馬淵澄夫 (立憲民主党)

2025年4月11日・第217回国会 衆議院 内閣委員会 第13号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 95 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 245 発言)

ありがとうございます。

今、城内大臣からの御説明をいただきましたが、この法案の中の肝の部分ですね。いわゆる理念法ですから、さきのサイバー法のような膨大な法律とはまたちょっと違うんですが、ここの肝の部分というのは、端的に申せば、後ほどまた触れますが、国民の責務もありますが、事業者の責務、七条、そして適正性の確保、いわゆるガイドラインですよね、これが十三条、さらには、調査研究と称した、ある意味ガイドラインに適しているか否かによって指導と助言等がなされる、この三つの条文が今回のAI法の私は肝の部分だと思っています。

そうした中で、この法案を作っていく上において、世界的なAIの趨勢というのを見ますと、私は大きく三つのモデルがあるかなというふうに、そのように受け止めております。

一つは、このDPF事業者が、いわゆるアメリカ型と呼ばれるもので、いわゆるデジタル放任主義。ある意味、ほとんど規制も何もしない。特に、トランプ大統領が就任されて、ここに関しては相当自由に闊達に、当然ながら、フロントランナーであるアメリカですから、そういった思いが強くなるのは致し方ないところかもしれません。こうしたアメリカ型、米国型のデジタル放任主義。そして一方で、これは国名はあえて言いませんが、国家主義体制、こうした国の、これはデジタル権威主義と呼ばれるもの。本当に、国家が権威を持って体制をがちっと固めてしまうというデジタル権威主義。そして三つ目が、これはEUです、いわゆるAI技術というものがデジタルプラットフォーマーにとって適切に関与しているのかということで、適切性の確認ということを強く打ち出している、デジタル立憲主義と呼ばれる。この三つの思想、ビジネスモデルが私はあるというふうに理解をしています。

そこで大臣にお尋ねしたいんですが、先ほど、現状認識と、そしてこの法案の肝の部分、三つの条文のところをお答えいただきましたが、我が国のこのAI法、理念法と言うべきこの法律については、権威主義のAI主義ではないのは間違いないでしょう。となると、アメリカ型の放任、いわゆるデジタル放任主義なのか、それともヨーロッパ型のデジタル立憲主義なのか。あるいは、それ以外の第三の道を目指そうとしているのか。これについては、具体的に、端的にで結構ですが、大臣、どのようにお考えでしょうか。

前後のやりとり

91の発言を見る

99の発言を見る