パレードについて、ありがとうございます。
私はパレード廃止原理主義者でございますけれども、ただ、それでも私は中央観閲式に出たんです。防大三年生のときに朝霞で訓練をやりました。大変長い訓練期間でありましたけれども、大臣がおっしゃったように私もそれで学ぶことはありました。それは、決してパレードに対して批判的な意見だけではなくて、自分自身の修練にもなった。そして、それは指揮官としての素養の向上にもなった。その効果は認めます。
ただ、パレードの目的でよく言うのが、隊員の士気向上とか団結の強化とかそういうことを言うわけですけれども、はっきり言って、長い時間パレードの訓練をやると士気が下がるし、団結もしないわけです。私はパレードに懐疑的な立場だったけれども、中央観閲式をやって、それはやるからには真面目にやろうということでやったわけですけれども、ふだんパレードをやるべきだと口先だけでやっている人たちの士気がどんどんどんどん下がっていくのは目に見えていたわけです。
パレードを全くやるなとは言わないですけれども、ただ、何のためにやるのかというのは頭を使って考えた方がいいと思います。思考停止で、士気が向上するとか団結が強化されるとかそういうことを言うのではなくて、パレードをやるときはやる。びしっと決めるときは決める。だけれども、そればかりやっているのではなくて、基本教練ばかりやっているのではなくて、総火演が進化していったように、あるいは、ミッションコマンドという言葉も自衛隊でもよく使われるようになりましたけれども、本当にこういう精神が浸透していくには、ただミッションコマンドという言葉があればいいというものではないと思います。それは、深い理解と、精神に対する理解もそうです、そういった広い教養があって初めてミッションコマンドの有用性が理解できるわけですけれども、今、部隊では、ミッションコマンドという形は、これが分かりやすいから使っている。今までやってきたことは変えないけれども、こういった言葉がはやっているし、米軍でも使っているし、だからこれを使うんだ。それで部隊の行動が本質的に変わるものではない。そういうような受け止めがされているように私は思います。それはいろいろな方から話を聞いてそう思います。何のためのドクトリンなのか、何のための知的基盤の強化なのか、私には全く分かりません。それではただの言葉遊びにすぎないわけです。
だからといって、私は、ミッションコマンドの定義を隊員一人一人が覚えるとか、そういうことを言いたくはないです。それも外形的な話だと思うのです。そうではなくて、知性と教養を高めていく、知的基盤を強化していく。これが行動する自衛隊のために本当に必要な要素であると思いますから、見てくれの話を大臣に冒頭していただきましたけれども、本質的なところを自衛官自身も考えていただけるような環境を整えるのが人事教育局長の役割であると思いますので、是非、志高くやっていただきたいと思います。
最後に、殉職者の顕彰について問いたいと思います。
顕彰の話も何度も何度もしてきました。私も言うだけでは駄目だなと思って、市ケ谷地区に足を運びまして顕彰碑に行きましたけれども、ふらっと行って参拝できるような、お参りできるような場所ではないわけです。市ケ谷の厳重な警備区域の中にありますから、国民が立ち寄って国のために殉ぜられた方々に敬意を表することができない状況であります。私は、やはりそれはおかしいと思います。
この話をすると、遺族の方の気持ちが大事だという話をよくされますけれども、では、遺族から組織的に意見集約しているのでしょうか。あるいは、遺族だけではありません、今任務に精励している隊員、こういったところからも意見集約しているのでしょうか。
これは意見集約すればいいというものではないとは思います。国家として命令して、その結果として命を失った方に対しては、国民として国家として敬意を表していく、そのためにやるものでありますから、是非この顕彰の在り方を見直していただきたいと思いますが、大臣、いかがでしょうか。
44
橋本幹彦(国民)
ありがとうございます。
私もそうだと思います。見てくれも大事です。整理整頓も大事かもしれないですけれども、過度にやり過ぎるのはどうかと思います。それもできて、本質的なところもできて、それだったらいいと思うんですけれども、人間ですから限界があります。
例えば、防大生は朝六時に起きて二十二時に消灯です。この間、課業も詰まって、あるいは校友会もあって、学生舎生活もあってという中で、みっちりとした日程でやっているわけですけれども、さらに、例えば月例の観閲式訓練、そういったときには早朝からパレード訓練を五時に起きてやるわけです。あるいは、そういった訓練がなかっ…
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45青青木健至防衛省人事教育局長
お答え申し上げます。
大臣が答弁したとおり、時代の流れに沿って変えるべきところは変えていくことは必要だと思っております。他方で、変えてはならないところもあると思いますので、そのバランスも見ながら変えていく。
また、変革につきましては、既に大臣が御発言したように、学生自ら学生の感覚で変えるべきだというような提案が防衛大学校になされて、そこで議論されているというふうに、風通しがよくなってきているという実情もございますので、そういったところも踏まえながらしっかりと対応していきたいと思います。
また、この夏から米国の士官候補生学校に留学生を送ることになりま…
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46
中谷元(自民)防衛大臣
今、パレードについての所感を述べられましたが、私もパレードの訓練を受けた者でありますが、今思えば、繰り返し繰り返し演練をすることによって身につくことがありまして、特にパレードなどは、指揮官と学生ということで、指揮能力とか動作、歩き方とか敬礼の仕方とか、そして、士気の高揚も目的としておりまして、何といっても、団結という意味においては、ああいうことを繰り返しやっていくことによって知らないうちに身につくわけです。
したがいまして、今思えばああいうパレードの訓練は特に無駄ではなかったということで、様々な要素があろうかと思いますけれども、そういう中で適切な内容に…
