ありがとうございます。
まず、行為規範という言い方がどういう意味かということなんですけれども、これは検察官がそういう行為をするときにどうすべきか、そういう規範であるという意味合いでして、逆に言うと、それだけです。要するに、裁判上は余り意味がないというふうに理解されておりまして、検察官が守ればよしということであります。
行為規範だということを突き詰めていきますと、不服申立て書を受け取った裁判体としては、検察官がその行為規範にのっとっているかどうかという審査よりも、実態の問題ですね、要するに、即時抗告、開始決定が是か非かということを正面から判断をするという形になります。
ところが、裁判規範だということになると、十分な根拠があるかどうかという観点から判断をするということになります。その十分な根拠がない場合にどうなるかというと、これはある意味じゃ適法性がないというふうに理解することも可能かと思います。
というのは、四百五十条から開始決定に対する不服申立てが除かれて、四百五十条の二で不服申立てが例外的にできるんだという規定が新設されているのが閣法でございます。これはどう考えても四百五十条の二によって不服申立てができるんだという授権規定だと読まざるを得ないと思います。そうだとすると、授権規定である以上、そこに十分な根拠と書いてある以上、十分な根拠がなければ申し立ててはいけないというはずでありまして、しかも、そういうものは許容されないというふうに考える裁判規範だというふうに解釈するのが普通だと思います。
実際に、じゃ、不服申立て書を受け取ったときに裁判体がどういうふうに判断をするかという現実的な問題なんですけれども、十分な根拠をどう確かめるかというのは、じゃ、十分な根拠というのは何なんですかといったときに、なかなか難しいんですね。要素的にどういうものかというのを挙げるのは大変難しいと思います。
私は、十分な根拠というのは、申立て書の中に完結するという根拠を挙げているかどうかということだと思います。申立て書の中に書いてある内容を読むだけで、原決定が明らかに不合理でおかしいのだということが展開されていれば、やはり十分な根拠があるということになるんだろうと思います。
したがいまして、十分な根拠というものを立証、疎明するために事実の取調べ等を即時抗告審では行わない。つまり、即時抗告書の中だけで完結するという、それがいいかどうかだけを判断するというような判断の仕方をしない限りは、やはり同じように開始決定が是か非かという元々の問題を判断させられてしまうというふうに、裁判所はそうなってしまうのではないかというふうに思っております。
私がもし即時抗告審を担当する高裁の裁判長であれば、やはりこれは解釈の問題でございますので、立法の過程ももちろん踏まえますけれども、解釈問題としては、これは裁判規範として生かしていかなきゃいけないという解釈を取った上で、そういった措置をするのが適当であろうというふうに考えています。
以上です。
40
金村龍那(維新)
ありがとうございました。
改めてになりますが、やはり無実の罪はしっかり晴らさなければならない、一方で、真犯人もしっかり捕らえなければならないですし、また、被害者そして御遺族のプライバシーもしっかり守っていく、そのためのこの再審法改正の議論だということを改めてしっかり自覚をいたしまして、今後の質疑にも臨んでまいりたいと思います。
今日はどうもありがとうございました。
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41井井上英孝(維新)
次に、小竹凱君。
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42小小竹凱(国民)
国民民主党の小竹凱です。
五月二十六日の本会議から再審法の質疑が始まっていますけれども、ほぼ毎回、私は質問に立たせてもらっておりますが、立法府の立場として、再審請求人側にも犯罪被害者側にもどちらにも偏ることなく、しっかりと正しい判決を受けられる、そういった条文を書き込む、こういったことを日々念頭に置きながら質問に入っております。
本日は、三名の方から貴重な御意見を賜りまして、ありがとうございました。
質問に入りたいと思います。
まず、村山参考人にお聞きしたいと思います。
意見陳述の中で、検察官の不服申立てについて触れられていなかったので、ちょっ…
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- (上の発言)
43村村山浩昭弁護士
ありがとうございます。
まず、行為規範という言い方がどういう意味かということなんですけれども、これは検察官がそういう行為をするときにどうすべきか、そういう規範であるという意味合いでして、逆に言うと、それだけです。要するに、裁判上は余り意味がないというふうに理解されておりまして、検察官が守ればよしということであります。
