とともに二大政党を百年にわたり演じてきた保守党が一層弱体化し、地方選挙でも敗退しています。ほかの欧州諸国でも同様のことが起きています。

今生じているのは、ヨーロッパで実に一世紀にわたり安定的に維持されてきたはずの穏健な中道右派、中道左派の二大政党システム、言わば二十世紀型の政治が溶解しているということであります。

他方、各国で勢力を伸ばしているのが急進右派、右派ポピュリズム、そして急進左派、左派ポピュリズムですね。イギリスではリフォームUKが支持率トップ、ドイツでは急進右派のAfDが支持率一位になっております。こちらのグラフにありますとおり、これらのポピュリスト系の政党は二〇一〇年代から支持を増やしており、今や左右を合計し、三割近い得票率を得ております。

では、ポピュリズムとは何でしょうか。端的に言えば、人民の名においてエリート支配、既得権益を批判し、既成政治の急進的改革を訴える政治運動です。本当に人民のためであるかどうかというのは、もちろん解釈によります。しかし、いずれにせよ、ポピュリズムという言葉はラテン語のポプルス、人民、民衆に元々は由来する言葉であり、言わば、良くも悪くも人民第一主義、直訳すれば人民主義となるかと思います。このポピュリズムには右も左もあります。

ここで、中道右派、既存の政党の中道保守ですね、それから中道左派、そして右派ポピュリスト、左派ポピュリストを図で分類しますと、こちらの図のようになります。横軸は右と左で、縦軸が上と下ということになります。

右派ポピュリズムは、反移民難民というものが中心的な主張の一つであり、排外的な姿勢が顕著に見えます。これに対し、左派ポピュリズムは、反緊縮、反格差をメインにすることが多いです。その点で左右のポピュリズムは一見すると正反対なんですが、しかし、反既成政治、アンチグローバル化、自国第一主義など、共通する部分もあります。むしろ、ポピュリズムは、上に対する下からの対抗運動という面も見えるかと思います。

では、なぜ既成政党は近年凋落して、ポピュリストが力を増しているのか。理由は主に以下の三点言えるかと思います。

第一は、冷戦の終えんと既存の対立軸の変容であります。二十世紀のヨーロッパ政治は、基本的にはヨーロッパにおいては経済的な配分をめぐる右と左の対立が中心だったんですね。しかも、その際、背後にあったのが冷戦構造であり、広く言えば資本主義対社会主義、西側の中で言えば自由市場対福祉国家という対立構造がありました。しかし、冷戦が終わり、従来の資本主義対社会主義という枠組みが崩れますと、左右の対立軸そのものの有効性が変わってまいります。

第二は、新しい対立軸の出現であり、特にグローバル化をめぐる問題は様々な新たな対立を起こしております。移民難民、気候変動、さらに経済のグローバル化の是非などですね。

第三は、既成政党を支える組織、団体の弱体化。二十世紀に政党を支えた団体、労働組合や経済団体、農業、地縁、宗教団体などはいずれも弱体化しており、団体頼みで選挙に勝つことが難しくなってきています。今や有権者集団の中で団体に属していない人が最大グループです。その状況で、むしろ新興のポピュリストは、団体に頼るよりも、既存の団体や既成政党を既得権益として批判し、無党派層の支持を集める、そのような手段を取っているわけですね。

こうしてグローバル時代における新たな争点を掲げながら、既得権益、既存の政治を批判するという立場のポピュリストが支持を広げているというのが近年の各国政治の状況であります。

次に、第二点として、EU、ヨーロッパ連合の現状と困難についてお話しします。

そもそもEUは、歴史的には、一九五七年のローマ条約でヨーロッパ経済共同体、EECが設立されたことに始まります。元々、大戦の反省を踏まえた不戦共同体としての意味を込めた欧州統合だったわけですが、特に、進展してEUとなり、経済のみならず、政治、安全保障、司法など多分野の統合が進むにつれ、民主主義、法の支配、自由、人権、マイノリティーの権利など、リベラルな理念を明確に掲げ、統合を進めていくという姿勢が明確になります。マイノリティーの権利など、やはり後になってどんどん入ってきたものですね。そういう意味で、EUは理念の帝国という面もあり、だからこそ力による支配を進めるアメリカのトランプ政権とは余り相性は良くないという印象を持っております。

