串岡弘昭元トナミ運輸社員

2025年4月22日・第217回国会 衆議院 消費者問題に関する特別委員会 第6号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 91 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 100 発言)

ありがとうございます。

暴力団の脅迫を受けました。家族に迷惑がかかりましたので、ちょっと涙が出そうになるようなことでありました。

一九七九年、暴力団の脅迫を受けたときに、翌日、休みまして、すぐ富山県警へ行って、暴力団の方を見ました。そこにはありませんでした。そのほかにこれの被害を受けている人がおりまして、その人を教えてくれる人がおりまして、魚津警察署へ行きました。それで、魚津警察署で私の方に脅迫をした人間を特定できました。

どんなふうに警察はするかというと、三人の人を二枚ずつ、横顔と正面の写真を出すわけです。私は即、この人だということで、それで警察の中で特定をしたわけです。それで暴力団だということを特定したわけなんですけれども、証拠の面でなかなか警察に告発できなかったんです。

そういう現実があったとき、朝日ジャーナルというのは、皆さん、ここで御存じの方、おられますでしょうかね、今、廃刊になってしまいました。そこで、私の手記の中で、暴力団の、苦痛を受けたと言ったら、やはり会社は簡単に否定するわけです。それで、裁判を行って、再びその状況を書いてやっと認められる、暴力団を使ったんだということが認められたのは、判決に至って、一九七九年から二十六年後であったということです。それだけ、今でもその人間の年月日、あれをぱっと言えるほどであります。こういうたった一人の、暴力団の脅迫を受けたことでも、二十九年、本当にかかったんだと。

いろいろな人に相談をして、一つ先輩の警察官にも相談しましたけれども、俺たちだって、あれが犯人だと分かっていながら、夜も眠れないでというふうに、警察官魂の人で、とてもいい人だったんですけれども、いろいろ警察でのいじめで自殺されてしまいましたような人だったんですけれども。

そんなことがありましたり、どんなことがありましたかというと、まだ申し上げますと、一杯飲む会を開け、私は酒とたばこは一切飲めない、酒は飲めないんですけれども、そういった会を開け、それで串岡の悪口をうんと言えと。そうしたら、串岡に殴らせろ、殴ったらすぐ警察に来てもらって逮捕できるから、それで懲戒解雇できると。こういうことを打診された人がおりまして、それを本人からも後々聞きました。

ですから、そういう様々なところから、今思いますと、よく自分自身、会社に残った。残るもイバラの道、辞めるもイバラの道で、そんな内部告発者をまた温かく迎えてくれるのは当時は全くないと思いましたので、そういう現状だったと思います。今、そういう思いですから、この公益通報者保護法をしっかりしたものに改正してもらいたいという気持ちは非常に強いと思うわけです。

この辺、まだいろいろなことを受けましたんですけれども、三十年もありましたから。今、ちょっと、つい涙を流すのは、女房に悪かったな、申し訳なかったな、こういう思いが非常に強いからであります。この前もテレビで申しましたけれども、生まれ変わったらもう少しエリートと結婚した方がいいよという思いは非常に強い。今、こういう年になりますと、甚だ女房には申し訳なかった、内部告発をしたことによって、家族全員、いろいろな苦悩を受けたという気持ちは非常に強い。

申し訳ありません。それでよろしいでしょうか。

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