皆さん、おはようございます。ただいま御紹介いただきました日本大学の百地でございます。
専門は憲法学ですが、国旗損壊罪法案につきまして、賛成の立場から、所見の一端を述べさせていただきます。
時間が十分と限られておりますので、少々早口で失礼いたします。
一、国旗損壊罪の必要性について。
刑法二百六十一条には器物損壊罪があり、これによって国旗損壊行為を罰することは可能です。しかし、同罪では、他人の所有する国旗を損壊した場合は罰することはできますが、自己の所有する国旗を損壊した場合は罰することができません。
また、我が国には、外国国章損壊罪はありますが、肝腎な自国の国旗に対する国旗損壊罪は存在しません。これは独立した主権国家として明らかにバランスを欠いており、不合理だと思われます。それゆえ、国旗の尊厳を保護するためにも、速やかに国旗損壊罪を導入すべきであると考えています。
この点、G7諸国のうち、米国、フランス、ドイツ、イタリアには国旗損壊罪があり、米国では、国旗を故意に切断、損傷、汚染、床や地面に放置、踏みつけをした者に対し、罰金、一年以下の禁錮、又はその両方に処するとしています。それゆえ、我が国でも当然、G7諸国並みに国旗損壊罪を制定すべきではないでしょうか。
ちなみに、国旗損壊罪に反対する人々から、果たしてそのような法律を制定するための立法事実は存在するのかとの疑問が投げかけられていますが、国旗を損壊するような事例は実際に存在しています。
例えば、昭和六十二年の沖縄国体会場で、掲揚されていた日の丸を引き降ろし、ライターで火をつけ焼失させた事件。平成三年、富山大学の学生らが、日の丸の掲揚に反対して、大学正門に掲揚されていた国旗を引き降ろした事件。平成二十一年、鹿児島県で開かれた衆議院選挙のための集会において、日の丸二枚を切り張りして制作した民主党旗が掲げられた事例。さらに、近年では、令和七年、参議院選挙期間中に、参政党の街頭演説に抗議した者がバツ印をつけた日の丸を掲げた事例など、幾つか挙げることができます。
二、国旗損壊罪の保護法益をめぐって。
次に、国旗損壊罪の保護法益について考えてみたいと思います。
我が国では、日の丸、日章旗を国旗、君が代を国歌と定めた国旗・国歌法は存在しますが、国旗・国歌を尊重する義務はなく、国旗を保護する法律は存在しません。にもかかわらず、つい先頃まで、国旗・国歌法の制定にまで反対し、国旗掲揚時の起立に抗議した教員がいたり、職務命令による国歌君が代の伴奏を拒否し、裁判にまでなった教員までいました。それゆえ、このような異常事態を解消するためには、積極的に国旗を保護する法律が必要ではないでしょうか。また、今こそ戦後放置されてきた諸問題を解決する一環として、国旗損壊罪の制定は必要と思われます。
この点、国旗損壊罪法案では、保護法益として国旗を大切に思う国民感情を挙げています。もちろん、これに異論はありません。しかし、更に言うならば、国旗に象徴される国の威信と名誉こそ本当の保護法益ではないでしょうか。そして、国旗損壊罪の保護法益が、自国の国旗を大切に思う国民感情だけでなく、国旗に象徴される国の威信と名誉も含むのであれば、行為者の意図、目的も問題とするのが自然ではないでしょうか。報道によりますと、行為者の意図や目的を問題とせず、国旗損壊という行為のみを問題としたのは、憲法が保障する思想、良心の自由との関連で問題が生じないよう、あえて避けたのではなかろうかと推察されます。
しかし、もしそうだとするならば、そのような消極的な態度は疑問であります。というのは、現に、現行刑法では、外国国旗損壊罪が、外国に対して侮辱を加える目的で外国の国旗を損壊した場合にこれを罰するとしているのですから、自国の国旗損壊罪についてのみ、行為者の意図、目的を不要とするのはいかがなものでしょうか。
言うまでもなく、国旗は、国家の象徴で、国家の尊厳の象徴であります。それゆえ、世界の多くの国々が、国旗を保護すべく様々な措置を取っています。我が国の外国国旗損壊罪も、外国の国益を守ることがそもそもの立法理由でありました。にもかかわらず、自国の国旗を保護するための法律が存在しないというのは、明らかにバランスを欠いており、本末転倒だと思います。
