六十九期生の境遇は大変つらいものがあったと思います。入校してからコロナが始まって、想像を絶するような大変な中で四年間過ごされたんだと思います。
ただ、変革の結果が容儀点検の簡略化と朝の清掃の話だけだったとするなら、私はそれは大した変革ではないのではないかと思うわけです。はっきり言って、私は六十二期生ですけれども、清掃については六十二期のときにも変革していました。
いろいろな変革は場面場面であるわけであって、変革の在り方、特に、防大というのは、陸海空、サイバーも含めて幹部の候補生がそろう場所です。どのような学生であるべきなのかというところは、当然、作戦環境、安全保障環境が変化して、それに基づいて、陸海空からの要請に基づいて防大はどういった人物を育てていくべきなのかを考えるべきであって、はっきり言って、言い方は悪いかもしれないですけれども、コロナで大変なところの変革を学生に投げた、そういうふうな見方も場合によってはできるのではないかと思います。
実態は分かりません。これは一つの外形的なところから見ただけの話でありますから、六十九期生、そして今の防大生も大変な努力、悩み、苦しみはあったと思いますけれども、問題にしたいのは、結局、現場に任せて精強性とは何かというのがはっきりとしない中で、廉恥、真勇、礼節という自己修養の目標だけ掲げて、それの実行を任せましょうということで、結果として学生間指導の在り方がいろいろある。このような在り方で将来の自衛隊を担う人物を育てていて果たしていいんだろうかと思うわけです。
例えば、防大はパレードをやっています。私のときには一年間に百二十時間パレードをやっていました。中央観閲式に参加するときはもっとやっています。百二十時間というと、単位でいうと五個、六個の単位に相当するわけです。
パレードに全く意味がないとは思いません。私も中央観閲式に出て大変その奥深さは感じたわけですけれども、ただ、一年間で百二十時間、それを四年間やっていたら相当な時間になるわけで、防大生の貴重な時間をどこまでパレードに費やすのかというところについては、それは当然、訓練部ですとかいろいろなところが補佐するんでしょうけれども、それは防大だけに任すのではなくて、陸海空それぞれの要請に基づいて、どういう人物であるべきなのかという理想があって防大の教育というのはあるべきだと思っています。
資料一の九に、初代学校長槇智雄さんに関する資料を載せています。これを読み上げますけれども、この槇校長については、戦後、敗戦後にどうやって自衛隊をつくっていくか、防大をつくっていくかというときに大変悩まれたわけであります。
そして、「建学の精神 自主自律」という資料に書いているところですけれども、戦前とは異なる新しい幹部像を描き、それを実現するための教育、訓練、集団生活等を構想し、具体化しなければなりませんでした。いずれの使命にも戦前のように軍人勅諭等で表された明確な指針がなく、新憲法以外に頼るべき典拠もない中で、槇は己の人生の中で培った価値観、思想、教養を傾けて、パイオニアとしての重責を果たしましたと書いてあるわけです。
民主主義の下でどのような軍隊、どのような自衛隊をつくっていくかというところ、理念としては大変崇高なものだと思います。ただ、問題は、槇智雄さんという一個人の哲学によっているということです。強いて言えば槇イズムとでもいうべきでしょうか。
槇イズムは槇イズムですばらしいかもしれないですが、当然、安全保障環境は変わるし、槇初代学校長はアメリカの当時の士官学校を参照して防衛大学校の構想を練ったわけです。当時のアメリカの士官学校と今のアメリカの士官学校は全く違います。当時のアメリカの士官学校はパレード重視であったかもしれません。あるいは、壮絶なしばきというものがあったというふうに聞いていますけれども、今の米国の士官学校は当然状況が違うわけです。
これは、防大が盲腸のように、自衛隊が大きく変革していくときにその変革の波から取り残されて、それが学生による自主的な変革というところでなってしまったのではないかと懸念しております。
