ちょっと分かりにくかったのかもしれないので補足しますと、要は、今、日本で問題が起きているのは、これは日本国憲法のとおりきちんと運用しない政府が悪いんだと、あるいは国会議員が悪いんだというふうな考え方が取られてきたかと思うんですけど、実はこれは日本国憲法にも原因があるんじゃないかと。
例えば、スポーツの試合で、選手がきちんと今まで決めた作戦のとおりにしないから悪いんだと、作戦のとおりにすれば勝っていたんだというのに対して、いや、実は作戦そのものが間違っていたんじゃないかと。戦争でも、例えば、いや、ちゃんと戦わなかったから悪いんだと、いや、でも、そもそも作戦やプラン自体が間違っていたんじゃないかと、こういった話でございます。
憲法も、GHQが草案を作り、今まで憲法学者の方が意見を述べてこられましたが、そもそも憲法のとおり執行しない政府が悪いのか、それとも憲法そのものに問題があるのかということです。
確かに、三十年前までは、今の憲法の下、高度経済成長したではないかと、日本も豊かになったじゃないかということで良かったんじゃないかと思われてきたんですけれども、ただ、それは日本国憲法の前の憲法の下で教育を受けた世代が政治を行ってきて、三十年ほど前からはそういった世代が退出して、日本国憲法の下、教育を受けた世代が政治を行い、今のような状況になったと言えるんではないか。
政権も、社民党もかつて政権を取りましたし、民主党も政権を取って、その今の憲法の下、いろんな手を尽くしてきたんですけれども、それでも日本は良くならない。そうしたら、最初は憲法を変えなくてよいと思っていた国民も、だんだん、実は何か憲法がおかしいんじゃないかと、憲法を変えないと駄目なんじゃないかというふうな国民が増えたんではないかと思っています。
そういう意味で、じゃ、なぜ、さらにどこが悪いのかというと、今の憲法ではやはり国の守り、こういったものが軽視されていることと、公益的な保護の規制というのが弱いんじゃないか。
例えば、公益に関して言いますと、個人の権利を最大限尊重していけば、それはいいことだと思われるんですが、それは言葉を換えて言えば私益、私益の追求であり、企業の最大価値の利益追求を是認することになります。
ここでいう私益は、裁判所でも例えば金銭で換算できる利益が重視されて、金銭で換算し難い利益は軽視されていきますね。例えば農業とか、生態系とか、確率の低い副作用とか、将来生まれたかもしれない子供、こういったものの利益というのは換算されにくい。その結果、輸入農作物や添加物が増加したり、安い森林が買収されて環境破壊が起きたり、現役世代の利益が優先されて将来世代が減ったり、そういった動きが起きてくるんではないか。
だから、そこに、公益的な規制、公共の福祉ってあるんですけれども、ただ、公共の福祉の規定は具体化されていないので、国が本来守るべき公共の福祉や公益を軽視して、結果的に、規制緩和とかいって様々な公益的な規制を次々と緩和して、若者の所得やいろんなものが低くなっていくと、で、外資が参入するというようなことを招いているんではないかということなんです。
そういう意味で、その国の守りも始め、公益的な規制も始め、今の憲法に限界があるんではないかと、こういった考え、参考人はどうお考えになりますか。
56
長浜博行(立憲)
安達悠司君。
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57安安達悠司(参政)
参政党の安達悠司です。
今日は、両先生、ありがとうございます。
参政党は、憲法を一から作り直す創憲ということを言っていまして、今の参議院の緊急集会の規定だけではやはり不十分な点もあると思っています。ただ、そのためには、そもそも緊急事態を起こさせないというような、ふだんから食料、エネルギー、個人情報や外資規制も含む、総合的な国の守りの規定をきちんと作っていくということが必要ではないかと思っています。
ただ、その際に、憲法を変えるという選択肢を最初から除外していてはクリエーティブなものが生まれていかないし、国民生活も良くならないではないかと思っています…
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58長長谷部恭男早稲田大学法学学術院教授
具体的に憲法のどこがどういう問題を引き起こしているのかということをちょっと御指摘いただかないとなかなかお答えがしにくいところではございますけれども、憲法というものの役割は何かというと、これは、何か日々の暮らしについて具体的な政策を定めるとか、それを打ち出すとか、実施をするということよりは、むしろその日々の暮らしを良くするための高いレベルでの政治の在り方、ここで、様々な、先生方もそうですけれども、様々な主体なり、行動主体なり、いろいろな機関なりが相互作用を行いますので、その相互作用がスムーズにいくようにいろいろなルールを定めているというのはこれ憲法の役割で…
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- (上の発言)
59安安達悠司(参政)
ちょっと分かりにくかったのかもしれないので補足しますと、要は、今、日本で問題が起きているのは、これは日本国憲法のとおりきちんと運用しない政府が悪いんだと、あるいは国会議員が悪いんだというふうな考え方が取られてきたかと思うんですけど、実はこれは日本国憲法にも原因があるんじゃないかと。
