犬飼明佳 (中道改革連合)

2026年5月20日・第221回国会 衆議院 文部科学委員会 第9号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 60 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 101 発言)

中道改革連合の犬飼明佳でございます。

初めて文科委員会で質問をさせていただきます。よろしくお願いをいたします。

私からは、今年、二〇二六年の九月から十月にかけて、私の地元であります愛知県名古屋市を中心に開催されるアジア競技大会、アジアパラ競技大会について、順次お伺いをさせていただきます。

本日は五月二十日でありますが、この五月二十日時点で、アジア競技大会まであと百二十二日、アジアパラ競技大会まではあと百五十一日と迫っております。しかし、まだまだ全国的な認知度が広まっていないということもありまして、皆様に大会を御紹介させていただきたいと思います。

ちなみに、今日私が胸につけておりますこの赤いのがアジア大会のキャラクターで、ホノホンです。青い方がアジアパラ大会のウズミンでありますので、覚えていただきたいと思います。よろしくお願いをいたします。

アジア大会の始まりは、第二次世界大戦後まだ間もない一九五一年、戦禍によって引き裂かれたアジア諸国のきずなをスポーツを通じて取り戻し、恒久平和に寄与したいとの願いを込め、日本を含む十一か国参加の下、インドのニューデリーで開催されました。

現在、アジアでは、中東情勢を始め、日中間の緊張も高まっている中、愛知・名古屋で開催されるアジア大会は、スポーツを通じた平和の祭典。大会の参加エリアに含まれる中東湾岸諸国は、エネルギー問題でも我が国にとって大変重要な地域であります。政府には、平和外交にも是非生かしてほしいと期待もしております。

さらに、このアジア大会は、我が国のスポーツの発展を語る上で、重要なマイルストーンであります。一九六四年の東京オリンピックが、我が国の戦後における最初の国際スポーツ大会と認識をされている方が多くおみえかもしれませんが、実は、その六年前の一九五八年に、国立競技場でアジア大会が開催されたのが最初であります。

当時、一九六四年のオリンピックを東京に招待しようと、アジア大会開幕の直前にIOC総会を開催してもらい、東京に集まったIOC委員に、アジア大会の開会式や競技を見てもらうなどしました。日本は見事な運営を披露し、アジア大会の成功を広くアピールできたことが、その後の東京オリンピックの招致につながったと言われております。

その後、一九九四年に広島で開催され、今回、三十四年ぶりに愛知・名古屋で開催。愛知・名古屋と名を冠しておりますけれども、会場は東京や大阪、静岡、岐阜にもあり、東京二〇二〇大会よりも広範であります。競技数も東京二〇二〇大会よりも十競技も多い四十三競技であり、セパタクローやカバディなどアジア特有の競技や、eスポーツなどこれから発展が期待されるスポーツも取り入れられております。昨年、特措法も成立をし、まさにナショナルイベントとなりました。

アジアパラ大会については、一九七五年に、日本の呼びかけで、極東、南太平洋地域の身体障害者のスポーツ大会、フェスピック競技大会という名称で始まり、二〇一〇年にアジアパラ競技大会として引き継がれてから、今回、我が国で初開催となります。共生社会の実現に向けて大変重要な開催になると思います。

また、今大会の大きなコンセプトの一つとして既存施設の活用があります。大規模な国際総合スポーツ大会でありますが、この規模の大会では一般的に建築される選手村を建築はいたしません。既存ホテルの使用に加え、大規模スポーツ大会では国内初の試みとして、クルーズ船をホテルシップとして活用し、さらには、災害対応の仮設住宅などに利活用できるコンテナハウスを選手の宿泊施設として設置をいたします。様々なチャレンジや工夫を重ね、これまでの大会にはない簡素で合理的、機能的であり、かつ持続可能性を有する新たな国際スポーツ大会のモデルを示そうとしております。

そこで、大臣にお伺いをさせていただきます。

今年、愛知・名古屋で開催されるアジア・アジアパラ大会は、我が国にとって大切なスポーツ大会であり、次へとつなげられる絶好の機会であります。先日の参議院文教科学委員会で簡単に大会への決意を述べられておりましたけれども、改めて、両大会が日本で開催されることの意義や我が国のスポーツの発展に与える効果について、政府の見解をお伺いいたします。

〔委員長退席、岸委員長代理着席〕

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