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- (上の発言)
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橋本幹彦(国民)
パレードについて、ありがとうございます。
私はパレード廃止原理主義者でございますけれども、ただ、それでも私は中央観閲式に出たんです。防大三年生のときに朝霞で訓練をやりました。大変長い訓練期間でありましたけれども、大臣がおっしゃったように私もそれで学ぶことはありました。それは、決してパレードに対して批判的な意見だけではなくて、自分自身の修練にもなった。そして、それは指揮官としての素養の向上にもなった。その効果は認めます。
ただ、パレードの目的でよく言うのが、隊員の士気向上とか団結の強化とかそういうことを言うわけですけれども、はっきり言って、長い時間パレードの訓練をやると士気が下がるし、団結もしないわけです。私はパレードに懐疑的な立場だったけれども、中央観閲式をやって、それはやるからには真面目にやろうということでやったわけですけれども、ふだんパレードをやるべきだと口先だけでやっている人たちの士気がどんどんどんどん下がっていくのは目に見えていたわけです。
パレードを全くやるなとは言わないですけれども、ただ、何のためにやるのかというのは頭を使って考えた方がいいと思います。思考停止で、士気が向上するとか団結が強化されるとかそういうことを言うのではなくて、パレードをやるときはやる。びしっと決めるときは決める。だけれども、そればかりやっているのではなくて、基本教練ばかりやっているのではなくて、総火演が進化していったように、あるいは、ミッションコマンドという言葉も自衛隊でもよく使われるようになりましたけれども、本当にこういう精神が浸透していくには、ただミッションコマンドという言葉があればいいというものではないと思います。それは、深い理解と、精神に対する理解もそうです、そういった広い教養があって初めてミッションコマンドの有用性が理解できるわけですけれども、今、部隊では、ミッションコマンドという形は、これが分かりやすいから使っている。今までやってきたことは変えないけれども、こういった言葉がはやっているし、米軍でも使っているし、だからこれを使うんだ。それで部隊の行動が本質的に変わるものではない。そういうような受け止めがされているように私は思います。それはいろいろな方から話を聞いてそう思います。何のためのドクトリンなのか、何のための知的基盤の強化なのか、私には全く分かりません。それではただの言葉遊びにすぎないわけです。
だからといって、私は、ミッションコマンドの定義を隊員一人一人が覚えるとか、そういうことを言いたくはないです。それも外形的な話だと思うのです。そうではなくて、知性と教養を高めていく、知的基盤を強化していく。これが行動する自衛隊のために本当に必要な要素であると思いますから、見てくれの話を大臣に冒頭していただきましたけれども、本質的なところを自衛官自身も考えていただけるような環境を整えるのが人事教育局長の役割であると思いますので、是非、志高くやっていただきたいと思います。
最後に、殉職者の顕彰について問いたいと思います。
顕彰の話も何度も何度もしてきました。私も言うだけでは駄目だなと思って、市ケ谷地区に足を運びまして顕彰碑に行きましたけれども、ふらっと行って参拝できるような、お参りできるような場所ではないわけです。市ケ谷の厳重な警備区域の中にありますから、国民が立ち寄って国のために殉ぜられた方々に敬意を表することができない状況であります。私は、やはりそれはおかしいと思います。
この話をすると、遺族の方の気持ちが大事だという話をよくされますけれども、では、遺族から組織的に意見集約しているのでしょうか。あるいは、遺族だけではありません、今任務に精励している隊員、こういったところからも意見集約しているのでしょうか。
これは意見集約すればいいというものではないとは思います。国家として命令して、その結果として命を失った方に対しては、国民として国家として敬意を表していく、そのためにやるものでありますから、是非この顕彰の在り方を見直していただきたいと思いますが、大臣、いかがでしょうか。
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中谷元(自民)防衛大臣
自衛官は、事に臨んでは危険を顧みずという意識を持って訓練をし、任務についているわけでございますので、任務中に不幸にして職に殉じた自衛隊員を顕彰することは大切なことでありまして、毎年、自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣が御臨席をして自衛隊殉職隊員追悼式を執り行っているわけでございます。これにつきましてはずっと恒例にしてきておりまして、今においては、殉職された隊員の御遺族の方々にも出席いただいて追悼の意をささげる場といたしております。
一般の方々にも必要に応じて御案内はさせていただいておりますが、より国民の皆様に広く分かる形で実施することができないかとい…
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橋本幹彦(国民)
ありがとうございます。その大臣の言葉を信じて議論の進展を期待いたします。
最後に、本日は知的基盤と名誉と誇りについてお話ししましたけれども、こういった本質的な議論を前に進めるためには、私はどうしても制服組の意見を聞くべきだと思っております。
例えば、統幕長、陸海空の幕僚長は毎週のように記者会見を開いて国民に直接語りかけているわけです。記者が質問できて、なぜ国民の代表たる議員が質問できないのか、私は理解に苦しむところであります。
四月十日の質疑でも、自衛官の論文発表は文民統制に触れないという答弁もいただきました。文民統制というのは自衛官の一挙手一投足…
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遠藤敬(維新)
本件につきましても、真摯に本委員会でも理事会で協議をしてまいりたいと思います。
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