下野六太 (公明党)

2025年6月5日・第217回国会 参議院 文教科学委員会 第12号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 75 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 220 発言)

是非そのような形で配慮をお願いしたいと思います。

続きまして、教職調整額と残業についてお伺いしたいと思いますが、教育公務員特例法の中で、教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければ、努めねばならないとある。私は、ここが民間の企業で働く皆さんとは違うところではないかというふうに思っています。この基となるのが、教育基本法からこれが出ているというふうに思っておりますが、ここの部分を、私は教職調整額というところで、中学校で三十年間勤務してきたときに私は守っていただいたなというふうに改めて思っているんですが。

どういうことかというと、若い先生が、この教職調整額なかったとしたら、ないとして、残業を管理職に言って認めてもらうかどうかというところで、その若い先生は自分が今からやろうと思っている残業が、それは管理職の目指していく学校経営上の中にあってそれが残業として認められるかどうかというようなことに関しては自信がないんです、それが、自分がやろうと思っていることがですね。だから、それをちょっと残業というのはおこがましいとか、これは残業に値しないんじゃないかとか、でもやりたい、そういう気持ちでいる。私はそうでしたから。だから、それを残業というふうには、認めてもらうにはちょっとどうかなというのが若い先生たちの中にはあると思います。だから、それを教職調整額というような形で私は守ってきていただいたんではないかなというふうに思っておりますが。

その中で、やはり教育基本法の中で、その使命と職責の重要性に鑑み、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、養成と研修の充実が図られなければならないというところだろうと私は認識しておりました。だから、教師になって五年、五、六年ぐらい、十年ぐらいはそんなにいい授業はできていなかったなと、今もって反省、何か赤くなるような気持ちがあります、いい授業はちょっと難しかったな。

だけども、今のこの教育基本法にあるように、使命と職責の重要性に鑑みて、その身分は尊重される、そして待遇の適正が期せられるというようなことがこの教育基本法の中できちんとやっぱり保障されているというようなことが、私は教師が教育公務員として存在するその価値ではなかったかというふうに思っております。

そういった意味で、若い先生にとって、自分の今からやろうとする、例えばですね、例えばこういうことなんですよ、中学校でいえば、完全下校が終わって、帰ってしまわないとできないんですよ。例えば、マット運動の研究、水泳の、プールでの研究。常に研究と修養に努めなければならない。だけども、生徒がいる間は、生徒のやっぱり命を預かっているわけですから、自分のことを先に優先してするわけにはいかないんですよ。だから、生徒が帰ってしまわないとできなかった。だから、生徒が帰ってしまうとなると、当然、その労基法的な考え方になると、残業の時間に値するわけですね。だけども、それはやっぱり、教師、教職という職責の中において、夢と希望を持って教育に従事しようとする、使命を果たしていこうとする教師がいるんだということなんですね。だから、だけども、自信がない、これは残業に値するかどうかということ、やってみないと分からないというところがあって、それでも挑戦をしたい。

だから、そういったところを全体的にその教職調整額が、勤務時間の内外を包括的に評価する仕組みである教職調整額があることが有り難かったなというふうに思っておりますが、これがやはり五十年ぶりに少しずつ改正をされていくということは私は有り難いことではないかなと思っておりますが、大臣の見解を伺いたいと思います。

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