ちなみに、国旗損壊罪に反対する人々は、刑法第四章は「国交に関する罪」となっており、第九十二条の外国国章損壊罪の目的は円滑な外交関係の維持にある、それゆえ、保護法益が異なるのだから、この章に国旗損壊罪がないのは当然であると主張してきました。しかし、平成七年に刑法が改正されるまでは、第四章は外国に対する罪となっており、円滑な外交関係の維持だけが目的ではありませんでした。つまり、外国の国益を侵害するような行為、例えば外国に対する私的な戦闘行為の予備、あるいは交戦国に対する中立命令違反等も処罰の対象としていました。
つまり、第四章は元々、外国の国益に対する侵害行為を処罰するものでありました。そして、外国国章損壊罪も究極的には外国の国益を守ることが目的でありました。この点、国旗損壊罪も、国旗に象徴される国の威信と名誉、つまり国益の保護にあると考えられますから、外国の国益か自国の国益かの違いはあれ、国益の保護という点で共通していると思われます。
三、国旗損壊罪と表現の自由。
我が国では、国旗損壊罪というと、米国の国旗焼却事件、これを持ち出して表現の自由を侵害するものであると批判する人々が少なくありません。確かに、米国では、国旗の焼却を処罰する州法が連邦憲法の保障する表現の自由に反するとの理由で、被告人が無罪とされたことがあります。しかし一方では、連邦議会において、国旗の冒涜を禁止すべく、何度も憲法の修正、改正が試みられているのも事実であります。
また、表現の自由が大切であることはもちろんですが、米国と我が国とでは表現の自由に対する考え方や保障の範囲に多少違いがあるのも事実です。例えば、アメリカではヘイトスピーチの取締りさえ表現の自由に反するとされています。これに対して、我が国では、ヘイトスピーチ解消法が制定されています。それゆえ、米国の例だけ持ち出して一方的に国旗損壊罪に反対するのは疑問であります。この点、我が国で国旗の焼却まで表現の自由に含まれていると考えている国民が果たしてどれだけいるのか、正直疑問に思われます。
更に言えば、米国では、国旗焼却まで表現の自由に含める一方で、全ての国民に対して国旗・国歌を尊重するよう法律を定めています。合衆国法典第三十六編第十章愛国的慣例。それだけでなく、公立学校においては毎朝、国旗に対する忠誠宣誓を行っています。これに対して、我が国では、国旗・国歌法が存在するだけで、国旗・国歌を保護し、尊重する義務を定めた法律など存在しません。このように、彼我の違いを無視し、米国の突出した国旗焼却事件だけを持ち出して国旗損壊罪は表現の自由を侵害するものであると批判するのは、明らかにバランスを欠いているのではないでしょうか。
ちなみに、金沢工業大学大学院の伊藤俊幸教授によりますと、表現の自由の在り方について、米国と欧州諸国とでは制度が異なるとのことです。伊藤教授によれば、米国は表現の自由を最優先価値とし、国家の象徴に対する否定的行為であっても、政治的意思表示である限り原則として保護しています。これに対して、ドイツ、フランス、イタリアなどの欧州諸国では、表現の自由を前提としつつも、公共の平穏や社会秩序を侵害する場合には一定の制約を認めると言います。このように考えた場合、我が国でも、表現の自由について、公共の福祉による制約が認められていますから、むしろ欧州諸国に近いのではないでしょうか。
この点、国旗損壊罪法案では、表現の自由を侵害することのないよう、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損する行為、つまり、通常、犯罪的行為とみなされる行為のみを問題としていますから、この法律が正しく運用、適用される限り、表現の自由の侵害には当たらないと思われます。
