近藤和也 (中道改革連合)

2026年4月16日・第221回国会 衆議院 災害対策特別委員会 第5号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 132 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 183 発言)

変えるつもりはないという御答弁だと思うんですけれども、せっかくこういうものがあるんですから、しかも、伺うと、これは三宅島の噴火のときにつくられたそうですね。もう二十年以上前ですよね。市町もそれぞれ合併していきますが、逆に、合併をどんどんどんどんしていくと、どんどんどんどんこの制度から遠ざかってしまうということにもなってしまうと思います。

今後、南海トラフ等も起きる可能性は高い、いつかはそういうことも可能性としてあるわけですけれども、自分のところに戻れない人、ようやく戻れるようになった人、そして、被害認定調査を再度やってもらったけれども、やはり一部損壊、準半壊、でも場合によっては数百万、一千万円以上お金がかかるというときに、せっかくこういう制度があって使えないというのは、私はもったいないな、何とかしていただきたいなと思うので、是非とも皆様に問題意識を持っていただければと思います。

それでは、次の質問に参ります。

これは私の事例なんですけれども、家に帰ったのは一月三日の夜でした。そして、家は普通に残っていました。ただ、壁紙等が落ちていました。そして、お風呂は一月五日以降かなり早い方だったんですけれども、入れるようになりました。家の中はぐちゃぐちゃですが、寝泊まりもできるような状態でした。これは罹災証明を取らなくてもいいかなと、私自身も忙しかったということがあったので、罹災証明を取りませんでした。

そして、一年近くたった十二月に雨漏りが発覚いたしました。そして、雨漏りはなぜか一週間後ぐらいに直ってくれていました。原因は分からないんですけれども、雪の重みのせいでというふうに当時は思っていました。

そして、それから一年たって丸二年たって、今年の一月三日か四日ぐらいに雨漏りが一か所だけではなくて五か所ぐらい出てきて、これは無理だということで、瓦屋さんに頼みました。

今はブルーシートの状態なんですが、こういうお話をすると、能登の奥の方、被害が比較的軽かった方は、うんうん、そうだそうだ、分かる分かると言うんです。要は、罹災証明を取ろうと思ったら、もう時期が終わっているわけですよ。

ちなみに、資料の9ですが、これは瓦屋さんが撮られた写真です。左上が、棟瓦のところがちょっとゆがんで見えておりますが、下の二つ、要は、こういう状態になっていたのが屋根の上だから分からないわけです。家が密集しているところであれば、あんたとこの屋根は壊れとるよとなるんですけれども、ちなみに、これは私の家の写真です、こういう状態になっていることが分かりませんでした。

次のページ。今ブルーシートをかけていただいたんですけれども、現役世代であれば修理のお金を出せるんでしょうが、現役世代ではない方は準半壊以上であれば応急修理制度が使えたりします。時間がたった後に罹災証明を取れるようにしていただきたい。もちろん、普通の劣化は駄目だというのは分かりますけれども、これは私がお願いしたいというわけじゃないんですよ、私のような例がたくさんいらっしゃるということであえて申し上げていますが、明らかに地震のせいで家が壊れたということが分かればこちらも再度罹災証明が取れるようにしていただきたいんですけれども、いかがでしょうか。

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