井野俊郎 (自由民主党)

2025年5月8日・第217回国会 衆議院 憲法審査会 第6号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 44 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 57 発言)

自由民主党の井野俊郎です。

本日議題となっております解散権の法的制限の是非について、私は、否定的な立場で、以下理由を申し上げます。

まず、昨今の政治情勢、経済情勢からして、適時適切に民意を問う必要性がますます高まっていることについてであります。

現在、ITなどの科学技術の発達によって社会の変動速度は速くなっております。また、SNSなどのネットメディアなどの発達によって多様な意見が即時に共有されやすくなっており、そういった選挙時とは異なる民意を的確に議会に反映する必要性も高くなっております。こういった民意を問う必要性という点からも、解散とそれに続く総選挙を法的に制限する必要性は少ないと考えております。

むしろ、例えば内閣の支持率低下やスキャンダル等により国政が停滞している際、政治課題に内閣が的確に対処することができない状況が生じることが多々あり、このような政治状況下において、総選挙による民意を問うことで政治課題を前に進めるということも考えられますので、政治課題解決のためにも解散制の必要性はあるものと考えております。

なお、かかる状況において、不信任が成立するので六十九条解散があれば十分ではないかとの指摘も考えられますが、政府・与党が国民に信を問おうとしている際に不信任を受忍するということは、政治状況や選挙戦略としても余り現実的ではないのかなというふうに考えております。

また、過去、不信任が成立する政治状況においては総理はこれまで潔く辞職してきたという日本人的意識も根底にあるものと考えられます。

仮に六十九条に制限したとしても、政府・与党が一方的に不信任を提出、可決させることは可能でありますので、制限が実質的に解散権の制限になるというふうにはなかなか考えられないのではないかなというふうに考えております。

さらに、先ほど、不必要な選挙によって選挙費用が無駄になったというような主張もございましたけれども、選挙というものはそもそも国民の民意を示すものであり、無駄な国民の民意というものはあり得ないというふうに考えております。選挙費用が無駄という主張は、まさに民意そのものを冒涜する、無駄な民意だということの主張とも考えられますので、これは妥当ではないというふうに考えております。

そこで、過去、本審査会において解散権の濫用について何度か言及している立憲民主党にお伺いいたします。

前回の審査会で、山花幹事は、臨時会召集要求が濫用されるのでないかとの指摘に対して、少数会派による濫用のおそれは、法的ルールによるのではなく、民主制の過程、具体的には選挙に委ねるのが適切と主張されております。この考え方は、まさに内閣の解散権にも当てはまるのではないでしょうか。すなわち、解散権の濫用との評価があれば、直ちに実施される総選挙という国民の審判に委ねるのが適正であると考えますが、見解を求めます。

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