その話を聞かれるとは思いませんでしたけど、あえて、まさに御関心事であるということで、できるだけ事実関係に正確にお答えをしておきたいというふうに思います。
当然のことですが、あのときに、拉致被害者の人々をできるだけ早く帰ってもらわなきゃいけないという折衝をしていたわけです。そのときに、私が個人でやったというよりも、当時、小泉総理大臣、それから福田官房長官、それから安倍官房副長官、それから外務大臣、それから私ということで、必ずそういう関係者全て集まる席でその条件をどうするかという議論をした。
そのときに、私が以前から聞いていた話は、そういう被害者の人たちは子供がいる、子供に対して自分たちが日本人で拉致被害者であるということは言っていない。したがって、子供たちのことを考えると直ちに荷物をまとめて日本に帰る、帰すわけにはいかない。したがって、取りあえず一旦一時帰国ということにしてくださいということを言われて、その期間として一週間ということを言ってきたので、再びまた総理のところで御前会議をやって、一週間は短過ぎると、二週間ということで提案をしてくれということで、彼らに二週間の予定で帰国させたいということを言った。結果的には一、二週間ということで日本に帰ってこられたわけですね。
確かに、北朝鮮は、結果的に何が起こったかというと、彼らが故郷に帰られて、やっぱり家族、国内におられる拉致被害者の家族の人たちはもう絶対北朝鮮に返したくないということを言われて、ついては北朝鮮に返すことをやめたいという話が、中山さんですかね、当時の拉致担当だった中山さんを通じてもたらされた。これまた総理の下で御前会議をやって、確かに、故郷のお父さん、お母さんが子供たちを北朝鮮に返したくないということを言っておられるわけだから、これを無視するわけにはいかないよねと。だけど、家族の反対で帰らなかったということになるとやっぱり子供たちの身が危ないので、したがって政府が決めたことにしようということで、政府としてこれは永住帰国にするという結論を出したんですね。
そのときに総理が、田中さんもそれでいいかと言われたので、僕は、もちろん、政治家が決める話だから私がとやかく言う話ではありませんと、だけど、官僚として申し上げれば、その結果として子供を取り返すのに時間が掛かりますよということを申し上げたんですが。
したがって、私は電話で北朝鮮と交渉した。そのときに、彼らは、約束違反だと言う、約束違反だと。で、私は、ちょっと待ってくれと、日本人だよ、これは、日本人の拉致された人たちを返す返さないという話をあなたに言われたくないと。したがって、日本の政府の決定として永住帰国にするということを一方的に言い放って交渉は終わったということですね。その結果としていろんなリパーカッションがあったと思いますが、結果として、それから一年半たって再び小泉さんに行ってもらって子供を取り返したということなんですね。
だから、一連のことというのは、少なくともみんなで協議して、みんなで決めたことで、世の中には、いや、私が返せと主張したということが言われているし、いまだにそういうコメントがありますけど、そんなことあり得ないですよね。こういう大事な話を私の一存で決めるなんということはそもそも考えられない。
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鈴木宗男(自民)
ありがとうございました。
岩間参考人、お願いします。
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16岩岩間陽子政策研究大学院大学教授
ありがとうございます。
今、神保さんがおっしゃられたように、戦争の違法化というのは二十世紀の初めから進んできたわけですけれども、国際社会の特徴として、国際法の実効性を担保する国家を超える機関というのは存在しないという現実があります。ですから、各国が、自分が自主的に従う範囲においてしか国際法は実効性を持たないという現実があり、そして近年、多くの大国が余り国際法を尊重しない方向に流れてきていることから国際法の実効性というのは弱ってきていると言わざるを得ないと思います。
今回の件に関しては、私は、これはイスラエルの自衛権というものをどう考えるか、あとはイラ…
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鈴木宗男(自民)
ありがとうございました。
田中均参考人にお尋ねします。
二〇〇二年九月十七日、日朝首脳会談、歴史的なあの会談が行われました。このときの約束として、拉致被害者の名前、あるいは死亡者が明らかになりました。
その後、五人の被害者が、十月十五日ですけれども、帰国されました。このとき、二週間で北朝鮮に戻すということを約束しての一時帰国だったと聞いておりますが、これ、事実としてはどうだったんでしょうか。
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- (上の発言)
18田田中均株式会社日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
