おはようございます。れいわ新選組の山川仁です。どうぞよろしくお願いいたします。
本日、皆さん方のお手元に資料を配付させていただいておりますが、今日は、ひめゆり平和祈念資料館のガイドブックを引用させていただいて、資料を三つお届けしておりますので、是非見ていただきながらお話を聞いていただければと思います。
皆さん方にいろいろお話をさせていただきたいのは、六月二十三日は何の日か御存じでしょうか。沖縄のカレンダーには日付のところに赤い文字で分かりやすく表記をされていますが、沖縄県内の学校や市役所などは公休日として県条例で定めており、沖縄戦で亡くなられた全てのみたまを追悼する慰霊の日となっているのが六月二十三日です。
御承知のとおり、今から八十年前、日本は米国等と戦争を行い、日本で唯一の地上戦が沖縄で繰り広げられ、その組織的な戦闘が終わった日が六月二十三日です。その後二十七年間、米国の統治下にあった沖縄はまだ日本ではなかったので琉球政府が存在し、お金もドルを使用し、日本へはパスポートが必要な時代でした。当時の甲子園でも、参加はできたようですが、甲子園の土を持ち帰ることはできなかったと聞いています。そのような米国統治下で、当時の琉球政府が慰霊の日として定めたところです。
この沖縄戦では米軍にすさまじい数の砲弾を撃ち込まれ、全てを焼き払われ、鉄の暴風と呼ばれ、語り継がれています。
一方、沖縄県民が自国の日本軍に守られたかというと、決してそうではありません。日本軍にとって沖縄戦は、米国の攻撃に対して本土を守るため時間を稼ぐ持久戦であったと認識されております。それによって沖縄県民は子供や高齢者まで防衛隊として動員をされ、訓練も受けず、武器もないまま戦いに参加させられた記録が残されており、ひめゆり学徒隊についても、歴史を勝手に変えることなく、また風化させることなく、是非閣僚の皆さん方には今年中に一度は沖縄の実相を共有し学び直すために訪問していただきますよう、切にお願いを申し上げます。
沖縄戦は、日米合わせて約二十万人余の犠牲者を出し、全ての県民を巻き込み、十二万二千人以上、県民の四人に一人が亡くなったと記録をされております。沖縄県民は日本軍によって捨て石にされたと語り継がれ、これは昔の終わった話ではありません。
昨日も不発弾による事故が起こってしまいました。自衛隊員四人が搬送されたとの報道もありましたが、処理に当たった隊員には一日も早い回復を祈るばかりです。沖縄戦によって沖縄県の地中に埋まった不発弾は約一千九百トン、処理するには約百年以上かかると推定され、今でも県民の命を脅かしているところです。
現政権は米軍辺野古新基地建設を県民の民意を無視して強行し、地方自治を崩壊させていること、同じ日本人として心が痛まないのかと、いつも痛切に感じております。そして、沖縄のみならず、米国の対中包囲網への協力のため先島諸島を始めとする日本列島全体への中距離ミサイル配備を進めていて、その状況下の影響で島から医療や自治が崩壊している事態を招き、どのように平和な日本、強い経済をつくるおつもりなのか、お考えいただきたいと思います。
れいわ新選組は、六月二十三日のこの日、かつての戦争が自国民を守らなかったことを思い起こしつつ、沖縄県民を始めとする戦争被害者の方々に哀悼の意を表したいと思います。そして、二度と戦をしてはならないと、沖縄県内、宮古島や八重山への自衛隊ミサイル配備に対する住民の反対運動や、石垣での米軍艦艇入港に反対する港湾労組など、多くの人々が行動していることにも敬意を表したいと思います。基地のない、戦争のない、豊かな沖縄をつくるために、政府として徹底した平和外交を行い、次の質問でも、与那国の医師確保や、島民を食料危機にさせない、飢えさせない、恐怖と不安に陥れないことを要望し、質問に入りたいと思います。
