今答弁なさったとおり、昨年三月十四日のやり取りの際も、これはノルマどおりでいいんじゃないかということで、もうそのときは直ちに参議院議員に全員に連絡をさせていただきましたとおっしゃっておられますので、恐らくそうなんだと思います。
ところが、私さっきも申し上げましたとおり、世耕参考人を筆頭に二十九名全員分、本当に苦しい時間でしたし、悲しい時間でもありましたけれども、それぞれの弁明、質疑、拝聴する立場にございました。令和四年の四月のノルマどおりの連絡に関する各議員について、これやり取り行われています。この各議員の記憶については、今から申し上げるとおりでございました。
世耕議員から連絡があったとした議員九名、これ時期不明を含むが直接世耕議員から連絡があった。誰からもなかった十名。政治倫理審査会で令和四年のノルマどおりという連絡があったかなかったかというやり取りがなかったのが九名。その他、ある意味メディアから聞いたとおっしゃった方が一人いらして、計二十九名です。審査会でやり取りがなかった十名を考慮しても、誰からもなかったとする議員が九名いらしたんです。ですので、世耕参考人としては全員に連絡をしたけれども、受けた側はもしかしたら記憶がどこか行ったのかもしれませんけれども、まあそこでまずそごが生じているということがございます。
そこで、もうこのやり取りをしても仕方ありませんので、世耕参考人御自身のことについてお伺いしたいと思います。
世耕参考人自身に課せられていたノルマの金額ということについては、お分かりでしたら、ここ五年、自民党の調査対象、平成三十年以降五年ですけれども、不記載とか還付金の額を議論するときにこれまた必要な情報だと思うんですけれども、課せられていたノルマの金額のみお答えください。
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世耕弘成(自民)
たくさん売った人には還付の仕組みはあるらしいというのは、これは随分まだ若手議員の頃に聞いたことがあると、そういうレベルでありました。
私自身は、ともかくノルマどおりに売れるかどうかも冷や冷やという状況でした。特に若手の頃は本当に大変でありましたし、私は、一つ、これ政倫審でも申し上げましたが、こだわりとして、和歌山の人には売りたくない、地元の選挙区の人には売りたくない。なぜならば、東京で開く派閥のパーティーを和歌山の人に押し付けるというのは、これは私は良くないと思っていたので、その分、まだまだ経済界等に人脈の少ない若手議員としてはともかくノルマを、ああ、…
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吉川沙織(立憲)
今、和歌山の方にはお売りにならないということは、これ去年三月十四日の政倫審の場で世耕参考人御自身も発言されておられましたが、この還付金の存在については、実は去年の政倫審の場でも、私は随分前から、十年以上前だと思いますけれども、認識をしておりました、還付金という仕組みがあること、それは知っていましたと繰り返し答弁をされていますが、一方で、深く考えることがなかった、深く考えることがありませんでした、還付金制度というものをほとんど意識しないでということは、どこかに意識はあったということではないかと思います。
そこで、先ほどもやり取りありましたが、令和四年四月…
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世耕弘成(自民)
これは安倍会長からの御指示でありますから、伝達漏れがあってはいけないということで、私は常にそういう政治家同士の連絡というのは、これ事務所を介さないで極力御本人の携帯電話に電話をさせていただいて直接伝えるということを当時モットーとしておりましたので、私は四月七日の安倍会長からの指示を受けて速やかにメンバー全員に電話をしたというふうに記憶をしております。
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- (上の発言)
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吉川沙織(立憲)
今答弁なさったとおり、昨年三月十四日のやり取りの際も、これはノルマどおりでいいんじゃないかということで、もうそのときは直ちに参議院議員に全員に連絡をさせていただきましたとおっしゃっておられますので、恐らくそうなんだと思います。
ところが、私さっきも申し上げましたとおり、世耕参考人を筆頭に二十九名全員分、本当に苦しい時間でしたし、悲しい時間でもありましたけれども、それぞれの弁明、質疑、拝聴する立場にございました。令和四年の四月のノルマどおりの連絡に関する各議員について、これやり取り行われています。この各議員の記憶については、今から申し上げるとおりでございました。
世耕議員から連絡があったとした議員九名、これ時期不明を含むが直接世耕議員から連絡があった。誰からもなかった十名。政治倫理審査会で令和四年のノルマどおりという連絡があったかなかったかというやり取りがなかったのが九名。その他、ある意味メディアから聞いたとおっしゃった方が一人いらして、計二十九名です。審査会でやり取りがなかった十名を考慮しても、誰からもなかったとする議員が九名いらしたんです。ですので、世耕参考人としては全員に連絡をしたけれども、受けた側はもしかしたら記憶がどこか行ったのかもしれませんけれども、まあそこでまずそごが生じているということがございます。
そこで、もうこのやり取りをしても仕方ありませんので、世耕参考人御自身のことについてお伺いしたいと思います。
世耕参考人自身に課せられていたノルマの金額ということについては、お分かりでしたら、ここ五年、自民党の調査対象、平成三十年以降五年ですけれども、不記載とか還付金の額を議論するときにこれまた必要な情報だと思うんですけれども、課せられていたノルマの金額のみお答えください。
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世耕弘成(自民)
ちょっと済みません、今数字をぱっと用意できていないんですが、恐らく最後の年は五百万円がノルマであったというふうに記憶をしております。だんだんだんだんこれ立場が上がっていくと金額が大きくなるという仕組みでありました。ですから、五百万円が私の一つの最後のノルマだったというふうに思っております。
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吉川沙織(立憲)
実際、昨年三月十四日、世耕参考人御自身が、二〇一九年、私は多分この年はノルマが五百万円ぐらいだったんじゃないかと思いますと発言なさっておられますし、これも本当に心苦しかったんですけれども、一期目で閣僚をおやりになった今回出席いただいた中のお一人が、もう一期目で閣僚になってしまって、ノルマが一気に上がってとってもつらかったという、こういう心情を吐露してくださった方もいらっしゃいましたので、まあ大体五百万ぐらいでないかと思いますが。
それでは、世耕参考人御自身のノルマの達成状況、この年は達成したとか、この年は達成しなかったとか、そういうのを把握でしたら、是…
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世耕弘成(自民)
これはですね、まあ二〇一二年ぐらいまでは、私はもう当時、ノルマ達成がかつかつであった。で、これは事務所にも、私は議員会館に大体おりましたので、今年は大丈夫かと言ったら、ノルマどおり何とか売れましたという報告を受けておりました。
私は二〇一二年十二月二十六日に第二次安倍政権の官房副長官に就任をいたしました。その頃からは、これは残念ながら議員会館の事務所に帰るのがそれこそ月に一日か二日、それも五分ぐらいということになりました。その辺りからまず非常に私は事務所の会計に対して私自身のチェックが甘くなっていった、これは否めないというふうに思っております。
それ…
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