渡辺藍理 (参政党)

2026年5月22日・第221回国会 衆議院 文部科学委員会 第10号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 62 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 86 発言)

ありがとうございます。

繰り返しにはなりますが、実際に現場では多くの混乱が生じているとの声を聞いております。

また、小学校二年生の私の知り合いのお子さんに関しても、帰ってきて、そのような話を聞いて、若干、気分が悪いというか、そういうふうに感じたというのを自分の親に話していた、そういう話も聞いております。

このようなことに関しても、是非しっかりと現場の状況も引き続き把握していただきたいと考えております。

では、ここまでの内容を改めて丁寧に整理させていただきます。

まず第一に、学習指導要領には法的拘束力があるとのこと。そして第二に、現行の小学校学習指導要領には、性の多様性、そして性自認、ジェンダーに関する教育内容の規定が存在しません。ただ、こちらは、前提として、LGBT理解増進法が二〇二三年六月に施行されるより以前に学習指導要領の改訂があったため、時系列として未掲載であるということは十分承知しております。また第三に、それにもかかわらず教科書検定ではこれらの内容は合格しており、先ほどの倉敷市教育委員会のように独自のパンフレットを配付していたりとか、また宝塚市では幼稚園からLGBT教育が実施されている。

このような三点を並べると、法的拘束力を持つ学習指導要領に根拠のない内容が国の管理の外で全国の学校現場に広がっている、これが現実だと思われます。学習指導要領に書かれていないのであれば、なおさら極めて慎重に進めていくべきことではないかと考えております。

また、ここで、実際に二〇二四年度から使われている教科書の記述を具体的に御紹介いたします。

まず、一社目は、文教社の五、六年生、保健の教科書です。小学校五、六年生というと、十歳から十二歳の子供たちに向けた教科書ですが、心の健康を学ぶ単元の中に、このような記述があります。人によっては自分の生まれた性別と心の性別が一致しなかったり、また、同性の子を好きになったりすることもあります、このように書かれております。

また、二社目、東京書籍の三、四年生、こちらは、つまり九歳から十歳の子供たちへの教科書です。従来の教科書では、思春期の説明として、異性が気になるというふうに記されていたものが、異性など、ほかの人が気になるというように変更されていました。また、異性と話したいけれども恥ずかしい、このような表現も、異性や好きな人と話したいけれども恥ずかしいというふうに書き換えられております。

また、三点目の例として、三社目、大日本図書の三、四年生、保健体育の教科書。こちらでは、思春期における体の変化を学ぶ単元に、生まれたときの体の性と今自分が思っている性が違うこともあります、また、気になったり好きになったりする相手が異性の場合もあれば同性の場合もあって、好きという形も様々です、このように記されております。さらに、様々な性を表す言葉の一つとしてLGBTという言葉があるよというふうにも記載されております。

以上、三社の教科書を御紹介しました。

心理的にも発達段階である子供たちに、性自認、性的指向について学ばせることが、果たして発達段階に応じた教育と言えるのでしょうか。繰り返しにはなりますが、指導要領に記載のない内容を学校現場で教えることは、少なくとも慎重になるべきではないでしょうか。教科書の検定段階、そして教材採択の段階、さらに実際の授業や指導の段階、それぞれの段階で慎重に判断すべきではないでしょうかと思いますが、松本文部科学大臣の御見解をお願いいたします。

前後のやりとり

58の発言を見る

66の発言を見る