是非、防大がどのような教育であるべきかというところについては、学生ではなくて自衛官が、そして防衛省が一生懸命考えなければいけない話だと思います。そのときにどのように考えるべきなのかというところを話したいんですけれども、これは私が今ここでああだこうだ言う話でもないと思うんです。あるいは、今の学校長が言うべき話でもないんだと思います。そこは、本当に謙虚に歴史に学んで、どのような組織であるべきなのかというところを研究して知的基盤を積み重ねていって、その上で、あるべき姿を示していくべきだと思います。
そこで、知的基盤についてお伺いしますが、先ほどの大臣のお答えでは、知的基盤は精強性の一つを構成するのではないかというような答弁であったと思います。大変重要な答弁であったと思いますが、この知的基盤の中で欠かせないワードが軍事専門的見地というものです。
この軍事専門的見地とは一体何でしょうか。
251
中谷元(自民)防衛大臣
それは、これという答えはないと思います。基本的に幹部自衛官になる者でありますので、幹部自らが考えながらそれを実践していくということでございますので、それぞれ、仕事を通じてこういうやり方がいいんだということを体得して学んでいく。
精強になるということも、これは答えがなくて、そうあることを続けて努力をしているうちに精強になるわけでありますので、そういった努力を続けていってほしいということでございます。
それから、廉恥、真勇、礼節につきましては、別に武士道がいいということではなくて、統率者として、指揮者として、教官として上に立つべき人物になるわけであります…
この発言のページ
252
橋本幹彦(国民)
その中谷大臣の思いは私は届くのですけれども、ただ、私が懸念しているのは、自衛隊というのが過度に属人的になっているのではないか、アマチュアリズムになっているのではないかというような懸念です。
観点を変えて質問しますけれども、資料一の六から一の八、防衛大学校における訓示、式辞、そして学生の答辞がございます。
学生の答辞で、令和六年度、防衛大学校は変革したというような答辞がありました。この変革はどういった内容だったのでしょうか。
この発言のページ
253
中谷元(自民)防衛大臣
例えば、今回卒業した六十九期生、彼らは、防大生活の最後の年に、防大は大きな変革期を迎え、学生間の指導の当たり前を覆すときが来たと述べまして、時代の変遷とともに指導の在り方を対応させ、上下級生の関わり合いを進化させる。そして、本質は不変であるけれども、全ては強い組織になるためにあるという中で、組織に属する全ての人の能力を遺憾なく発揮するという考えの下に、例えば、容儀点検の簡略化とか、朝の清掃の上級生の参加とか、学生間の指導の上級生、下級生の関わりを学生自らが率先して変えたと承知しております。
これは非常に立派なことで、従来のやり方を変えるということで、自…
この発言のページ
- (上の発言)
254
橋本幹彦(国民)
六十九期生の境遇は大変つらいものがあったと思います。入校してからコロナが始まって、想像を絶するような大変な中で四年間過ごされたんだと思います。
ただ、変革の結果が容儀点検の簡略化と朝の清掃の話だけだったとするなら、私はそれは大した変革ではないのではないかと思うわけです。はっきり言って、私は六十二期生ですけれども、清掃については六十二期のときにも変革していました。
いろいろな変革は場面場面であるわけであって、変革の在り方、特に、防大というのは、陸海空、サイバーも含めて幹部の候補生がそろう場所です。どのような学生であるべきなのかというところは、当然、作戦環境、安全保障環境が変化して、それに基づいて、陸海空からの要請に基づいて防大はどういった人物を育てていくべきなのかを考えるべきであって、はっきり言って、言い方は悪いかもしれないですけれども、コロナで大変なところの変革を学生に投げた、そういうふうな見方も場合によってはできるのではないかと思います。
実態は分かりません。これは一つの外形的なところから見ただけの話でありますから、六十九期生、そして今の防大生も大変な努力、悩み、苦しみはあったと思いますけれども、問題にしたいのは、結局、現場に任せて精強性とは何かというのがはっきりとしない中で、廉恥、真勇、礼節という自己修養の目標だけ掲げて、それの実行を任せましょうということで、結果として学生間指導の在り方がいろいろある。このような在り方で将来の自衛隊を担う人物を育てていて果たしていいんだろうかと思うわけです。