そして、このEUは、しかし現在、内外で複合的な脅威にさらされています。

まず、EU内部では、EU批判的なポピュリストの拡大があり、欧州統合を支える中道右派、中道左派の二大勢力は凋落しており、EUの基盤が下からじわじわ浸食されています。

次に、EU外部に目を向けますと、現在、EUは東西南北の四方面で困難に直面していると言えるかと思います。

東は、言うまでもなくロシアのウクライナ侵攻。EU諸国は、ウクライナに軍事支援を行い、国防費増額、徴兵制の復活準備などを進めてきましたが、ロシア産原油の輸入停止、エネルギー価格の上昇、ウクライナ難民の受入れなど、経済的にも重い負担となっています。

西は対米関係。トランプ政権のウクライナ支援への否定的態度もあり、NATOの土台が揺らいでいます。さらに、トランプ政権の高関税政策はドイツの自動車産業など輸出産業に打撃を与え、出口が見えません。

南は難民問題。二〇一五年に百万人規模のシリア難民がEUに流入した難民危機が有名ですが、コロナで一旦激減した後、難民流入は再び増加し、中東やアフリカ出身の難民の受入れをめぐり、EUであつれきを起こしています。

そして、北はやはりブレグジット問題。二〇二〇年、イギリスという大国がEUを離れたことによりイギリスと大陸に障壁が生まれ、双方に大きな負担をもたらしました。

ただ、ブレグジットに続いてEU離脱ドミノが起きるのではとの懸念がありましたが、その心配は取りあえずないとは思います。当初、EU批判、EU離脱を掲げた大陸の急進右派政党の多くは、その後、主張を弱め、現実路線に修正しています。イタリアのメローニ首相は急進右派のリーダーですが、首相就任後、EU・フォン・デア・ライエン委員長と協調路線を取っています。むしろ、現在、欧州の急進右派は、EUを内部から変えるという方針で、政策転換をEUに求めるという方向を選んでいます。

例えば、EUは近年、欧州グリーンディールを掲げ、気候変動対策として脱炭素化を強力に進めてきました。二〇五〇年までのカーボンニュートラルを目指し、二〇三五年までに二酸化炭素を排出するエンジン車の新車販売の禁止などを定めてきました。この件は、日本の自動車メーカーにとっても重大な関心事だと思います。

しかし、二〇二四年の欧州議会選挙で、脱炭素化に否定的な、そしてまた原発に肯定的な急進右派が議席を増やし、その影響力が強まります。また、そもそもEV車の需要が必ずしも伸びていないという面もあり、さらにトランプ政権誕生でEV車に逆風が吹き、また中国製のEVが台頭していく状況という新しい状況の中で、二〇二五年十二月にEUは、先ほどの二〇三五年のエンジン車に関する厳しい規制を修正し、一定の例外を認めると発表しました。また、EUは原発回帰の方向を強めており、本年三月にフォン・デア・ライエン委員長は、近年の原発縮小は誤りだったと発言しています。

このように、EUは、理念の帝国である一方、情勢の変化に応じて修正する柔軟性も持っていますが、しかし、理念そのものを捨てるわけではありません。日本がEUと関わる際にも、このような理念を軸に共通性を見出していくことが重要だと私は思っております。

ここで、第三点としまして、アジアにおける地域統合であるASEANとEUを比べてみたいと思います。

ASEANは一九六七年に発足し、次第に加盟国を増やしています。そして、地域統合という点では、EECからEC、EUと順調に統合を進めたように見える欧州と比べると、ASEANは遅いんじゃないかという言われ方がされておりました。そのASEANの遅れの理由としてよく言われていたのが、全会一致を重視し、一種の和を尊ぶ、いわゆるASEANウエーであります。しかし、今や、後発だったはずのASEANは、経済共同体から政治、文化を含む共同体へと衣替えし、着々と統合を進めています。

他方、EUは、特定多数決制度で反対国を抑え込む仕組みをつくり、超国家機構の下、理念の帝国として一種上から積極的に統合を推進したんですが、結果的には各方面からの反発を呼び、ブレグジットを招きました。統合先進地域だったヨーロッパモデルだからこそ困難に直面するという一種のパラドックスとも言えると思います。

