秋野公造 (公明党)

2025年3月31日・第217回国会 参議院 厚生労働委員会 第5号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 52 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 121 発言)

公明党の秋野公造です。お役に立つことができるように質疑をしたいと思います。

私の伯父は、長崎原爆にて被爆死をいたしました。母を含むその他の家族はかつて満州と呼ばれた中国の吉林省におりまして、伯父は十二歳とか十三歳から独りぼっちで、家族と離れて、私の母校であります長崎大学医学部で学びたいという夢を持って、高校一年生のときに被爆死をしました。

資料の一の一には、伯父の無念を晴らしたいとの思いも手伝って、伯父が見たであろう景色、すぐ近くにあります長崎の城山小学校の被爆遺構を、当時の平野文科大臣に対して被爆遺構を文化財として保存するよう求め、大変前向きな答弁もいただきまして、そして今や、城山小学校の被爆遺構は文化財、史跡として大事な役割を担っています。

こうしてこれまで伯父のことを、核兵器反対の立場から、次のページもでありますけれども、国会にて質疑をさせていただいたり、昨年の秋には韓国の国会にも招かれましたので、伯父の被爆死を通して、韓国の国民の六割を超える方が核兵器を持つことを容認する、こういった世論に対して警鐘を鳴らすといったことにも取り組んできたところであります。

資料の二には、国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館の展示情報端末というのを開きますと、こうして伯父の情報も取ることができます。四角で囲ったところが写真でして、黒塗りのところに名前が書いておりました。十六歳で、八月九日、原爆投下直後に亡くなったということも整合性がありますが、亡くなった場所が三菱製鋼長崎製鋼所ということでありまして、勉強もせずに一体何をしていたのかということであります。工場で働いていたということなんですけれども。

まず、お伺いをしたいと思います。準軍属の定義についてお伺いをしたいと思います。

前後のやりとり

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