参政党の松田学でございます。
本日は、参考人の皆様にはいろんなことを教えていただきまして、誠にありがとうございました。
私からは、もう金融監督御当局の方に質問をさせていただきたいと思います。
かつて日本経済がバブルだった頃に、銀行が値上がりする土地を担保にして融資を受けたらどうだと借入れを慫慂して貸し込んで、結果としてバブルが崩壊して債務者が大変な苦境に陥ったと。本件のスルガ銀行の案件を見ましても、何かこれと似たような面が、過剰融資によりまして結局債務者に被害を与えているという、銀行が収益を狙う余りですね、そういう似たような側面があるような感じに受け止めておりますけれども。
バブル崩壊の後、銀行の主たるテーマは不良債権処理。その中で、銀行もリスクテークに慎重になっている中で、私も大蔵省にいたときに携わった金融監督庁というのが設立されまして、その後金融庁になったわけなんですが、当時は銀行の財務の健全性を重視するという観点から、厳しい検査がある、もう厳格な検査というか監督ということに行きまして、結局、銀行のリスクテークを萎縮させてしまったと。それが特に中小零細企業に対するリスクマネーの提供というのをシュリンクさせてしまって不況を長引かせたという反省に立って、恐らく金融庁は、いや、むしろ積極的な融資をして、奨励してですね、この方向へと行政を転換して、低金利の下でも銀行に収益の機会を求めると、そういうビジネスモデルへの創意工夫を求めるようになったと。そういう中で、先ほども指摘のあった森当時の金融庁長官の発言もあったのではないかなというふうに思っておりますが、こういった銀行の融資、こういった行政の転換によって、結果として銀行に対する、銀行の融資行動に対するチェックが甘くなっていたということはないのかどうか、そしてそのことが今般のスルガ銀行のような問題の発生にもつながったという面はないかどうか。
当時、金融処分庁から金融育成庁へと転換するということで金融庁検査局も廃止したんではないかと思いますけれども、こうした行政の転換が本当に妥当だったのかどうかが問われているのがこの今回のスルガ銀行問題ではないかと思いますが、大臣の御所見を伺いたいと思います。
84
浅田均(維新)
それはね、ブラックスワンです。ない話をされているのです。
で、今回のように問題解決まで非常に時間が掛かっていると。だから、今のやり方ですと、被害者がだまされたことを立証するのではなくて、銀行が適正な融資であったことを証明できない限り契約解除に応じさせるべきと考えます。こういうことは金融庁としては指導できないんですか。
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85石石田晋也金融庁監督局長
ただいまの御指摘の立証責任の転換ということかと思いますが、現行の契約、その実務、あるいは民事訴訟制度、銀行法等の現行制度の下では、御指摘のようなことで転換ということを取るということは非常に難しいというふうに考えざるを得ないということをちょっと御理解いただければと思います。
一般論といたしまして、民法上の不法行為の立証責任は原告が負うものというふうに承知してございますので、その点も加えさせていただきたいと思いますが、その上で、先生の問題意識というところは私としても理解できるところでございますけれども、そういったものを実現していくということになりますと、先…
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浅田均(維新)
時間が参っておりますので、最後の発言にさせていただきますけれども、我が国において、まだヨーロッパとかほかの国とは違って、盗んだやつが悪いと。盗まれた人が悪いというふうな風土ではないんです。だから、だましたやつが悪いわけであって、だまされた人は悪くないんです。だまされた人が悪いというふうなロジックになっているから、私たちはこれだけ憤りを感じているんだと思いますという発言をさせていただいて、時間になりましたので終わります。
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- (上の発言)
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松田学(参政)
参政党の松田学でございます。
本日は、参考人の皆様にはいろんなことを教えていただきまして、誠にありがとうございました。
私からは、もう金融監督御当局の方に質問をさせていただきたいと思います。
