お答え申し上げます。
平成二十八年の最高裁判所の調査報告書によりますと、当時の資料に、昭和二十六年に国立ハンセン病療養所で開廷されたいわゆる特別法廷、これに厚生省の職員が傍聴をしていたという記載があることは事実でございます。ただ、今御指摘の昭和二十八年の事務次官通知以降につきましては、当時の厚生省が特別法廷の実態を把握していたことを示す資料が確認できておりません。したがいまして、そのお尋ねの点につきましてお答えすることができておりません。
また、特別法廷の設置でありますけれど、一義的には最高裁判所が決定するものと承知をしておりまして、最高裁の決定事項について厚生省が積極的に意見をする立場にはなかったのではないかというふうに考えております。
210
小川克巳(自民)
時間が参っております。
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211
白川容子(共産)
終わりますね。
被害への補償がなぜ経済対策に含まれるのか、そのことのもう理解に苦しみます。こういうところにこそ反省のなさ、政府の反省のなさ、そして、この姿勢に真摯なところが本当に全く見られないことがうかがえるのではないかというふうに思っておりますので、このことを最後に強調いたしまして、質問を終わります。
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212
天畠大輔(れいわ)
代読します。
れいわ新選組の天畠大輔です。
かつて、ハンセン病への差別から、憲法違反の隔離法廷が九十五件も開かれました。その一つで、冤罪事件でもある菊池事件について、十一月十四日の予算委員会で取り上げました。高市総理も最高裁も、元患者と御家族に明白に謝罪しました。当たり前のことではありますが、高く評価します。菊池事件が再審開始されることを私は信じて疑いません。
そこで、本日は厚労省に質問します。
まず、菊池事件の概要です。
資料一。一九五一年、村役場職員の家にダイナマイトが投げ込まれ、Fさんが逮捕されました。当時は、差別的ならい予防法の下、地域…
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- (上の発言)
213大大坪寛子厚生労働省健康・生活衛生局長
お答え申し上げます。
平成二十八年の最高裁判所の調査報告書によりますと、当時の資料に、昭和二十六年に国立ハンセン病療養所で開廷されたいわゆる特別法廷、これに厚生省の職員が傍聴をしていたという記載があることは事実でございます。ただ、今御指摘の昭和二十八年の事務次官通知以降につきましては、当時の厚生省が特別法廷の実態を把握していたことを示す資料が確認できておりません。したがいまして、そのお尋ねの点につきましてお答えすることができておりません。
また、特別法廷の設置でありますけれど、一義的には最高裁判所が決定するものと承知をしておりまして、最高裁の決定事項について厚生省が積極的に意見をする立場にはなかったのではないかというふうに考えております。
214
小川克巳(自民)
天畠君が発言の準備をしておりますので、お待ちください。
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215
天畠大輔(れいわ)
旧厚生省の重大な職務怠慢です。代読お願いします。
先ほど挙げた昭和二十八年の事務次官通知では、入所者の外出制限の例外として、外出許可証明などの手続を明記しています。ですから、外出許可について把握しているはずの旧厚生省が、隔離法廷の実態を把握していなかったことなど考えられません。隔離法廷は最高裁の決定事項だったので旧厚生省は積極的に意見をする立場にはなかったなどという言い訳は、到底通用しません。時間の経過によって仮に資料による確認ができないにしても、結果として療養所における隔離法廷が見過ごされてきたことは厳然たる事実です。
旧厚生省は、入所者が隔離法廷…
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上野賢一郎(自民)厚生労働大臣
最高裁判所の調査報告書におきましては、過去に特別法廷の運用が行われたことは、遅くとも昭和三十五年以降については合理性を欠く差別的な取扱いであったことが疑われるとされているものと承知をしております。
ハンセン病問題に関する検証会議の報告書でも特別法廷について触れられているとおり、らい予防法による国の隔離政策により、ハンセン病元患者の皆様が人権上の制約を受けられたこと、ハンセン病に対する社会の厳しい差別、偏見を生じさせてしまったことについて、厚生労働大臣として真摯に反省し、深くおわびをするとともに、ハンセン病に対する偏見、差別の解消に向けて一層取組を進めて…
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