このように、そもそも法案に言う国旗損壊行為は表現の自由の範疇外にあると思われますが、それに加えて、同法案では、国旗損壊行為が人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法で行われたときに限定しています。その上、その方法に該当するかどうかの判断は、行為の外形、周囲の状況その他の客観的な事情を総合的に勘案すべしとし、さらに、この法律の適用に当たっては、表現の自由その他の日本国憲法の保障する国民の自由と権利を不当に侵害しないように留意しなければならないとまで定めています。それゆえ、本法律が保護されるべき政治的表現の自由の侵害に当たらないことは、間違いないと考えております。
終わりに、国旗・国歌は、国家の象徴であり、国家の尊厳の象徴です。であれば、国旗損壊罪の制定をきっかけに、そもそも国旗とは何か、国家とは何かといった問題について国民が真剣に考えてみる必要があるのではないでしょうか。国旗損壊罪の創設がそのきっかけになることを願っています。
以上、本法律が速やかに成立することを期待しまして、私の意見陳述を終わります。
御清聴ありがとうございました。(拍手)
0会会議録情報政府参考人など
令和八年六月二十五日(木曜日)
午前九時開議
出席委員
委員長 山下 貴司君
理事 安藤たかお君 理事 鈴木 馨祐君
理事 中根 一幸君 理事 長谷川淳二君
理事 鳩山 二郎君 理事 後藤 祐一君
理事 浦野 靖人君 理事 森ようすけ君
東 国幹君 衛藤 博昭君
大空 幸星君 岡本 康宏君
長田紘一郎君 金子 容三君
川崎ひでと君 河野 正美君
こうらい啓一郎君 坂本竜太郎君
佐藤 主迪君 平 将明君
辻 由布子君 中田 宏君
平井 卓也君 平沢 勝栄君
文月 涼君 …
この発言のページ
1
山下貴司(自民)
これより会議を開きます。
松野博一君外十六名提出、国旗の損壊等の処罰に関する法律案を議題といたします。
本日は、本案審査のため、参考人として、日本大学名誉教授百地章君、桃山学院大学副学長・法学部教授江藤隆之君、中央大学法科大学院教授・弁護士野村修也君、武蔵野美術大学造形学部教授・学長補佐志田陽子君、以上四名の方々から御意見を承ることにいたしております。
この際、参考人各位に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用中のところ本委員会に御出席を賜りまして、誠にありがとうございます。本案について、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、…
この発言のページ
- (上の発言)
2百百地章日本大学名誉教授
皆さん、おはようございます。ただいま御紹介いただきました日本大学の百地でございます。
専門は憲法学ですが、国旗損壊罪法案につきまして、賛成の立場から、所見の一端を述べさせていただきます。
時間が十分と限られておりますので、少々早口で失礼いたします。
一、国旗損壊罪の必要性について。
刑法二百六十一条には器物損壊罪があり、これによって国旗損壊行為を罰することは可能です。しかし、同罪では、他人の所有する国旗を損壊した場合は罰することはできますが、自己の所有する国旗を損壊した場合は罰することができません。
また、我が国には、外国国章損壊罪はありますが、肝腎な自国の国旗に対する国旗損壊罪は存在しません。これは独立した主権国家として明らかにバランスを欠いており、不合理だと思われます。それゆえ、国旗の尊厳を保護するためにも、速やかに国旗損壊罪を導入すべきであると考えています。
この点、G7諸国のうち、米国、フランス、ドイツ、イタリアには国旗損壊罪があり、米国では、国旗を故意に切断、損傷、汚染、床や地面に放置、踏みつけをした者に対し、罰金、一年以下の禁錮、又はその両方に処するとしています。それゆえ、我が国でも当然、G7諸国並みに国旗損壊罪を制定すべきではないでしょうか。
ちなみに、国旗損壊罪に反対する人々から、果たしてそのような法律を制定するための立法事実は存在するのかとの疑問が投げかけられていますが、国旗を損壊するような事例は実際に存在しています。
例えば、昭和六十二年の沖縄国体会場で、掲揚されていた日の丸を引き降ろし、ライターで火をつけ焼失させた事件。平成三年、富山大学の学生らが、日の丸の掲揚に反対して、大学正門に掲揚されていた国旗を引き降ろした事件。平成二十一年、鹿児島県で開かれた衆議院選挙のための集会において、日の丸二枚を切り張りして制作した民主党旗が掲げられた事例。さらに、近年では、令和七年、参議院選挙期間中に、参政党の街頭演説に抗議した者がバツ印をつけた日の丸を掲げた事例など、幾つか挙げることができます。
