ありがとうございます。
子供たち、助けてと言えない、事実だと思います。これはちょっと古いデータですが、二〇一八年の文科省の調べでは、子供の自殺、去年が最悪で五百二十七人でした。二〇一八年の文科省データでは、子供の自殺の要因の五八・四%が要因が不明だと、結局後で追っても分からなかったと。死ぬほど苦しんでいるのに誰にも相談していない。
私は、ちょっと漠とした意見になりますが、どこに原因があるかと、いろいろあると思いますが、一つは、やっぱり私たち大人が助けてと言わないからですよ。やっぱり、立派な大人、立派な社会人というのは自己責任で生きていけるというふうにどこか思っている。
昨今の闇バイトの話にしても、もうこれ以上行ったらやばいという場面は来ているわけですよね。でも、そこでさえ家族にも相談できない、まあ家族に危害が及ぶということで脅されていたというのはある。けど、ある事件では、二十二歳の犯人のおじいちゃんが、こんなことになるぐらいだったら家族に危害が及んだ方がよかったとコメント出しているんですね。それほどいい家族が近くにいたのに、なお相談できないと。
私は、やはりその大本は、やっぱりこの日本の社会そのものが、あるいは教育、まあ学校教育が全てがそうだとは言いませんが、学校教育でなぜ社会保障を教えないのか、なぜ社会保障の利用の仕方を教えないのか。そこはカリキュラムに入っていないからです、当然。でも、何で入らないのか。それは、やっぱり学校教育が目指すところは自己責任が取れる強者教育だからですよ。一人で生きていける力を得るのが言わば教育の目的になっている。
最近、学校の先生が六千人以上、年間、休職に追い込まれている。私は、ちょっと皮肉な言い方で、当事者の先生たちを別にやゆするわけではありませんが、逆に言うと、あの先生方は人間とは何かということを子供たちに示している場面かもしれない。そして、休職してもこの国はちゃんと休職者を守ってくれる制度がある、社会保障制度があるということを身をもって子供の前で見せているかもしれない。
私は、やっぱり学校教育も含めて、やっぱり今まで大人社会が目指してきたものが強者教育、強くなければ生きていけないという、これはもうイデオロギーに近いですね、こういうものを大人がまず崩していかないと、子供にいざとなったら助けてって言っていいんだと言っても、だって、あなた言ってないじゃないかと子供たちは見ているわけですね。それが一つ。
もう一つは、その入れ歯問題のところの話ですが、まさにこれどうしていくのかというのは大事なんですね。それで、エンディングノートではないですが、うちは出会ってから、ちょっと細かい話すると、路上のときの記録、自立支援施設なり制度に入ったときの記録、それから日常生活に入っての記録といって一貫したデータベースをつくっています。
それを持った担当者がお医者さんのところ行って、この人の例えば生活状況はこうでした、嗜好はこういう嗜好、コミュニケーションに関してはこういう問題を持っているということを、当然、お医者さんがオーケーだったらですね、お医者さんは、お医者さんの方からデータは余り出ないんですけど、こちら側からのデータは待っているわけですね。ですから、うちのサポートの職員が行って、この人こういう人でした、出会いは路上でこういう状態でしたという話からすることで、逆にお医者さんは治療に役立ててくださるわけですね。
ですから、そういう我々は一貫したそのデータベースをつくる。実は、家族の機能は記憶の装置だったんです。家族は、文書としては残していませんけれども、記憶として長年のデータを分析し、蓄積しているんですね。この家族がいないということは、つまり、そのデータを出す人がいなくなって、それに関わる人たちは、介護保険制度でもそうです、私、九十四歳の母親と同居していますけれども、ケアマネさんは八割家族としゃべっていますよ。最後の二割が本人に同意をもらっているというところですね。お母さん最近どうですかというのが大体第一声で、いや、最近ちょっとね、いろいろありましてみたいな、この実は記憶という装置が家族だったんですね。
ここがなくなると、実は社会保障制度もうまく使えない。それはなぜか。データがないからですね。ここのところは、一貫して最初からそれに取り組んできましたので、このデータベース、ただ、それでさえ第三者提供していいのかという、本人承諾を得ていますよ、お医者さんには出しますよということを言いますけれども、その枠組みの問題は残ります。
以上です。
55高高木かおり(維新)
時間が参りましたので、終わります。ありがとうございました。
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56
福山哲郎(立憲)
伊藤孝恵君。
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57
伊藤孝恵(国民)
冒頭、奥田参考人にお伺いします。
いただいた資料の二十四ページ、「わたしがいる あなたがいる なんとかなる」、この言葉を見てちょっと落涙をしそうになりました。本当にそうなんです。何とかなる、この苦しい一瞬を乗り越えてどうにか生き抜いてほしい、幸せになってほしいと思うところでありますけれども。
我々、やはり小さい頃から人様に迷惑を掛けないようにというふうに教わりながら大きくなりました。そんな中で、先ほど助けてを言えないというような、そういう御指摘があった中で、やっぱり子供たちを今見ていると、余計、何かあったら言ってねと言っても、子供たち、何かあったらと…
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- (上の発言)
58奥奥田知志認定NPO法人抱樸理事長
ありがとうございます。
子供たち、助けてと言えない、事実だと思います。これはちょっと古いデータですが、二〇一八年の文科省の調べでは、子供の自殺、去年が最悪で五百二十七人でした。二〇一八年の文科省データでは、子供の自殺の要因の五八・四%が要因が不明だと、結局後で追っても分からなかったと。死ぬほど苦しんでいるのに誰にも相談していない。
私は、ちょっと漠とした意見になりますが、どこに原因があるかと、いろいろあると思いますが、一つは、やっぱり私たち大人が助けてと言わないからですよ。やっぱり、立派な大人、立派な社会人というのは自己責任で生きていけるというふうにどこか思っている。
