今回、日本政府がオブザーバー参加しないという決断に至った場合には、昨年十月、日本被団協がノーベル平和賞を受賞するという発表があったときに、石破総理は真剣に検討すると言っているわけです。しかし、今のお答えのような検討プロセスや結論であるとするならば、結論ありきの単なる時間稼ぎであったということを厳しく指摘をしなければなりません。
被爆から八十年、広島、長崎の原爆投下で犠牲になった二十万人を超える人々と、今なお苦しんでいらっしゃる被爆者に対して、日本政府は新たな歴史を開いていただきたいんです。
最後、こちらを御覧ください。パネル二。先日公表された、核保有国を含む七か国の世論調査の結果ですけれども、その中で、私はびっくりしました。核兵器を廃絶すべきという世論が、核保有国の中でもおよそ半数に及んでいるんです。戦時中のロシアは除きますが。
私がNGOで核廃絶の活動をしていた折には、核保有国で原爆展をやろうと思っても、会場さえも貸してもらえませんでした。核兵器は日本の侵略戦争を終わらせたとする原爆投下の正当化、この議論が強く、そして世論も広くて、被爆の実相など耳も傾けてもらえなかったんですね。それが今や、二十年、三十年たって、核兵器を廃絶すべきという世論が核保有国でも広がり、核兵器禁止条約が生まれ、核被害者の証言と核の非人道性についての認識に世界が目を向ける、こういう姿勢に変わり、被爆者がノーベル平和賞を受賞するという時代になりました。
大臣、私は、人類は歴史を変えることができる、戦争も核兵器もなくすことができるという希望と勇気を核兵器禁止条約の締約国会議の人々と場からいただいています。
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岩屋毅(自民)外務大臣
たくさんのことをおっしゃいましたので、うまくお答えできるかどうか分かりませんが、まず、安保条約の五条というのは尖閣に適用されるということを確認をしたところでございます。
それから、南西地域でのプレゼンスを日米が協力してしっかりキープしていこうというのは、まさに抑止力、対処力を強化することで紛争を防いでいこうという取組でございます。
一方、もちろん、外交による対話が最も大事だというふうに思っておりまして、それがためには、日米同盟のみならず、やはり多国間の枠組みが必要だと思っておりまして、例えば、先般ミュンヘンで開いた日米韓の枠組みなどもしっかり活用して…
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櫛渕万里(れいわ)
外務大臣、被爆者やICAN当事者に声を聞くということのお答えはありませんでした。こうした現場の声を聞かないままに結論づけようとされているんでしょうか。そして、私も二度会議に行っていますけれども、ヒアリングを受けておりません。
そして、先ほどいろいろおっしゃっていましたけれども、オブザーバー参加の国々、先日のパネルでもお示ししましたが、直接政府とやり取りされましたか。そして、議長国であったオーストリアやメキシコ、こうした政府や、また国連軍縮部、こうしたところからも意見聴取したんでしょうか。こうしたところが日本のオブザーバー参加についてどのような見解を持っ…
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岩屋毅(自民)外務大臣
これまで、被爆者の方々や過去にオブザーバー参加した議員を含め、残念ながら委員からはお話を伺っていないということだと思いますが、市民社会、あるいは国政の各政党、地方議会、地方自治体の方々とは、石破総理や私も含め、日頃から様々、要請をいただいたり、意見交換を行ってきております。それから、各国との関係も、公開情報のみならず、それぞれ個別に当たって情報収集をしているところでございます。
その上で、様々な点を総合的かつ注意深く考慮した上で、近く判断をしたいと考えております。
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- (上の発言)
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櫛渕万里(れいわ)
今回、日本政府がオブザーバー参加しないという決断に至った場合には、昨年十月、日本被団協がノーベル平和賞を受賞するという発表があったときに、石破総理は真剣に検討すると言っているわけです。しかし、今のお答えのような検討プロセスや結論であるとするならば、結論ありきの単なる時間稼ぎであったということを厳しく指摘をしなければなりません。
被爆から八十年、広島、長崎の原爆投下で犠牲になった二十万人を超える人々と、今なお苦しんでいらっしゃる被爆者に対して、日本政府は新たな歴史を開いていただきたいんです。
最後、こちらを御覧ください。パネル二。先日公表された、核保有国を含む七か国の世論調査の結果ですけれども、その中で、私はびっくりしました。核兵器を廃絶すべきという世論が、核保有国の中でもおよそ半数に及んでいるんです。戦時中のロシアは除きますが。
私がNGOで核廃絶の活動をしていた折には、核保有国で原爆展をやろうと思っても、会場さえも貸してもらえませんでした。核兵器は日本の侵略戦争を終わらせたとする原爆投下の正当化、この議論が強く、そして世論も広くて、被爆の実相など耳も傾けてもらえなかったんですね。それが今や、二十年、三十年たって、核兵器を廃絶すべきという世論が核保有国でも広がり、核兵器禁止条約が生まれ、核被害者の証言と核の非人道性についての認識に世界が目を向ける、こういう姿勢に変わり、被爆者がノーベル平和賞を受賞するという時代になりました。
大臣、私は、人類は歴史を変えることができる、戦争も核兵器もなくすことができるという希望と勇気を核兵器禁止条約の締約国会議の人々と場からいただいています。
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安住淳(立憲)
櫛渕さん、時間が大幅に過ぎました。
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櫛渕万里(れいわ)
是非、最後、大臣、核兵器禁止条約のオブザーバー参加、決断をしていただくことを重ねて申し上げ、私の質問といたします。お願いいたします。
終わります。
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安住淳(立憲)
これにて櫛渕さんの質疑は終了いたしました。
次に、本村伸子さん。
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