この時期の沖縄県内では、毎年、平和の礎の沖縄戦で亡くなられた刻銘者の読み上げが行われているところです。沖縄県の調べでは、刻銘者数は二十四万二千五百六十七名、沖縄県内は十四万九千六百七十四名、県外は七万八千三百三名と、多くの方々が刻銘されております。誰でもどこでも刻銘者に対して哀悼の意を表し名前を読み上げておるところですが、全ての戦没者への哀悼の誠をささげ二度と戦争を起こさないと政府一丸となり、この刻銘者の読み上げに、総務大臣を始め閣僚の皆さん方、総理もですよ、参加していただきたいと思いますが、総務大臣の見解を伺いたいと思います。
14阿阿部知明総務省自治行政局長
お答えいたします。
地方公共団体の契約は、公正性と機会均等性を確保するため、一般競争入札によることが原則とされてございますけれども、能率的な行政運営の観点から、基準額以下の契約については随意契約によることが可能とされてございます。
その上で、昨今の物価高騰や事務の効率化の観点から、国における基準額の引上げの状況も踏まえまして、お話がございましたように、本年三月に地方自治法施行令の改正を行い、地方公共団体が随意契約できる基準額につきましても、国と同様、約一・六倍の引上げを行ったというところでございます。
この発言のページ
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大西洋平(自民)
ありがとうございます。
時間の関係で二問目は要望にとどめますが、お伝えいただいた政令指定都市の中で最も財政規模が小さい相模原市と比べて、その財政規模を上回る特別区、世田谷区や、大田区や練馬区、私の地元の江戸川区など同等の規模の二十三区の特別区もございますので、都道府県の上限額を政令指定都市と同じように特別区についても是非検討いただきたいということを要望させていただきまして、時間が参りましたので、終わります。ありがとうございました。
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竹内譲(公明)
次に、山川仁君。
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- (上の発言)
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山川仁(れいわ)
おはようございます。れいわ新選組の山川仁です。どうぞよろしくお願いいたします。
本日、皆さん方のお手元に資料を配付させていただいておりますが、今日は、ひめゆり平和祈念資料館のガイドブックを引用させていただいて、資料を三つお届けしておりますので、是非見ていただきながらお話を聞いていただければと思います。
皆さん方にいろいろお話をさせていただきたいのは、六月二十三日は何の日か御存じでしょうか。沖縄のカレンダーには日付のところに赤い文字で分かりやすく表記をされていますが、沖縄県内の学校や市役所などは公休日として県条例で定めており、沖縄戦で亡くなられた全てのみたまを追悼する慰霊の日となっているのが六月二十三日です。
御承知のとおり、今から八十年前、日本は米国等と戦争を行い、日本で唯一の地上戦が沖縄で繰り広げられ、その組織的な戦闘が終わった日が六月二十三日です。その後二十七年間、米国の統治下にあった沖縄はまだ日本ではなかったので琉球政府が存在し、お金もドルを使用し、日本へはパスポートが必要な時代でした。当時の甲子園でも、参加はできたようですが、甲子園の土を持ち帰ることはできなかったと聞いています。そのような米国統治下で、当時の琉球政府が慰霊の日として定めたところです。
この沖縄戦では米軍にすさまじい数の砲弾を撃ち込まれ、全てを焼き払われ、鉄の暴風と呼ばれ、語り継がれています。
一方、沖縄県民が自国の日本軍に守られたかというと、決してそうではありません。日本軍にとって沖縄戦は、米国の攻撃に対して本土を守るため時間を稼ぐ持久戦であったと認識されております。それによって沖縄県民は子供や高齢者まで防衛隊として動員をされ、訓練も受けず、武器もないまま戦いに参加させられた記録が残されており、ひめゆり学徒隊についても、歴史を勝手に変えることなく、また風化させることなく、是非閣僚の皆さん方には今年中に一度は沖縄の実相を共有し学び直すために訪問していただきますよう、切にお願いを申し上げます。