昨今の闇バイトの話にしても、もうこれ以上行ったらやばいという場面は来ているわけですよね。でも、そこでさえ家族にも相談できない、まあ家族に危害が及ぶということで脅されていたというのはある。けど、ある事件では、二十二歳の犯人のおじいちゃんが、こんなことになるぐらいだったら家族に危害が及んだ方がよかったとコメント出しているんですね。それほどいい家族が近くにいたのに、なお相談できないと。
私は、やはりその大本は、やっぱりこの日本の社会そのものが、あるいは教育、まあ学校教育が全てがそうだとは言いませんが、学校教育でなぜ社会保障を教えないのか、なぜ社会保障の利用の仕方を教えないのか。そこはカリキュラムに入っていないからです、当然。でも、何で入らないのか。それは、やっぱり学校教育が目指すところは自己責任が取れる強者教育だからですよ。一人で生きていける力を得るのが言わば教育の目的になっている。
最近、学校の先生が六千人以上、年間、休職に追い込まれている。私は、ちょっと皮肉な言い方で、当事者の先生たちを別にやゆするわけではありませんが、逆に言うと、あの先生方は人間とは何かということを子供たちに示している場面かもしれない。そして、休職してもこの国はちゃんと休職者を守ってくれる制度がある、社会保障制度があるということを身をもって子供の前で見せているかもしれない。
私は、やっぱり学校教育も含めて、やっぱり今まで大人社会が目指してきたものが強者教育、強くなければ生きていけないという、これはもうイデオロギーに近いですね、こういうものを大人がまず崩していかないと、子供にいざとなったら助けてって言っていいんだと言っても、だって、あなた言ってないじゃないかと子供たちは見ているわけですね。それが一つ。
もう一つは、その入れ歯問題のところの話ですが、まさにこれどうしていくのかというのは大事なんですね。それで、エンディングノートではないですが、うちは出会ってから、ちょっと細かい話すると、路上のときの記録、自立支援施設なり制度に入ったときの記録、それから日常生活に入っての記録といって一貫したデータベースをつくっています。
それを持った担当者がお医者さんのところ行って、この人の例えば生活状況はこうでした、嗜好はこういう嗜好、コミュニケーションに関してはこういう問題を持っているということを、当然、お医者さんがオーケーだったらですね、お医者さんは、お医者さんの方からデータは余り出ないんですけど、こちら側からのデータは待っているわけですね。ですから、うちのサポートの職員が行って、この人こういう人でした、出会いは路上でこういう状態でしたという話からすることで、逆にお医者さんは治療に役立ててくださるわけですね。
ですから、そういう我々は一貫したそのデータベースをつくる。実は、家族の機能は記憶の装置だったんです。家族は、文書としては残していませんけれども、記憶として長年のデータを分析し、蓄積しているんですね。この家族がいないということは、つまり、そのデータを出す人がいなくなって、それに関わる人たちは、介護保険制度でもそうです、私、九十四歳の母親と同居していますけれども、ケアマネさんは八割家族としゃべっていますよ。最後の二割が本人に同意をもらっているというところですね。お母さん最近どうですかというのが大体第一声で、いや、最近ちょっとね、いろいろありましてみたいな、この実は記憶という装置が家族だったんですね。
ここがなくなると、実は社会保障制度もうまく使えない。それはなぜか。データがないからですね。ここのところは、一貫して最初からそれに取り組んできましたので、このデータベース、ただ、それでさえ第三者提供していいのかという、本人承諾を得ていますよ、お医者さんには出しますよということを言いますけれども、その枠組みの問題は残ります。
以上です。
59
伊藤孝恵(国民)
谷口参考人にお伺いします。
孤独の究極が死だと思います。そういう中で、その子供たち、五百二十七人の子供たちがどうしたら今日も生きていたのか。そういうものを、この結論を出していくのがこの場だと思っておりまして、一つお伺いしたいのが、今日、外国人児童生徒の話がこの資料の中に出てきませんでした。ただ、私は当事者ということもあって、ヤングケアラーのそういった課題に一生懸命取り組んでおります。
そんな中で、一つの類型として、外国人児童生徒というものが入っていたんだとよく驚かれることがあります。この外国人児童生徒へのこういったアウトリーチ又はアプローチ、そういっ…
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60谷谷口仁史認定特定非営利活動法人スチューデント・サポート・フェイス代表理事
重要な御指摘、ありがとうございます。
実は、我々も国際交流協会と実は孤独・孤立対策のプラットフォームを形成をしております。また、日常的にもチームで対応するということをやっていまして、実際にそういった、そのそれぞれの国の文化を理解している人たちと一緒に組んでアウトリーチ掛けていくということも実践をしているわけであります。
やはり今、これ、佐賀はやはり実は人口が増えていまして、それはもう海外から来られる方の人口が増えているということでありますので、ますますそういった点には力を入れていきたいというふうに考えています。
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伊藤孝恵(国民)
最後に、藤井参考人にお伺いをいたします。
先ほど、分離政策というふうに御付言されました。障害のある方の雇用、特に農園ビジネスと言われる雇用形態についてお伺いしたいというふうに思います。
藤井参考人が、この法定雇用率を達成するために、法定のために雇うのが面倒だという企業意識が透けて見える、作物が直接的に賃金につながっていない、これは本当の意味で働いていると言えない、これは気付きにくい柔らかな形の排除だというふうに発言をされている記事を拝見しました。同感です。
障害者雇用推進法のその法にももとる、そういったビジネス形態が横行している、それは非常に課題だ…
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