青柳仁士 (日本維新の会)

2025年11月19日・第219回国会 衆議院 内閣委員会 第2号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 239 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 376 発言)

ありがとうございます。

外務省の総政局長から、これからは日本も和平調停についても積極的に取り組んでいくという御答弁をいただいたことは、非常に重要なことだろうと思っております。

これまで、復興であるとか国際協力については日本は確かに主導的な責任を果たしてまいりましたが、平和をつくる、和平をつくっていく、そういうところにおいては、やはりちょっと脇役といいますか、脇役の脇役ぐらいの状況だったと客観的に見て思っておりますので、こういった力強いお言葉をいただけたことは、非常に心強く思っております。

それでは、続いて、責任ある積極財政について城内大臣にお伺いできればと思います。

これは先ほども同じような質問があったんですが、それに付加して、やはり、責任ある積極財政ということを打ち出すというのは、当然のことながら、これから財政出動を増やすんだろうというふうに誰でも思うわけですね。

ところが、今までの政府の御説明、私もこの質疑の前に問取りなんかでお話を聞いていても、いや、物価上昇の、成長率の範囲内に収めるんだとか、あるいは強い経済をつくるんだとか、戦略的な投資をするんだと。これは実は、岸田政権そして石破政権が言っていたことも同じなんですね。

ですから、積極財政と打ち出す以上は、一体何が今までと違ったのかというところは、やはりはっきりさせるべきだろうと思うんです。

責任あると言っている以上は、ある意味で、アベノミクスは責任を持っていたと私は思うんですよ。というのは、やはり消費者物価指数上昇率二%を安定的に達成するまで日銀が国債を購入するというようなことを明示した上で国債発行をやっていましたから。あれが多過ぎるんじゃないかとか、あれが今のインフレみたいなのを招いたんじゃないかとか、財政を放漫化したんじゃないか、いろいろな御批判もあるし、ばらまいただけで全然投資になっていなかったんじゃないか、いろいろあると思いますが、ただ、責任は持っていたと思うんですよね。こういうふうにやりますよ、ここまでは出しますよと言った上で出していたので、責任は持っていたと思うんです。まさに責任ある積極財政だったと思うんです、結果はどうあれ、やり方としては。

ですから、何も言わずに、責任ある積極財政という定義を曖昧にしたまま、とにかく積極財政を増やすんですということだと、一体どこまで増やすのか。今、アベノミクスの時代ともう状況も違いますから、あのときは確かにデフレで、幾らお金を出してもデフレが変わらない状況。今はもう数値の上ではCPIの二%はとっくに過ぎていますし、それから、日銀も今対応に苦慮している状況だと思います。

もう何でもかんでも発行できる、国債発行できる状況でもないと思うんですけれども、その中での責任あるというのはどういうことなのか、これまでとはどう違うのか、教えていただければと思います。

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