行為規範だということを突き詰めていきますと、不服申立て書を受け取った裁判体としては、検察官がその行為規範にのっとっているかどうかという審査よりも、実態の問題ですね、要するに、即時抗告、開始決定が是か非かということを正面から判断をするという形になります。
ところが、裁判規範だということになると、十分な根拠があるかどうかという観点から判断をするということになります。その十分な根拠がない場合にどうなるかというと、これはある意味じゃ適法性がないというふうに理解することも可能かと思います。
というのは、四百五十条から開始決定に対する不服申立てが除かれて、四百五十条の二で不服申立てが例外的にできるんだという規定が新設されているのが閣法でございます。これはどう考えても四百五十条の二によって不服申立てができるんだという授権規定だと読まざるを得ないと思います。そうだとすると、授権規定である以上、そこに十分な根拠と書いてある以上、十分な根拠がなければ申し立ててはいけないというはずでありまして、しかも、そういうものは許容されないというふうに考える裁判規範だというふうに解釈するのが普通だと思います。
実際に、じゃ、不服申立て書を受け取ったときに裁判体がどういうふうに判断をするかという現実的な問題なんですけれども、十分な根拠をどう確かめるかというのは、じゃ、十分な根拠というのは何なんですかといったときに、なかなか難しいんですね。要素的にどういうものかというのを挙げるのは大変難しいと思います。
私は、十分な根拠というのは、申立て書の中に完結するという根拠を挙げているかどうかということだと思います。申立て書の中に書いてある内容を読むだけで、原決定が明らかに不合理でおかしいのだということが展開されていれば、やはり十分な根拠があるということになるんだろうと思います。
したがいまして、十分な根拠というものを立証、疎明するために事実の取調べ等を即時抗告審では行わない。つまり、即時抗告書の中だけで完結するという、それがいいかどうかだけを判断するというような判断の仕方をしない限りは、やはり同じように開始決定が是か非かという元々の問題を判断させられてしまうというふうに、裁判所はそうなってしまうのではないかというふうに思っております。
私がもし即時抗告審を担当する高裁の裁判長であれば、やはりこれは解釈の問題でございますので、立法の過程ももちろん踏まえますけれども、解釈問題としては、これは裁判規範として生かしていかなきゃいけないという解釈を取った上で、そういった措置をするのが適当であろうというふうに考えています。
以上です。
44小小竹凱(国民)
ありがとうございます。
非常に重要な御指摘だったと思います。申立て書を見ただけで、この要旨だけで理解できるというか、完結している。その上で、説明が必要な場合とか、そういうところにはもう十分な根拠は当たらないということですね。非常に分かりやすい説明だったというふうに思います。
次は、吉沢参考人と村山参考人にお聞きしたいと思います。
先ほどの吉沢参考人の意見陳述の中に、御遺族の方、七事件十名の方に意見を聞かれたということで、再審が行いやすくなることをどう思うかという御趣旨があったかと思います。もう少しこれを具体的に、どういう聞き方をしたかということを教…
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45吉吉沢徹岡山弁護士会所属弁護士
私が御遺族の方に質問させていただいた内容というのは、まず、最初から難しい条文ですとか議論されていることをお聞きしてもなかなか御遺族の方は頭に入ってこないと思いましたので、本当にざっくばらんに、再審が行いやすくなるとしたならばどう思われますか、どのような感想を持たれますでしょうかというふうに、本当にざっくばらんにお聞きしたものです。それを踏まえて、その後、個別のテーマについて御質問させていただいた、そういう流れで聞いております。
以上です。
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46村村山浩昭弁護士
お答えします。
事件が増えるかということでございますけれども、これはちょっと正直言ってよく分かりません。現在、年間三百件程度でございます。増えてもそれほど司法に負担がかかるという件数になるとは到底思えません。
開始決定が増えるかというと、これは証拠開示の関係がどうなるかによるかと思います。証拠開示の道が開かれれば、当然開始決定は増えるというふうに思います。それは、冤罪救済を目的とする法改正という意味合いでは、私は当然喜ぶべきことだというふうに理解しております。
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