二、国旗損壊罪の保護法益をめぐって。
次に、国旗損壊罪の保護法益について考えてみたいと思います。
我が国では、日の丸、日章旗を国旗、君が代を国歌と定めた国旗・国歌法は存在しますが、国旗・国歌を尊重する義務はなく、国旗を保護する法律は存在しません。にもかかわらず、つい先頃まで、国旗・国歌法の制定にまで反対し、国旗掲揚時の起立に抗議した教員がいたり、職務命令による国歌君が代の伴奏を拒否し、裁判にまでなった教員までいました。それゆえ、このような異常事態を解消するためには、積極的に国旗を保護する法律が必要ではないでしょうか。また、今こそ戦後放置されてきた諸問題を解決する一環として、国旗損壊罪の制定は必要と思われます。
この点、国旗損壊罪法案では、保護法益として国旗を大切に思う国民感情を挙げています。もちろん、これに異論はありません。しかし、更に言うならば、国旗に象徴される国の威信と名誉こそ本当の保護法益ではないでしょうか。そして、国旗損壊罪の保護法益が、自国の国旗を大切に思う国民感情だけでなく、国旗に象徴される国の威信と名誉も含むのであれば、行為者の意図、目的も問題とするのが自然ではないでしょうか。報道によりますと、行為者の意図や目的を問題とせず、国旗損壊という行為のみを問題としたのは、憲法が保障する思想、良心の自由との関連で問題が生じないよう、あえて避けたのではなかろうかと推察されます。
しかし、もしそうだとするならば、そのような消極的な態度は疑問であります。というのは、現に、現行刑法では、外国国旗損壊罪が、外国に対して侮辱を加える目的で外国の国旗を損壊した場合にこれを罰するとしているのですから、自国の国旗損壊罪についてのみ、行為者の意図、目的を不要とするのはいかがなものでしょうか。
言うまでもなく、国旗は、国家の象徴で、国家の尊厳の象徴であります。それゆえ、世界の多くの国々が、国旗を保護すべく様々な措置を取っています。我が国の外国国旗損壊罪も、外国の国益を守ることがそもそもの立法理由でありました。にもかかわらず、自国の国旗を保護するための法律が存在しないというのは、明らかにバランスを欠いており、本末転倒だと思います。
ちなみに、国旗損壊罪に反対する人々は、刑法第四章は「国交に関する罪」となっており、第九十二条の外国国章損壊罪の目的は円滑な外交関係の維持にある、それゆえ、保護法益が異なるのだから、この章に国旗損壊罪がないのは当然であると主張してきました。しかし、平成七年に刑法が改正されるまでは、第四章は外国に対する罪となっており、円滑な外交関係の維持だけが目的ではありませんでした。つまり、外国の国益を侵害するような行為、例えば外国に対する私的な戦闘行為の予備、あるいは交戦国に対する中立命令違反等も処罰の対象としていました。
つまり、第四章は元々、外国の国益に対する侵害行為を処罰するものでありました。そして、外国国章損壊罪も究極的には外国の国益を守ることが目的でありました。この点、国旗損壊罪も、国旗に象徴される国の威信と名誉、つまり国益の保護にあると考えられますから、外国の国益か自国の国益かの違いはあれ、国益の保護という点で共通していると思われます。
三、国旗損壊罪と表現の自由。
我が国では、国旗損壊罪というと、米国の国旗焼却事件、これを持ち出して表現の自由を侵害するものであると批判する人々が少なくありません。確かに、米国では、国旗の焼却を処罰する州法が連邦憲法の保障する表現の自由に反するとの理由で、被告人が無罪とされたことがあります。しかし一方では、連邦議会において、国旗の冒涜を禁止すべく、何度も憲法の修正、改正が試みられているのも事実であります。