沖縄戦は、日米合わせて約二十万人余の犠牲者を出し、全ての県民を巻き込み、十二万二千人以上、県民の四人に一人が亡くなったと記録をされております。沖縄県民は日本軍によって捨て石にされたと語り継がれ、これは昔の終わった話ではありません。
昨日も不発弾による事故が起こってしまいました。自衛隊員四人が搬送されたとの報道もありましたが、処理に当たった隊員には一日も早い回復を祈るばかりです。沖縄戦によって沖縄県の地中に埋まった不発弾は約一千九百トン、処理するには約百年以上かかると推定され、今でも県民の命を脅かしているところです。
現政権は米軍辺野古新基地建設を県民の民意を無視して強行し、地方自治を崩壊させていること、同じ日本人として心が痛まないのかと、いつも痛切に感じております。そして、沖縄のみならず、米国の対中包囲網への協力のため先島諸島を始めとする日本列島全体への中距離ミサイル配備を進めていて、その状況下の影響で島から医療や自治が崩壊している事態を招き、どのように平和な日本、強い経済をつくるおつもりなのか、お考えいただきたいと思います。
れいわ新選組は、六月二十三日のこの日、かつての戦争が自国民を守らなかったことを思い起こしつつ、沖縄県民を始めとする戦争被害者の方々に哀悼の意を表したいと思います。そして、二度と戦をしてはならないと、沖縄県内、宮古島や八重山への自衛隊ミサイル配備に対する住民の反対運動や、石垣での米軍艦艇入港に反対する港湾労組など、多くの人々が行動していることにも敬意を表したいと思います。基地のない、戦争のない、豊かな沖縄をつくるために、政府として徹底した平和外交を行い、次の質問でも、与那国の医師確保や、島民を食料危機にさせない、飢えさせない、恐怖と不安に陥れないことを要望し、質問に入りたいと思います。
この時期の沖縄県内では、毎年、平和の礎の沖縄戦で亡くなられた刻銘者の読み上げが行われているところです。沖縄県の調べでは、刻銘者数は二十四万二千五百六十七名、沖縄県内は十四万九千六百七十四名、県外は七万八千三百三名と、多くの方々が刻銘されております。誰でもどこでも刻銘者に対して哀悼の意を表し名前を読み上げておるところですが、全ての戦没者への哀悼の誠をささげ二度と戦争を起こさないと政府一丸となり、この刻銘者の読み上げに、総務大臣を始め閣僚の皆さん方、総理もですよ、参加していただきたいと思いますが、総務大臣の見解を伺いたいと思います。
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村上誠一郎(自民)総務大臣
さきの大戦中、沖縄では国内最大の地上戦が行われ、多くの方々が犠牲になられたことを決して忘れてはならないと思います。
お話のあったオンラインでの戦没者のお名前の読み上げにつきましては、公務の事情を踏まえながら検討いたしたいと思います。
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山川仁(れいわ)
是非、沖縄県民また日本全国にしっかりと、今後の日米防衛等々、戦争をさせない、しないということで、公務と言わずに優先的にこの時間を大事にしていただきたいと思います。是非お願いします。
次の質疑に入ります。
五月二十九日に衝撃の記事が出ております。これは資料四になります。通告も事前に提出しておりますので、大臣を始め各省庁、特に厚労省は当然御覧になっているとの認識の中で質問させていただきます。
与那国診療所の継続困難という見出しです。しかし、記事の内容によりますと、台湾海峡に近い与那国町では台湾有事を念頭に医師確保がより困難になると見込んでいる、継続は困…
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20針針田哲防衛省大臣官房衛生監
お答えいたします。
自衛隊与那国駐屯地に医務室を設けており、医官一名、看護官一名が常駐し、隊員の健康管理等に従事しております。
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