欧州統合の起点は一九五七年のローマ条約だったわけですが、ローマは言うまでもなく、二千年前、ローマ帝国の中心地でした。ローマ条約に始まる欧州統合は、まさにローマ帝国を超える超国家的政治体を再興しようという壮大な試みと言えたかもしれません。しかしながら、今困難に直面しており、ローマは一日にして成らずという言葉は、現在のEUを考える上で、ある意味ではふさわしい言葉ではないかと思っております。

最後に、第四点としまして、来月の両陛下の訪欧を踏まえ、ヨーロッパを見る上で重要な象徴的価値を考えたいと思います。

経済や軍事と異なり、象徴や文化は、ややもすると軽視されがちです。しかし、脱工業社会においては、物よりも言葉、象徴が大きな意味を持つということもありますね。

ヨーロッパでは、今なお多くの国で立憲君主制が維持されています。オランダ、ベルギー、イギリス、スペイン、北欧諸国、王室が健在です。各国の国王、女王は、国民の一体性、歴史的連続性を象徴しながら今も基本的に支持されています。そして、日欧の王室、皇室は長年きずなを深め、それが日欧間の友好に寄与してまいりました。オランダのヴィレム・アレクサンダー国王夫妻は、天皇皇后と強い信頼関係を築いていらっしゃっております。

しかし、重要なことは、それが上辺の社交や儀礼にとどまらないということだと思います。

例えば日蘭関係、私、オランダが特に専門ですが、日蘭関係は戦後長きにわたり困難な問題が横たわっていました。太平洋戦争で日本軍は、オランダ領東インド、今のインドネシアを占領し、九万人ものオランダ人民間人を抑留し、多くの犠牲を出しました。その結果、戦後オランダにおける反日感情には根深いものがあり、昭和天皇のオランダ訪問では様々な抗議が展開されました。

しかし、二〇〇〇年に当時の天皇、公式訪問され、戦没者慰霊碑に花を供花する、花を供えるとともに、元抑留者と面会し、さらに、晩さん会で当時のベアトリックス女王を前に、人々は今なお傷を負い続けていることに言及し、深い心の痛みを覚えますと遺憾の意を表明されました。このことは現地のメディアでも大きく取り上げられ、それをきっかけに現地の空気が変わっていったということを私も記憶しております。

もちろん、それで全てが解消するわけではありません。しかし、両陛下が人々に耳を傾け、思いを率直に語る、そのことは両国の関係を前進させる。今この激動の世界にあってこそ、両陛下の欧州訪問は日欧を一層結び付けるということを願っております。

また、しかし同時に様々なその他の試みも重要であり、例えば日本とオランダであれば、日本・オランダ平和交流事業という形で人々をつなげていく事業も日本の外務省はされておりますが、様々な形で行われているわけですね。

さて、これに関連し、最後に、日本で報じられていないお話なんですが、昨年、二〇二五年十二月、オランダのヴィレム・アレクサンダー国王は、マキシマ王妃を伴い、かつてオランダの植民地だった南米スリナムを公式訪問されました。近年、南北アメリカでは、過去のヨーロッパによる植民地支配、奴隷貿易などの責任を問う声が高まっています。オランダも、かつて奴隷貿易を展開し、植民地スリナムで黒人奴隷を多数酷使しました。それを踏まえ、二〇二三年、ヴィレム・アレクサンダー国王は、過去の奴隷貿易、奴隷制を公式に謝罪し、二〇二五年、スリナムを公式訪問し、現地の先住民や黒人奴隷の子孫の方々と真剣に対話し、彼らの伝統文化にのっとり和解の儀式に臨んだんです。こちらに写真載せております。具体的には、ほどけた糸を結び合わせるという儀式でした。このことは現地の人々に高く評価されました。小さな象徴的行為が大きなインパクトをもたらしたと言えるかと思います。

もちろん、過去の植民地支配や奴隷制の重たい遺産を一朝一夕に払拭できるわけではありません。ただ、そのことは何もしないことの言い訳にはならないとも思うんですね。今、日本の同盟国アメリカが予測不可能な方向に向かう中、日本はアジア諸国との関係をしっかり再構築する必要があるわけですが、ただいま御紹介したようなヨーロッパの王室が積極的に果たしている役割、象徴的な役割については学べることも多いのではないかと思っております。

以上、現在のヨーロッパの抱える困難、そして新しい動向についてお話ししましたが、このような鏡としてのヨーロッパを眺めつつ、日本の針路を見定めていくことが大事ではないかと思うところでございます。

本日はありがとうございました。

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