例えば、防大はパレードをやっています。私のときには一年間に百二十時間パレードをやっていました。中央観閲式に参加するときはもっとやっています。百二十時間というと、単位でいうと五個、六個の単位に相当するわけです。
パレードに全く意味がないとは思いません。私も中央観閲式に出て大変その奥深さは感じたわけですけれども、ただ、一年間で百二十時間、それを四年間やっていたら相当な時間になるわけで、防大生の貴重な時間をどこまでパレードに費やすのかというところについては、それは当然、訓練部ですとかいろいろなところが補佐するんでしょうけれども、それは防大だけに任すのではなくて、陸海空それぞれの要請に基づいて、どういう人物であるべきなのかという理想があって防大の教育というのはあるべきだと思っています。
資料一の九に、初代学校長槇智雄さんに関する資料を載せています。これを読み上げますけれども、この槇校長については、戦後、敗戦後にどうやって自衛隊をつくっていくか、防大をつくっていくかというときに大変悩まれたわけであります。
そして、「建学の精神 自主自律」という資料に書いているところですけれども、戦前とは異なる新しい幹部像を描き、それを実現するための教育、訓練、集団生活等を構想し、具体化しなければなりませんでした。いずれの使命にも戦前のように軍人勅諭等で表された明確な指針がなく、新憲法以外に頼るべき典拠もない中で、槇は己の人生の中で培った価値観、思想、教養を傾けて、パイオニアとしての重責を果たしましたと書いてあるわけです。
民主主義の下でどのような軍隊、どのような自衛隊をつくっていくかというところ、理念としては大変崇高なものだと思います。ただ、問題は、槇智雄さんという一個人の哲学によっているということです。強いて言えば槇イズムとでもいうべきでしょうか。
槇イズムは槇イズムですばらしいかもしれないですが、当然、安全保障環境は変わるし、槇初代学校長はアメリカの当時の士官学校を参照して防衛大学校の構想を練ったわけです。当時のアメリカの士官学校と今のアメリカの士官学校は全く違います。当時のアメリカの士官学校はパレード重視であったかもしれません。あるいは、壮絶なしばきというものがあったというふうに聞いていますけれども、今の米国の士官学校は当然状況が違うわけです。
これは、防大が盲腸のように、自衛隊が大きく変革していくときにその変革の波から取り残されて、それが学生による自主的な変革というところでなってしまったのではないかと懸念しております。
是非、防大がどのような教育であるべきかというところについては、学生ではなくて自衛官が、そして防衛省が一生懸命考えなければいけない話だと思います。そのときにどのように考えるべきなのかというところを話したいんですけれども、これは私が今ここでああだこうだ言う話でもないと思うんです。あるいは、今の学校長が言うべき話でもないんだと思います。そこは、本当に謙虚に歴史に学んで、どのような組織であるべきなのかというところを研究して知的基盤を積み重ねていって、その上で、あるべき姿を示していくべきだと思います。
そこで、知的基盤についてお伺いしますが、先ほどの大臣のお答えでは、知的基盤は精強性の一つを構成するのではないかというような答弁であったと思います。大変重要な答弁であったと思いますが、この知的基盤の中で欠かせないワードが軍事専門的見地というものです。
この軍事専門的見地とは一体何でしょうか。
255萬萬浪学防衛省大臣官房長
お答え申し上げます。
先生がお尋ねになる中で、文民統制等々のときにも出てまいりましたけれども、軍事専門的見地というところで申しますと、部隊の指揮命令や作戦の立案、あるいは部隊や装備の能力の的確な把握、部隊の的確な錬成等々に関する知識を指すものだというふうに考えてございます。
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256
橋本幹彦(国民)
今言っていただいたのは極めて抽象的な言葉ですけれども、では、その軍事専門的見地を防衛省としては自衛官にいかに育成していく計画なんでしょうか。
この発言のページ
257
遠藤敬(維新)
もう一度。
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