有田芳生 (中道改革連合)

2026年5月26日・第221回国会 衆議院 法務委員会 第13号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 48 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 143 発言)

十年たってこの三類型でいいかどうかというのはまた議論を私たちも含めてしなければいけないと思っているんですけれども、それを具体的な現場に当てはめた場合どう解釈ができるのかというのは、現実的には大きな問題になっていると思うんですよね。

今日は残念ながら資料配付できませんでしたけれども、例えば、二〇一三年の二月七日、新大久保。当時は、二〇一三年、一四年が全国でヘイトスピーチデモが吹き荒れたんだけれども、毎週土曜日になると、新大久保では、二百人から三百人の人たちがのぼりを掲げてデモ行進をやっていた。あそこは、新大久保ですから、皆さん御承知のとおりに、韓国料理屋さんとかそういう、大阪の鶴橋は古くからの方が当時も今もお住まいですけれども、ニューカマーという人たちが今も御商売されている。その横の大久保の通りを、例えばプラカードで、よい韓国人も悪い韓国人もどちらも殺せというプラカードを白昼堂々と持って叫んでいた。

あるいは、二〇一三年の二月十七日、これも新大久保。あだなす敵は皆殺し、朝鮮人は皆殺し。白昼堂々。あるいは、同じ日、二〇一三年二月十七日、新大久保。朝鮮人、首つれ、毒飲め、飛び降りろ。こういうものがあった。東京の江戸川区なんかでは、違う日ですけれども、ナチス・ドイツのハーケンクロイツの旗を振ってデモ行進をしている。

こういうことが十年前は当たり前のように毎週あったんですよね。

私は、二日前、大阪の鶴橋の駅を降りて、鶴橋の駅は、改札を出ると道路があって、向かい側に回転ずしがあるんです、当時もあるんですけれども。二〇一三年は、そこにヘイトスピーチのデモの人たちが来て、そして、駅前でハンドマイクを持って、当時十四歳の少女がマイクを持って、こう言った。駅の前というのは、今行ってもそうですけれども、路地裏を歩けば、キムチとか、いろいろな食材を在日の二世、三世の方が今でも売っていらっしゃるんだけれども、そこでマイクを持って、在日の皆さん、日本から出ていってください、出ていかなければ、あなたたちは南京大虐殺を知っているでしょう、鶴橋大虐殺をやりますよと、マイクで。その周りを、デモ行進の男たちが、おおっと盛り上げた。それを在日の方々がじっと黙って我慢して聞いていらしたのが二〇一三年のことだった。十四歳の少女がそういうことを言ったから、それはもう映像として撮られているから、国際的に放送された。アフリカの方まで放送された。

当時は、皆さん御承知のように、東京でオリンピックがあるというときだから、東京でオリンピックをやる日本で、こんな、首つれとか、皆殺しとか、飛び降りろとか、どちらも殺せとか、鶴橋大虐殺やりますよとか、そういうことがまかり通っていたから、自民党の皆さんの中にも、先ほども言いましたけれども、菅官房長官なんかは私のところに何度も連絡をくれて、何とかしなきゃ駄目ですねということで、自民党も、当時与党の公明党の皆さんも、あるいは、全国各地でいえば、大韓民国民団の方々、あるいは創価学会、公明党の地方議員の方々、全国から、地方議会で、これを何とかしなければいけないという決議が上がってきて、それを受け止めて、国会で私たちはやらなければならないことをやってきた。

お聞きをしたいのは、参考情報の二番目の、解釈のところで、排除とか、生命、身体に対する危険だとか、あるいは侮蔑だとか。侮蔑ということでいえば、ゴキブリみたいなことを言ったり。今、川口市で起きているのは、クルドの人たちにゴキブリだと言って、ハンドマイクで堂々と語っている一般市民の女性たちが映像でも残っていますけれども、こういうことが今でも起きているので。お聞きしたいのは、殺せとか、皆殺しだとか、首つれ、毒飲めとか、飛び降りろ、これはヘイトスピーチじゃないんですか。

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