また、表現の自由が大切であることはもちろんですが、米国と我が国とでは表現の自由に対する考え方や保障の範囲に多少違いがあるのも事実です。例えば、アメリカではヘイトスピーチの取締りさえ表現の自由に反するとされています。これに対して、我が国では、ヘイトスピーチ解消法が制定されています。それゆえ、米国の例だけ持ち出して一方的に国旗損壊罪に反対するのは疑問であります。この点、我が国で国旗の焼却まで表現の自由に含まれていると考えている国民が果たしてどれだけいるのか、正直疑問に思われます。
更に言えば、米国では、国旗焼却まで表現の自由に含める一方で、全ての国民に対して国旗・国歌を尊重するよう法律を定めています。合衆国法典第三十六編第十章愛国的慣例。それだけでなく、公立学校においては毎朝、国旗に対する忠誠宣誓を行っています。これに対して、我が国では、国旗・国歌法が存在するだけで、国旗・国歌を保護し、尊重する義務を定めた法律など存在しません。このように、彼我の違いを無視し、米国の突出した国旗焼却事件だけを持ち出して国旗損壊罪は表現の自由を侵害するものであると批判するのは、明らかにバランスを欠いているのではないでしょうか。
ちなみに、金沢工業大学大学院の伊藤俊幸教授によりますと、表現の自由の在り方について、米国と欧州諸国とでは制度が異なるとのことです。伊藤教授によれば、米国は表現の自由を最優先価値とし、国家の象徴に対する否定的行為であっても、政治的意思表示である限り原則として保護しています。これに対して、ドイツ、フランス、イタリアなどの欧州諸国では、表現の自由を前提としつつも、公共の平穏や社会秩序を侵害する場合には一定の制約を認めると言います。このように考えた場合、我が国でも、表現の自由について、公共の福祉による制約が認められていますから、むしろ欧州諸国に近いのではないでしょうか。
この点、国旗損壊罪法案では、表現の自由を侵害することのないよう、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損する行為、つまり、通常、犯罪的行為とみなされる行為のみを問題としていますから、この法律が正しく運用、適用される限り、表現の自由の侵害には当たらないと思われます。
このように、そもそも法案に言う国旗損壊行為は表現の自由の範疇外にあると思われますが、それに加えて、同法案では、国旗損壊行為が人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法で行われたときに限定しています。その上、その方法に該当するかどうかの判断は、行為の外形、周囲の状況その他の客観的な事情を総合的に勘案すべしとし、さらに、この法律の適用に当たっては、表現の自由その他の日本国憲法の保障する国民の自由と権利を不当に侵害しないように留意しなければならないとまで定めています。それゆえ、本法律が保護されるべき政治的表現の自由の侵害に当たらないことは、間違いないと考えております。
終わりに、国旗・国歌は、国家の象徴であり、国家の尊厳の象徴です。であれば、国旗損壊罪の制定をきっかけに、そもそも国旗とは何か、国家とは何かといった問題について国民が真剣に考えてみる必要があるのではないでしょうか。国旗損壊罪の創設がそのきっかけになることを願っています。
以上、本法律が速やかに成立することを期待しまして、私の意見陳述を終わります。
御清聴ありがとうございました。(拍手)
3
山下貴司(自民)
ありがとうございました。
次に、江藤参考人にお願いいたします。
この発言のページ
4江江藤隆之桃山学院大学副学長・法学部教授
ただいま御紹介にあずかりました江藤でございます。
本日は、意見を述べる機会をいただき、誠にありがとうございます。
刑法研究者の立場から、理論面と、制定後に予想される適用面について意見を申し上げます。
まず、理論面です。
刑罰法規を新設する場合には、単にその行為は望ましくないというだけでは足りません。刑罰は、国家が個人に科す最も強力な制裁であり、用いるには、必要性、相当性、処罰範囲の明確性が求められます。ここで問題となるのが、立法事実です。
立法事実とは、法律の必要性を基礎づける事実であり、目的だけでなく、手段の合理性も含みます。つまり、刑罰の新…
この発言のページ
5
山下貴司(自民)
ありがとうございました。
次に、野村参考人にお願いいたします。
この発言のページ