その話を聞かれるとは思いませんでしたけど、あえて、まさに御関心事であるということで、できるだけ事実関係に正確にお答えをしておきたいというふうに思います。
当然のことですが、あのときに、拉致被害者の人々をできるだけ早く帰ってもらわなきゃいけないという折衝をしていたわけです。そのときに、私が個人でやったというよりも、当時、小泉総理大臣、それから福田官房長官、それから安倍官房副長官、それから外務大臣、それから私ということで、必ずそういう関係者全て集まる席でその条件をどうするかという議論をした。
そのときに、私が以前から聞いていた話は、そういう被害者の人たちは子供がいる、子供に対して自分たちが日本人で拉致被害者であるということは言っていない。したがって、子供たちのことを考えると直ちに荷物をまとめて日本に帰る、帰すわけにはいかない。したがって、取りあえず一旦一時帰国ということにしてくださいということを言われて、その期間として一週間ということを言ってきたので、再びまた総理のところで御前会議をやって、一週間は短過ぎると、二週間ということで提案をしてくれということで、彼らに二週間の予定で帰国させたいということを言った。結果的には一、二週間ということで日本に帰ってこられたわけですね。
確かに、北朝鮮は、結果的に何が起こったかというと、彼らが故郷に帰られて、やっぱり家族、国内におられる拉致被害者の家族の人たちはもう絶対北朝鮮に返したくないということを言われて、ついては北朝鮮に返すことをやめたいという話が、中山さんですかね、当時の拉致担当だった中山さんを通じてもたらされた。これまた総理の下で御前会議をやって、確かに、故郷のお父さん、お母さんが子供たちを北朝鮮に返したくないということを言っておられるわけだから、これを無視するわけにはいかないよねと。だけど、家族の反対で帰らなかったということになるとやっぱり子供たちの身が危ないので、したがって政府が決めたことにしようということで、政府としてこれは永住帰国にするという結論を出したんですね。
そのときに総理が、田中さんもそれでいいかと言われたので、僕は、もちろん、政治家が決める話だから私がとやかく言う話ではありませんと、だけど、官僚として申し上げれば、その結果として子供を取り返すのに時間が掛かりますよということを申し上げたんですが。
したがって、私は電話で北朝鮮と交渉した。そのときに、彼らは、約束違反だと言う、約束違反だと。で、私は、ちょっと待ってくれと、日本人だよ、これは、日本人の拉致された人たちを返す返さないという話をあなたに言われたくないと。したがって、日本の政府の決定として永住帰国にするということを一方的に言い放って交渉は終わったということですね。その結果としていろんなリパーカッションがあったと思いますが、結果として、それから一年半たって再び小泉さんに行ってもらって子供を取り返したということなんですね。
だから、一連のことというのは、少なくともみんなで協議して、みんなで決めたことで、世の中には、いや、私が返せと主張したということが言われているし、いまだにそういうコメントがありますけど、そんなことあり得ないですよね。こういう大事な話を私の一存で決めるなんということはそもそも考えられない。
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鈴木宗男(自民)
田中参考人、貴重な御意見ありがとうございました。
次に、塩村あやかさん。
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塩村あやか(立憲)
ありがとうございます。立憲民主の塩村でございます。
参考人の皆様、本日は、示唆に富む御講演、本当にありがとうございました。
今まさにお話がありましたように、中東ではイランへの侵攻が発生いたしておりまして、国際秩序が根本から揺らいでいると思います。これを受けて、先ほど岩間参考人も述べられましたけれども、フランスのマクロン大統領は、アメリカの安保コミットメントへの不信を背景としたのか、三十四年ぶりになると思うんですが、核弾頭の増強を表明したということになります。
翻って、我が国でも防衛装備移転の五類型を撤廃して完成品の輸出を事実上解禁しようとする歴史的…
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21神神保謙公益財団法人国際文化会館常務理事・慶應義塾大学総合政策学部教授
塩村委員、ありがとうございます。
大変重要な御質問で、短く答えるのは大変難しいですけれども、例に挙げられた防衛装備移転と平和国家としての日本の役割という点について絞ってお話ししたいと思います。
今回の装備移転五類型の見直し、いろいろな論点はあるんですけれども、これまでの日本が取ってきた五類型というのは、まさにこの国際紛争や直接的なこの殺傷性の高い武器ということと距離を取る形であれば積極的にこれは移転をするという方針から、いよいよこの制限を外して、よりその事案に沿った文脈の中で定義をしていくという方向になるんだろうというふうに思います。
その際にやは…
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