例えば、スポーツの試合で、選手がきちんと今まで決めた作戦のとおりにしないから悪いんだと、作戦のとおりにすれば勝っていたんだというのに対して、いや、実は作戦そのものが間違っていたんじゃないかと。戦争でも、例えば、いや、ちゃんと戦わなかったから悪いんだと、いや、でも、そもそも作戦やプラン自体が間違っていたんじゃないかと、こういった話でございます。
憲法も、GHQが草案を作り、今まで憲法学者の方が意見を述べてこられましたが、そもそも憲法のとおり執行しない政府が悪いのか、それとも憲法そのものに問題があるのかということです。
確かに、三十年前までは、今の憲法の下、高度経済成長したではないかと、日本も豊かになったじゃないかということで良かったんじゃないかと思われてきたんですけれども、ただ、それは日本国憲法の前の憲法の下で教育を受けた世代が政治を行ってきて、三十年ほど前からはそういった世代が退出して、日本国憲法の下、教育を受けた世代が政治を行い、今のような状況になったと言えるんではないか。
政権も、社民党もかつて政権を取りましたし、民主党も政権を取って、その今の憲法の下、いろんな手を尽くしてきたんですけれども、それでも日本は良くならない。そうしたら、最初は憲法を変えなくてよいと思っていた国民も、だんだん、実は何か憲法がおかしいんじゃないかと、憲法を変えないと駄目なんじゃないかというふうな国民が増えたんではないかと思っています。
そういう意味で、じゃ、なぜ、さらにどこが悪いのかというと、今の憲法ではやはり国の守り、こういったものが軽視されていることと、公益的な保護の規制というのが弱いんじゃないか。
例えば、公益に関して言いますと、個人の権利を最大限尊重していけば、それはいいことだと思われるんですが、それは言葉を換えて言えば私益、私益の追求であり、企業の最大価値の利益追求を是認することになります。
ここでいう私益は、裁判所でも例えば金銭で換算できる利益が重視されて、金銭で換算し難い利益は軽視されていきますね。例えば農業とか、生態系とか、確率の低い副作用とか、将来生まれたかもしれない子供、こういったものの利益というのは換算されにくい。その結果、輸入農作物や添加物が増加したり、安い森林が買収されて環境破壊が起きたり、現役世代の利益が優先されて将来世代が減ったり、そういった動きが起きてくるんではないか。
だから、そこに、公益的な規制、公共の福祉ってあるんですけれども、ただ、公共の福祉の規定は具体化されていないので、国が本来守るべき公共の福祉や公益を軽視して、結果的に、規制緩和とかいって様々な公益的な規制を次々と緩和して、若者の所得やいろんなものが低くなっていくと、で、外資が参入するというようなことを招いているんではないかということなんです。
そういう意味で、その国の守りも始め、公益的な規制も始め、今の憲法に限界があるんではないかと、こういった考え、参考人はどうお考えになりますか。
60長長谷部恭男早稲田大学法学学術院教授
先ほど申し上げたことの繰り返しになるかもしれませんけれども、憲法というのは、何かこういうことをしよう、ああいうことをしようということを定めているものではございませんで、それは旧憲法、大日本帝国憲法も私は同じだと思っております。ああしろこうしろということを定めているわけではなくて、高度の、高いレベルの政治の世界で、様々な主体がどういうふうに相互関係を築いて、いろいろな行動をしていくべきなのか、その基本的なルールを定めているというわけですので、そのルールの枠内でどのような施策をつくり、どのような公益を実現をし、個人の権利と公共の福祉のバランスをいかに取ってい…
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61安安達悠司(参政)
あと、最後一点、長谷部参考人にお尋ねしたいんですが、長谷部参考人は、平成二十七年六月四日の衆議院の憲法審査会、十一年前になりますが、その中で憲法の基本原理に関して、大規模で長期にわたる戦争はいかにして終結するかといえば、負けた側が勝った側の憲法の基本原理を採用することによって、そういった大規模な戦争は終結いたしますと、まさに日本は、あっ、日本はまさにそういう選択をしたということでございまして、そうした選択をして、憲法の基本原理は、これは変えられない、そこに改正の限界がある、そういうことになるだろうと思いますと述べておられます。
つまり、日本は戦勝国の基…
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62長長谷部恭男早稲田大学法学学術院教授
現在の憲法九条、それの特に第二項が規定をしておりますのは、戦争遂行能力は保持をしない、それから、戦争する権利は、これを国には認めないという、そういうことでございます。
だから、戦争というのは、一項にある国際紛争を解決する手段、つまり国と国、国家間の紛争を解決する決闘としての戦争はしないということを、それは一項が定めております。戦争というのはそういうものです。勝った方が正しいというのが決闘としての戦争であります。
そういう決闘としての戦争をする能力は持たないということを九条二項は言っているわけでありまして、これは日本に限ったことではございません。不戦条…
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