かつて日本経済がバブルだった頃に、銀行が値上がりする土地を担保にして融資を受けたらどうだと借入れを慫慂して貸し込んで、結果としてバブルが崩壊して債務者が大変な苦境に陥ったと。本件のスルガ銀行の案件を見ましても、何かこれと似たような面が、過剰融資によりまして結局債務者に被害を与えているという、銀行が収益を狙う余りですね、そういう似たような側面があるような感じに受け止めておりますけれども。
バブル崩壊の後、銀行の主たるテーマは不良債権処理。その中で、銀行もリスクテークに慎重になっている中で、私も大蔵省にいたときに携わった金融監督庁というのが設立されまして、その後金融庁になったわけなんですが、当時は銀行の財務の健全性を重視するという観点から、厳しい検査がある、もう厳格な検査というか監督ということに行きまして、結局、銀行のリスクテークを萎縮させてしまったと。それが特に中小零細企業に対するリスクマネーの提供というのをシュリンクさせてしまって不況を長引かせたという反省に立って、恐らく金融庁は、いや、むしろ積極的な融資をして、奨励してですね、この方向へと行政を転換して、低金利の下でも銀行に収益の機会を求めると、そういうビジネスモデルへの創意工夫を求めるようになったと。そういう中で、先ほども指摘のあった森当時の金融庁長官の発言もあったのではないかなというふうに思っておりますが、こういった銀行の融資、こういった行政の転換によって、結果として銀行に対する、銀行の融資行動に対するチェックが甘くなっていたということはないのかどうか、そしてそのことが今般のスルガ銀行のような問題の発生にもつながったという面はないかどうか。
当時、金融処分庁から金融育成庁へと転換するということで金融庁検査局も廃止したんではないかと思いますけれども、こうした行政の転換が本当に妥当だったのかどうかが問われているのがこの今回のスルガ銀行問題ではないかと思いますが、大臣の御所見を伺いたいと思います。
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片山さつき(自民)財務大臣・内閣府特命担当大臣(金融)
貴重な御指摘ありがとうございます。
私も、不良債権が勃発したときにその処理の担当室長を、当時まだ大蔵省といった頃にしておりました。そのときの一年間が大蔵省銀行局の最後でございましたが、その後、金融監督庁からの流れに松田委員御自身も大変深く関わられたということで、いろいろな経緯の中ではおっしゃったような傾向がなかったとは言えないなと私も思いますが。
スルガ銀行の問題が発生した後にはなりますけれども、金融庁は、金融機関の将来にわたる健全性を確保する観点から、より効果的な検査監督を実現するために、二〇一八年の六月に、金融検査・監督の考え方と進め方、検査・監…
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松田学(参政)
これとも関連しますが、先ほどからいろんな指摘がありますけれども、昔、大蔵省が銀行行政を所管していた頃は、いわゆる護送船団方式の下で事前指導型の行政指導ということが水面下で行われて、これ非常に批判されたんですが、悪い面だけではなくて、多分様々な問題事案の発生を未然に防ぐとか、銀行に柔軟な対応を慫慂するとか、いろんな行政指導も行われていた時代もあったように思います。ただ、それは不透明で癒着であるということで、法令に基づいた事後チェック型行政への転換ということを迫られまして、財政と金融の分離、金融庁の設立に至ったという経緯があったように記憶しております。
た…
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片山さつき(自民)財務大臣・内閣府特命担当大臣(金融)
御指摘のように、金融機関が多く破綻した頃、その相前後もありまして、行政の方針を転換して、組織も転換したわけでございます。
それは本当に多々反省がありましたので、事後チェック型ということに変わったこと自体は、これはそれをまた元に戻すような要因が今あるというふうに私は思っておりませんが、財務の健全性だけじゃない、つまり自己資本比率は当時に比べて非常に全体的に上がっておりますが、それで何をやってもいいということは全然ないんであって、まさに業務運営の適切性の確保の観点からも、顧客対応とか、先ほど申し上げましたように、利用者保護ですね、預金者保護、投資家保護、こ…
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