和田有一朗 (日本維新の会)

2025年6月5日・第217回国会 衆議院 憲法審査会 第8号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 26 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 31 発言)

日本維新の会の和田有一朗でございます。

私は、憲法学者でもありませんし、弁護士でもありません。素直に、普通に感じることを発言してみたいと思うんです。我が党の考え方は先ほど阿部委員が申し上げたとおりでありますし、多くの方がいろいろなことを述べられたことをなぞることになるかも分かりません。九条、自衛隊の問題を中心に、素直に、感じるところを発言したいと思うんです。

どこから見ても、自衛隊は国防を担う実力組織、すなわち軍隊だと思います。軍隊です。どこかが攻めてきたら戦えます。当たり前だと思います。

でも、今の憲法を読み解くと、どうも本当にそう読み取れるかなと私はやはり思ってしまいます。じゃ、パトカーに先導してもらって道路交通法を守って戦車が走るか、そんなことはないだろう、攻めてきたときに戦うだろうと国民はみんな思っているわけです。

それをするために解釈をやっているわけですが、大体こういう解釈も、何か詭弁ぽい、神学論争みたいな議論をしながら、よく分からない。子供に説明しろと言われても、なかなかできない。でも、用語なんかは、英語とかほかの国の言葉に訳すと、それは軍隊用語になっているし、階級とかもそうです。軍隊です。

じゃ、これを考えたときに、日本はどういう国なんだと私は絶えず不思議に思ってきた。日本の憲法に関しては、本音、つまり実態と、建前、つまり条文の解釈が分けられて乖離してしまっている。この九条二項に関してもそうです。

その典型的な例が、私がいつも思うのは、昭和五十二年のダッカ・ハイジャック事件なんです。これは、人質解放を求める、日本赤軍の要求に屈して、服役中の過激派を釈放したんです。法治国家としては許されない要求を受け入れたんです。

でも、これはどういう建前でやったのか。人の命は地球より重い、超法規的措置だというんです。法律に書いていない、憲法にも書いていない。でも、総理大臣が決めて出しちゃったんです。

これは私、毎日、学校から帰ってきてテレビを見ましたよ、ランドセルを放り出して。今日はどうなるのかな、どうなるのかと。最後、解放した。あのときの交渉に行ったのが石井一さん、私の地元の当時の国会議員ですよ。みんな思ったんですよ、うちの町の先生はすごいな、向こうで交渉をやっていると。最後にやったことは超法規的行為、超法規的措置、こういうことに結びついても、結局国民は、そんなものだよねで終わっているんです。

でも、これほど複雑化して国際環境が厳しくなって、そして米国の抑止力もなかなか下がってきている中で、我々は、この状況で、この憲法でやり切れるかということなんです。超法規的行為でした、攻めてきたから取りあえず現場でやってください、そういうふうな形には、最後、なかなかならないだろうと思います。

そういう意味で、しっかりと私たちは議論を尽くして、改憲に向かわなければならないと私は思います。

以上です。

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